書籍・雑誌

ジョッキー

 買ったつもりの馬、レッドロブレス号が、先週の土曜、新潟新馬戦1600m芝でレースデビューしていたことを、今日知りました。
 買った「つもり」ではなかなかリアルタイムに状況を知ろうとは思わなく、熱心さに欠けます(^^ゞ

 そのレッドロブレス。18頭立ての一番人気でっせ。そうでしょうそうでしょう。私が目をつけた馬は良さそうに見えるでしょ? ところが、道中8-8と中団を進み、12着とは。
 デビュー戦でレース慣れしていないのか、それとも1枠1番という最内枠が祟ったか。次走も凡走するようなら、ちょっと寂しい気分になってきますねえ・・・。

 競馬といえば。地味にリアルな内容に好感を持った競馬小説がこちら。

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 集英社文庫の「ジョッキー」。作者はスポーツ系の作品が多い松樹剛史。

 スタージョッキーではなく、地味なフリー騎手が主人公。同じく乗る馬も地味な馬ばかり。そんな彼が偶然に出会った一頭の馬と、それを取り巻く人々が話の大きな流れになっており、そこへ登場人物の様々な個性が噛み合い、失踪した先輩騎手が大きな存在として物語の底辺を常に流れているという。

 競馬に詳しくない人であってもスルリと読めると思います。ちなみに、第14回小説すばる新人賞受賞作。

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さよなら アルマ

 オフクロはけっこうな本読み人生を送っておりまして、そういう人に育てられた私ですから、世間からすると本読みの人らしいっす。
 本を読むといっても、読む本の内容によると思うんですがね。戦記モノとか歴史モノに偏ってる私は、あまり誉められたものではないはずなのですけれど(^^ゞ

 子供の頃にオフクロから買い与えられた本というのは、大人になってから振り返りますと、今でも影響を受けるような内容でして。

 忘れられないのは『わんぱく戦争』。邦題はなんのインパクトもないタイトルですが、原作はルイ・ベルゴーの著作。フランスとドイツ連邦が成立以来、常に奪い合いの場と化していたアルザス・ロレーヌ地方が舞台。
 第一次大戦後の複雑な事情の地区で生きる子供達が、徒党を組んでイタズラしたりケンカしたりという内容なんですが。

 その中で、オイルサーディンというものが登場するんですな。小イワシのオイル漬けのことなのですけれど、これを旨そうに食うシーンがあって。
 オイルサーディンとはなんぞや。小学生の私は気になってしょうがなくなり、ある日オフクロにねだって買ってもらったのでした。キングオスカーのやつ。田舎でよく買えたものだと思いますが。

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 たまにスーパーでも見かけるでしょ。ちっちぇ缶なんですが、けっこうなお値段。ただし日本国内メーカーのものでもそこそこのお値段はしますから、ブランドとして高いのではなく、小いわしの油漬けがコストのかかるシロモノなのでしょ。
 これに醤油をほんの少しだけタラして食うと、うまいのなんのって。油がおいしいという記述に従い、缶の油をナメましたが、ルイ・ベルゴーの記述通り。

 たまに野営のご馳走として持ち込み、ストーヴで少し暖めてから食ったりするのですけど、やはりキングオスカーのやつが一番おいしい気がしますね。酔っ払った後なら国産でもたいして変わりませんが。

 で。今回の親孝行方面で、オフクロが私に読めと手渡した本が『さよなら アルマ』。タイトルからして泣かせ系っぽく、お涙頂戴の本や映画を頭からバカにする人生を送ってきている私は抵抗があったのですけれど。
 いや、これが。読んでみたらなかなかのもので。淡々とした筆致の中に、なにか訴えてくるものがあるんですね。

 舞台は戦前の日本。犬が大好きで、けれど世間と上手につきあえない青年が主人公。そこへ日本の軍用犬事情が絡んでくるのです。
 あまり歴史の表には出てきませんが、戦争と犬という組み合わせは、騎兵隊や輸送隊の軍馬と同じく、けっこうありがちなケースだったようです。

 日本犬の歴史を調べますと、必ず大東亜戦争へぶつかり、犬を飼う贅沢さが目の敵にされた件と、犬の毛皮が軍用外套などに使用するため捕獲された件にぶち当たります。
 かの川上犬もそうですし、大型犬の秋田犬も戦争の壁にぶつかって、一時は絶滅かというほどに追い込まれています。

 そんな人間が起した戦争に巻き込まれていく犬の姿。それにまつわる人々の姿。それを淡々と描いて見せているのですが。
 巻末に掲載されている写真を見てしまうと、もう心の鎧のすべてが剥がされてしまい、ただ立ち尽くすしかなくなってしまいます。そんな本でした。

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 人間社会に組み込まれて、犬という生き物は幸せだったのでしょうか。それとも不幸だったのでしょうか。
 犬は言葉を話せませんから、本当のところはわかりません。けれど、きっと不幸せではなかったのだろうと、そんなことを考えさせられました。

 また、私は歴史を忘れ去ろうという姿勢を断固否定する立場で生きてきましたけれど、『さよなら アルマ』を読んで、あのイヤな時代を忘れ去ってしまいたい人の気持ちが少しわかるような気がしました。
 言葉を話せないけれど、伝えようとして一生懸命な彼ら。人間のわがままに常につきあわせられる彼ら。「けなげ」ではない生き物は、人間だけなのかもしれません。


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龍を飼う男

 皆様察しの通り、くるみ台へ行ってまいりました。その件に触れる前に、土曜の更新をサボったこともあり、野営の読書の話題を先にしましょうか。

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 やっと読みました。『龍を飼う男』。

 杏藤知樹氏の前作である『犬の夜』を野営で読み、大変集中して読めたので、ぜひ『龍を飼う男』も野営のお供にしようと心に決めたまではよかったんですが、なにしろ野営へ出かけることがすっかり減ってしまい、なかなか読めず。
 何度も自宅で読みたい誘惑にかられつつ、我慢し続けること約15ヶ月。やっと読めました。野営の夜に読むとですね、孤独な主人公に没入できるのですよ。『龍を飼う男』の主人公は孤独というわけじゃないんですが、特異な存在という点で孤独ですかね・・・・。

 『犬の夜』の感想にも書きましたが、もうちょっとビジュアル的な細かい描写があってもいいのではないかというもどかしさがありつつ、実際にそれをやってしまったら本が今より厚くなるのは間違いなく。
 全然薄い本じゃないんです。今よりも文字を増やしたら、ものすげー厚い本になっちゃうでしょ。なのに、なんとなくアッサリ感があり、それでこの厚さと考えれば、それだけストーリーが濃いという結論になります。

 正直、前作の探偵さんはセコい感じがしてあまり好感を持てなかったんですが、いやはや今作では活躍してます。きっと彼なりに鬱屈する過去があったのであろうと匂って。
 で、SF的かもしれないのにリアルな場面表現で、ドライなようで浪花節の登場人物だったりします。その浪花節的ノリは、「戦友愛」とでもいうような男のノリに近く、きっと自分を取り戻していく過程なのであろうと思わせてくれます。つまりヒューマンドラマなのですわ。
 実際、主人公は記憶喪失状態であり、自分が何者であるかということを知りたがっているのですね。

 もっとビジュアル的に細かい描写が欲しいと書きましたけど、それでも十分に光景がまるで映画のように脳裏へ浮かびます。
 とくに龍の描写。SFXを駆使したスクリーンが頭に浮かびますね。すでに私には龍の具体的なイメージができています。そいつが野営の夜に暴れていたのでした。

 ホント、ハリウッドが知ったら映画化したがりますよ。間違っても角川などではなく。そんな『龍を飼う男』。主人公のキャスティングには困るでしょうが(^^;

 興味があるならアマゾンでね。私もアマゾンで調達しましたけん。

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第七駆逐隊海戦記

 XP2sはISO400なんだよなぁ。ヘキサーのシャッターじゃちょっとキビシーかな?

 というわけで、世間では流行の買い物で盛り上がっていても、すっかりビンボーな姿勢になってる当ブログとしては、物欲系の話題がすっかり鳴りを潜めております。
 しょうがねえじゃん。世間の大多数はビンボーな姿勢なんだもの。オカネのある人は贅沢したらいいし、ビンボーはビンボーなりに楽しめばよろしい。我ながら正論ですな。

 以前、都会と田舎では通貨の価値そのものが違うという話を書きました。収入レベルに格差があるのに、物価はほとんど変わらないのですから、そりゃ田舎のほうが生活は苦しくなります。当たり前。
 挙句にシェアやら人口カバー率という考え方がまかり通ってる世の中なので、田舎はインフラもなにも都会に劣り、なんぼ都会で盛り上がってるガジェットであったとしても、田舎じゃ使いこなす状況になかったりして、話題のiPadに関してにぎやかに伝える首都圏発のマスコミ情報に接しても「どこの国の話だべ?」というのが正直なところ。

 日本は相変わらず都会重視の国なんですな。文明開化以降、まったく構図が変わっておりません。
 これでも世界的に見れば国民全体が平均的な生活水準の国だっていうんですから、よその国はもっとひでえんだろーなと、中国あたりの生活格差の派手さ加減を見ると感じます。

 田舎でしか享受できないものは、しっかりと拾って生きてかなきゃならんなと思いを新たにし、さーて野営に出かけようかと張り切ってる朝に、いきなりシトシト雨が降ってんのはやめてほしいぜ・・・・。

 話は変わりますが。最近、変な本を読んだのでご紹介。

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 ミリオタの定番である光人社NF文庫の中から、『第七駆逐隊海戦記』。いわゆる戦史系の本とは違い、下っ端であった個人が当時を思い起こして書いた内容でして、若干の事実誤認と思われる記述はあるものの、艦内生活のリアルさが漂っていておもしろかったっす。
 戦史研究の立場にあるオタクのみなさんからしますと「フザけてんじゃねーよ!」という内容であろうと思いますが、個人体験系の戦記をこのところ好んで読んでる私は楽しく読めました。

 駆逐艦ってとこがミソでして。いわゆる「車曳き」と自嘲する小艦の乗組員は、お高くとまった戦艦のような上品さはなく、巡洋艦のような若々しいパワーはなく、実に吹き溜まりなんですね。
 当時は成績のいい軍人は大艦である戦艦へ配置され、張り切りボーイは巡洋艦という感じでした。
 駆逐艦に配置されるのはそこそこの軍人か、あるいは能力があるのに生活態度最悪みたいな人材が多く、大変に庶民的な人間が揃うわけです。

 フネそのものが小さく垣根がないので、上下の垣根も低くなり、全艦家族的団結も生まれがち。与えられる任務も雑用が多い小艦ながら、いざ強力な敵艦隊に出会えば、一撃必殺の酸素魚雷を抱いて突撃する威勢の良さ。
 規則なんかクソ食らえ。うまいものが食えていい女を抱ければそれで良し。そういった人間のナマの欲望を出しても許される所帯が、小艦の雰囲気といえましょう。

 同じ小艦でも潜水艦はちょっと違いまして、ぼんやりしてる水兵がひとりでもいると艦の運行に支障が出るデリケートなフネなので、優秀な人材が配置される傾向が強かったようです。
 また、潜水艦というのは沈没する際に上から下まで一蓮托生なので、家族的な雰囲気はもっとも強かったと思われます。名前だけの士官室なんて、ただの通路でしたから。艦長の個室なんてないのも同然。プライバシーがないと、必然的に上から下までひとつになるもんですな。

 また、駆逐艦や潜水艦というのは、当時の基準からしたら軍艦ではありません。補助艦艇です。
 当時の軍艦というのは、艦首に菊の御紋章があります。天皇陛下のフネなわけですね。

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 頭でっかち空母の龍驤の艦首に、燦然と菊の御紋章が輝いております。けれど駆逐艦は正式な軍艦じゃありませんので、菊のマークはありません。艦長も正式には「駆逐艦長」であって、軍艦の艦長に相当するのは駆逐隊司令です。
 したがいまして各駆逐艦に軍医や主計尉官は乗艦しておらず、もっぱら下士官がその任にあり、駆逐隊司令部(といっても小所帯ですが)が大艦での艦長以下首脳陣の機能を果たしてました。

 つまり格下扱いのフネなのですよね。駆逐艦というのは。先の戦争では一番活躍したのが駆逐艦だというのに、扱いは最後まで格下だったのですよ。
 このへんは日本海軍だけならず、どこの国でも似たようなものでして、優秀だと目された人材(つまり品行方正で試験の成績がよろしく、責任転嫁とゴマスリが上手なタイプ)は大きな艦に配置されたものです。

 防御はないに等しく、小銃弾でもプスプスと穴が開く外板の脆弱な艦艇は、爆弾一発で沈んでしまうほどのものでしたが、高速で航行することが可能で運動性はピカイチ。
 なにより搭載している必殺の酸素魚雷は、2本もブチ当てれば戦艦でも行動不能になるほどの威力を秘めたもので、裸一貫で抜き身の刀を携えて殴り込みをかけるようなもんです。それが駆逐艦というものだったのですね。

 そんな駆逐艦生活の一端を具体的に示していて、『第七駆逐隊海戦記』はおもしろいのでした。偉いさんや艦長クラス、士官連中が書いた戦記は多いのですけど、下っ端が書いたものは少なく、そういった点でも視点がおもしろいのですよ。
 勝ち戦のまま筆者が地上勤務に転勤してますので、最後まで明るい筆致であるところも救い。ドロドロのどうしようもない状況であっても任務に邁進しなければならない辛さはありません。

 戦争というのは単なる破壊行為であり、無駄に人命を消耗し、最前線だけではなく母国すら空襲で損耗していく総力戦という形が現代型の戦争であり、まったく無駄な行為だと大多数の人類が気がついた昨今。
 けれど、その戦場にあるのは人間です。戦場という異常な環境にあるからこそ見えてくる人間の美しさと醜さ。いわば人の生き方とでも表現できましょうか。
 それが戦記モノから得る最大の教訓であると私は考えています。戦争反対だから、それに関わるすべてから目を背けるという日本人独特のノリとは、まったく真逆のスタンスでありますね。

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ふと思い出して重厚な本を

 時間があったらたくさん本を読みたいという欲求が若い頃から絶えない私。あの地獄の無職期間には、無聊を慰めるべく普段読まないような厚手の本ですとか、けっこう読みました。
 もはや私のトラウマと化しているほど心に傷が残った再就職運動ながら、そういった本を読めたのは人生のいい糧になったと思っています。

 そんなことを思い出しながら、本棚から引っ張り出して最近読んでるのがコレ。

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 古い本なので最近の考証と合致しない部分はあるのかもしれませんが、まさに「ヒトラーの時代」といった感じの1930~45年までを丁寧に描いています。
 当時のヨーロッパを描くとするなら、政治と外交にヒトラーは欠かせない存在であり、単にヒトラーについてだけならず、その周辺と世界各国の政治家たちの動きを是々非々で淡々と描写しています。

 で。ヒトラーの愛人として知られるエバ・ブラウン。賢く献身的なドイツ女性の鏡とも言われるほど、ヒトラーに尽くしたことが歴史に残っているわけですが。
 二人が出会ったのは1929年。40歳だったヒトラーは17歳のエバに手を出したことになりますな。
 歴史上の人物と化しているヒトラーとエバの年齢差など気にしたこともありませんでしたが、よくよく考えてみると、おめえ、それロリじゃねえのか?と突っ込みを入れたくなります(^^;

 世の独身オヤジのみなさん。オヤジも捨てたものじゃないかもしれませんよ。いい物件から売れていくのが世の結婚の否定できない法則ならば、売れる前に物件を押さえるというのも手。
 ただしロリ扱いされないようにご注意を~。

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週刊○○を作る

 『週刊 埼玉県庁を作る』をオオッ!と感激してしまった私のようなタイプは、とかくこの手の模型モノに弱かったりします。
 昭和の鉄道模型は最後までがんばっちゃったし、フェラーリ買いそうになっちゃって大変でしたし~(^^ゞ

 で、昨今は『週刊 零戦をつくる』のTVCFがにぎやかでやんすな。1/16スケールといったらかなりの大きさじゃないですか。しかも金属製ときたもんだ。
 するってえとメタルプライマーがないと塗装できねーか。メタルキットは経験ないから不安だのう。21型はカウリング回りが貧相であまり好きじゃないけれど、様々な塗装バージョンを選べる利点はあらぁな。骨組みから組み上げられるってのがいいよなぁ。

 TVCFを見つつ、まあいろんなことを瞬時に考えたりするわけです。

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 創刊号は\790かぁ。鉄道模型の経験から、最終的にはけっこう大きな金額を投下していることになるこの手の企画。
 何年計画で出版するつもりなのだろうかとWebサイトを確認してみましたら・・・・。

http://deagostini.jp/zst/

 100号かよ。2号以降は\1,590でしょ。およそ\160,000。そんくらい出したら、あらかじめ塗装してある完成品がケース付で買えちゃうかも。マジで。
 自分で組み上げる楽しみがキットにあるのは承知しているものの、なんぼなんでも金額大きすぎだろうと思うのでありますね。こうして手を出すのをやめる理由を発見して、自分に言い聞かせるわけです(^^;

 このくらいの金額の企画ができるんなら、それこそ『週刊 ニッカをつくる』だとか『週刊 ヤシカマットをつくる』くらいできちゃいそうなもんですよね。
 いや、マジでヤシカマットならキットでイケちゃうんじゃないでしょうか。シャッター部品とレンズは中国から調達して。ヤシカマットが無理なら海鴎でもいいから。海鴎ならあんまり高くなんないからサラリーマンでも手が出るかもしんないしー。

 零戦だから我慢できるわけですが、これが鐘馗だったりすると間違いなく手を出しちゃいます。マイナーだから絶対に売れませんけどもね~。

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前エントリーの補足

 前エントリーに関連して、少々補足。

 「ナチス」と聞くと、ホロコーストだのゲシュタポだの、悪いイメージが先行して当然な一般的認識だと思うのですが、そうと決め付けるのもどうかと、歴史に対して是々非々姿勢の私は考えるのですね。

 そもそもナチスという政党の正式名称は『国家社会主義ドイツ労働者党』で、かなり左翼的な匂いがする政党だったのですよ。実際、共産主義運動が盛んであった1920~30年代のドイツにおいては、ナチスは左翼政党と民衆に思われていたようです。
 党是は明らかに愛国民族右翼傾向でしたが、詳しく知らない人から見たら左翼政党に見え、大企業経営者などの資本家は共産党と結託されることを恐れていたといいます。

 ナチスが民衆に受け入れられていったのは、わかりやすさと行動でした。労働者階級に対してわかりやすい政策を訴え、かつそれに対して実行する行動力。そして当時はタブーとされていたものに堂々と斬りこんでいく姿勢。民衆の不満を上手にすくい上げて見せたわけです。
 そういった具体性と行動力を持っていた政党だったため、どんどん社会を作り変えてくれるのではないかという期待が集まったのでした。

 ヒトラーが一般民衆出身であることも大衆にとっては受け入れやすいイメージになっていたと思われます。
 公務員の家庭に生まれたものの、父が早死にし母は病気がち。兄弟に障害者を抱え、青春時代のヒトラーは画家になるという自分の夢をかなえるべく格闘したのに、挫折の連続。一兵卒として第一次大戦に従軍したりと、当時の普通の人だったのですね。

 偉くなるとゴテゴテと勲章を飾り立てたくなるのが人間の性のようですが、ヒトラーは生涯ただひとつの勲章だけを佩用してました。
 それは第一次大戦に参加した際に受賞した第1級鉄十字章。実際に彼は最前線で活躍し、上官に認められて昇進と受勲の栄誉に浴したわけです。いわば自分の能力だけで得た勲章で、儀礼的に与えられたものではなく、それが彼の名誉だったのでした。
 彼個人だけを私人として見るならば、清廉潔白で高潔の士であり、かつ若い頃に苦労したことを忘れていない親しみやすさも持ち合わせた人間といえましょう。

 労働者の味方であったナチス。高貴な生まれでもなく貴族でもない、ごく普通の人であったヒトラー。日本人の常識からしたら意外な部分を知るなら、たぶん前エントリーで紹介した新書を先入観なく読めるかと。
 ただし、幾分誉めすぎな観がある内容であることだけは、勉強して補ってくださいまし。歴史というのは見る角度で大きく姿を変えるものですから。

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タイムリーな新書

 「節約」がひとつのキーワードになってるかのような庶民の暮らしの中、貧乏人の私としては思い切ってディーラー車検というものを経験してみてます。

 いつも専門の車検屋さんに預けてたのですよ。定年退職したその道のプロが運営している店でして、早くて安くて信頼できるお店です。
 でも一度くらいディーラーに出してみっかなーと、新車で買ったこともあり、思い切って試してみてます。いろいろとつまづきがありましたが、それについてはまた改めて。

 話は変わって。総選挙の告示までカウントダウンという今なら、政党のマニフェスト絡みでおもしろく読めるのではないかという本を紹介しましょう。

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 『ヒトラーの経済政策 世界恐慌からの奇跡的な復興 / 武田知弘 / 祥伝社新書』です。
 ものすげーお固い経済本は読んでも理解できるか不安ですし、ヒトラー礼賛すぎる内容もちょっと食傷気味な私は、新聞の書評欄を見て、これなら普通に読めるかもしんないと感じました。

 庶民の生活閉塞感が蔓延しつつある昨今の日本の状況に合ったタイムリーな内容で、それぞれの政策の是非はともかくとして、発想と目的はなかなかおもしろいものでした。
 日本の政治家先生にも一度は目を通していただきたい感じです。なにかの政策のヒントになるかもしれない部分がかなりありましたよ。

 経済政策部分がメインですので、いわゆるナチスの歴史犯罪的行為と呼ばれるものにはほとんど触れず、また大戦に突入してからの話ではなく、ナチスが政権を取ってからの話ですので、あれで侵略さえしなかったらヒトラーは歴史上最大の政治家として礼賛されていただろう、という心ある歴史家の評価の理由を具体的に知ることができます。

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犬の夜について

 書籍系のネタを書こうと思った本ネタ。それを今回は書いちゃうぞ。書こう書こうと思いつつ、なぜか前振りが長くなって話が七転八倒。いつも途中でくじけていたのだ(^^ゞ

 というわけで。

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 ちゃんと検索で引っかかるようにご紹介する。『犬の夜/杏藤知樹/英知出版』だ。ちゃんとオビもいっしょにスキャンしてみたよ。多機能プリンターのスキャナで(^^;

 『犬の夜』ってなると、ミリオタなら『戦争の犬たち』を連想される方がいるかもしれんし、マイナー好きな私は『ブランカ』を連想した。
 で、連想しやすいように裏表紙も載せておく。横文字のタイトルが入っているので、より想像しやすいかと思うのだ。

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 『THE CYDOGS' NIGHT』だ。犬というより、サイドックという言葉と、オビの文句を読めば、近未来SFのテイストが入った香りが感じられるのではなかろうか。
 著者の杏藤知樹さんが我がBBSへ書き込みくださり、読者感想文的なレスをつけた私の文章を、ネタバレしない程度に短縮して転載してみる。

 外国が舞台なの?おー。警察モノかー。冒頭の犬が絡んでくると、谷口ジローのブランカを思い出すなあ。
 で、近未来が舞台なのだと読んでいるうちに理解し。スラム街に赴くあたりでブレードランナー方面に行くかと思わせておいて。
 なんとも物悲しい話っすなー。ラストの場面で救われるものがあるものの。なんか物悲しい・・・・。そういうストーリーは嫌いじゃないですけど。

 不思議なことに、濃厚な長編であってもおかしくはなさそうな量なのに、実は場面的に無駄がなく。キャラに無駄な動きをさせず最低限のキャラ設定は理解できちゃってる。乞う続編って感じなのですね。
 でも本作、ハリウッドあたりで映画化されてもおかしくはない作りでやんす。警察モノと探偵モノの中間的ノリで、SFの要素が大きく。
 野営の夜にじっくり読もうと思ってたのになあ。就寝前の読む本に飢えて手をつけてしまった(^^ゞ


 というわけで、近未来都市が舞台になっているため、SF的要素は必然的に入ってくる。ただしSFをストーリーの都合がいいように「利用」はしていない。むしろ物語の根幹となる必然の要素である。
 近未来都市が舞台であるのに、全体的な匂いは探偵小説、もしくは米国警察小説であり、SFはあくまで舞台装置でしかない。

 フィリップ・マーロウには縁がないが、エド・マクベインのシリーズは飽きるまで買い漁って読んだ私からすると、警察方面に無駄に踏み込まず、探偵小説のような無駄なダンディーさもなく、淡々と過ぎていく内容に思えてしまうのに、気がつくとけっこうな分量を一気に読んでしまっていた。
 知人が書いた本だからといって紹介するわけではない。無駄な場面がなく淡々と話が進んでいるように見せておいて、おそらくビジュアル化するとかなりの迫力であると思う。
 そんなわけで私は「映画化されてもおかしくはない」という表現を使った。上品なブレードランナーの世界という香りがするんである。

 読後にすぐここへ書ければもっと興奮してあれこれ書いたのかもしれない。だが作品そのものは興奮を誘うというより、ストーリーを最初から思い返すとジワジワ読後の満足感が出てくる。そんな感じだ。
 米国作品にありがちな饒舌すぎるキャラクター描写を避け、ストーリーの中の動きでキャラクターを伝える書き方なのだろうと思う。だからストーリー全体を思い返したくなる。

 エンディングが続編を匂わせる。だから続編を読みたいなぁという気持ちになる。著者も近未来都市であるエッジシティを基本舞台としたい方向を明確にコメントしている。「エッジシティシリーズ」なのだ。
 シリーズになれば、自然とエッジシティそのものの姿がより明瞭になり、登場人物すべてを含めた都市の物語に発展する可能性も秘めている。

 著者の第二作もいっしょに買い求めた私なのだけど、実は野営の孤独な夜にじっくり読もうとしていたため、なんとか我慢してる。
 犬の夜だって野営の夜に読もうと思っていたのに、眠れない夜につい読み始めてしまって、そのままラストまで一気だ。もちろん寝不足になった。

 読みたい人はAmazon.co.jpでね。絶賛した人がいる話は、当ブログの外部BBSを参照のこと。

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シブい街並みについて

 書籍系の話題を前々エントリーから続ける。

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 山渓からこういうムック本みたいなものが出ている。A5サイズのコンパクトなシリーズだ。

 かなーり前に旧ほんたわへ書いたことだが、秋田県には魅力的な街並みが少ない。フォトジェニックな街並みが皆無に近い。
 どこへ行っても、首都圏近郊のどこかの町みたいな景色であり、雪が積もってみて初めて雪国らしい景色になる。
 街から外へ出れば田んぼがあったりするので、やっぱり田舎なんだなーとは思うものの、ようは秋田の人間の潜在的な東京志向が街並みに表れているのだろうと私は解釈している。自分らのオリジナリティを否定している。歩いてみてもつまらないのであった。

 けれどたまに県外へ出てみると、通り過ぎるだけの街なのに、なんだかちょっとカメラ片手に歩いてみたくなる景色がある。
 青森県の弘前市はかなりフォトジェニックな都市であると個人的に思い、実際に2時間ほど歩いてみたことがある。奥が深そうな都市の姿は、東北のミニ首都圏状態の都市とは一線を画すものがあった。
 そんなわけで、手っ取り早くシブい街はないのかと思って買い求めたのが、上記の山渓の本なのであった。

 正直に書いておくと、先日の湯沢行での両関酒造も同様、旅行ガイドに掲載する名所のカットには、極力余計なものを写らないようにする。雰囲気で見せるカットに仕立てたりもする。よって現地のすべてがそういう雰囲気とは限らない。
 そういったフィルターを通して観察すると、やはりなかなかシブい街並みはムック本に紹介されないのだなあ、と思う。

 こと秋田県にだけ限るなら、紹介されている六郷(現美郷町)はけっこうシブい街だが、増田(現横手市)も紹介せねば片○落ちであろう。
 また、角館は必ず紹介されるものの、角館の魅力は例の武家屋敷とシダレ桜だけではない。裏通りに残る古い洋館、昔からある映画館など、観光地化する前には時間が止まっているような景色があった。それも観光地化してどんどん消えてるのだけどもね。

 そんな中、私が行ってみたいなあと思うのは、ダントツで宮城県の登米。観光地化が激しいわけではなく、かつて私鉄が走っていたくらいの地域の拠点でもあるわりに、今ではひなびているらしい。
 街のノリとして古いものを残す意識らしく、明治時代の建築物も多数残る。江戸時代を意識させる景色も少なくない。近代の商業遺産のような景色も散見されるという。
 数年前に現地で開催される夏の夜祭に合わせて訪問しようかと企んでみたのだけど、現地では民宿形態の宿しかないらしく、ひとり旅ではちょいと浮いてしまう。今なら野営っていう手があるからなーw

 ほかにも狙ってる街はあるが、今回は秘密にしておくよw

 

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