再録 オリンパスOM-4
里子決定記念。以下、再録です。
なにをいまさらOM-4。ごもっともなご指摘である。けれど私、実はかねてからOMシリーズに未練タラタラであったのだ。
印刷媒体に掲載された作例は写りの参考にはならない。そんな根強い意見が巷にはあるようだが、脳内変換できれば十分に写りの参考になると、私は何度か書いている。
雑誌などに掲載されている絵でレンズそのものを評価しようというのではない。「印刷でこんな感じなら、おそらく実写ではこうなるであろう」という推測である。決め付けられはしないものの、レンズの方向性というか性格というか、そんなものはある程度把握できると思う。
で、私はかねてからオリンパスのズイコーレンズの写りというものに興味があった。どうも私の好みなのではないかと。一言で表現するなら「しっとり感」。その中にズイコーレンズのキレがあるように思える。
それは雑誌などに掲載される絵で感じたものであったりするし、コンパクトカメラの傑作であるミューを使ってみてもそうだった。
ミューの写りが大変に素晴らしいと褒めちぎるつもりはない。価格にしてはよく写る。リバーサルを装填しても場面によってはかなりキリリとした絵が得られる。その程度のものではあるものの、オリンパスレンズのキレ。その一端はかいまみれるものがある。
これはいつかはズイコーレンズにいかねばなるまいのう。そう長年感じてきていたのではある。
15年ほど前(2010年注・ようは1990年前後のこと)、中古でOM-1を買おうとしたことがある。21mm、35mm、100mmの3本で小さなセットを作ろうかと思いついたのだった。
当時の私は、航空機撮影メインの趣味から、カメラ片手に気になる街をひたすら歩くスタイルに移行しつつあって、なにか被写体を目的に街を訪問するのではなく、肌で街を感じつつ被写体があったら撮ろうという散歩スタイルだ。現在と同じスタイルである。
そんなブラブラ歩きには軽量なカメラがあれば助かるわけで、一眼レフ一辺倒であった当時の私はOMシステムに目をつけたのだった。
だけど店頭でOM-1を手にしてみても、どうも手にしっくりこない。小さすぎるのではないかとあの頃は思った。そしてマウント基部にあるシャッター速度ダイヤルの配置に納得がいかず、とりあえず私はOMの調達をあきらめたのである。
キヤノンユーザーであった私はシャッター速度優先AEで育ったが、最近はマニュアル露出機や絞り優先AE機のほうがしっくりくるようになった。シャッター速度が二次的な要素である撮り方をするようになったからだと思う。
そうなってからあらためてOMを考えてみると、絞り優先AE機のOM-2は特等席に露出補正ダイヤルがあったりするし、OM-4はモード変更なしでAEのままスポット測光が使えたりする。
しつこいようだが、中央部重点平均測光のAE機というものは、思いのほか露出補正の必要が頻繁にあるものだ。とくにリバーサルフィルムの使用においては1/2段といえども補正の必要性を感じるシーンがある。
そうなると露出補正の具体的な操作性、それは露出補正ダイヤルというわかりやすい手段に限らないのだけど、AE機と露出補正はワンセットと考えていい。
AE至上主義たるキヤノンの一眼レフなど、測光と露出補正のせめぎあいがそのままカメラの進化といってもいいくらいである。
EOS-1に至って裏ブタへサブダイヤルを配するなど、いかな分割測光とはいえ、AE機に露出補正は必要なのだとキヤノンが認めたようなものだ。
実際、EOS-1に搭載される分割測光は、ありがちな日常の撮影においては90%ほどの確度で露出補正の必要は認められない。AE機として優秀な測光である。けれど残りの10%が補正の必要がある限り、AE至上主義たるキヤノン機としては完璧を求めるなら露出補正ダイヤルは使いやすい位置に設置しなければならなかったのである。
閑話休題。絞り優先AEを抵抗なく使える身になると、選べるカメラは飛躍的に増えるわけで、AEメインで使うなら、私の苦手なオリンパス一眼レフのマウント基部のシャッター速度ダイヤルを恒常的に使う必要がほとんどなさそうなのである。
そうか、AEで使えばいいのか。そんな簡単なことに気がつき、銀塩システムの価格崩壊により入手へのハードルがさほど高くなくなったなら、使ってみてもいいのではないか。
そんな「買う理由」が明確になった私は、OM一眼レフを使ってみようと心に決めたのであった。
選んだボディはOM-4である。OM-4Tiの黒ボディならまだメーカー修理ができるから、ぜひそうしなさいとオススメする方は多かったが、ちょっと高価。最初の一歩としてはハードルが高かった。
OM-2のスポット&プログラムにしようかと思ったら、なにやらレリーズのタイムラグがやたら大きいという。細かいことは気にしない大雑把な性格の私ながら、レリーズタイムラグは初期のデジタル機で泣かされたにがい経験があるので敬遠したい。
しかもそういった小さなことでOMにガッカリしたくない。OMとズイコーレンズに関しては15年来の思い込みがある。それをだいなしにしたくないのであった。
OM-2NかOM-4で出会いがあったら決めてしまおうと思い、OM-4に出会ったということである。
小さなボディが自分の手に合うのかということは心配になったものの、OM-4はボディ前面にセルフタイマーレバーがなく、指に引っかかって気になる可能性が皆無であったのも、私にOM-4を選ばせた理由かもしれない。
(中央部重点)平均測光AE機には露出補正が欠かせないと意識するようになり、補正ダイヤルの位置というものを気にする私としては、巻き戻しクランク側に補正ダイヤルがあるのはマイナスポイントではあるものの、スポット測光の搭載がかなりの救いになっている。
通常のAE撮影のまま、なんらモード変更などの操作を必要とせず、いきなりスポット測光ボタンを押せば測光が開始され、そのままAEロックになるのは大変に使いやすい。
8点まで積算平均ができるので、露出補正の代用として利用できる。ちょっと露出が飛んだかな、と思えば、別のポイントをスポット測光して平均値をズラせばいい。そういう使い方ができるのである。
だがスポット測光というものは使いこなしが難しいもので、けっして万能の測光というわけではない。
通っぽくて憧れる人は多いようだけど(私も20歳台の頃はそうであった)、スポット測光オンリーというのはAE機でかなり不便なものである。あれば便利に使えるのは確かなので、迷った時の判断材料、あるいは露出補正の代用として使うくらいがちょうどいいと私は思っている。
(2010年注・OM-4は中央部重点平均測光機であり、スポット測光ボタンを押すことで瞬時にスポットの測光値に切り替わる)
ちなみにハイライトコントロールとシャドウコントロールボタンは、スポット測光した測光値をハイライトとして白く写すため、あるいはシャドウとして黒く写すための自動補正である。
推測では、それぞれプラスマイナス3.0の補正幅ではないかと思っていたが、実際にはハイライトコントロールが2.0、シャドウコントロールがマイナス2.66とのこと。ガッチガチの補正ではないようなので、ネガ撮りなどではかなり活用できる自動補正かもしれない。
私が入手したOM-4はファインダー内の液晶表示が若干コントラスト低下という様子だが、薄くてわからないというほどひどくはなく、使う分には影響がなくてラッキーであった。
液晶部の照明も装備していて、OM-4は高級機なんだよな、と再認識させられる。露出表示部の照明は高級機として譲れない装備だと私は思っている。
レリーズの感触は予想したほど柔らかいものではなかったが、手ブレなどを危惧するような感触ではなく、これなら暗いところでもかなりイケると思わせされた。
ただファインダーの見え具合がどうも私に合わず、50mmレンズ開放ではピントの甘いカットが散見された。視度補正ダイヤルで調整してみたのだけど、どうもしっくり来ないんである。
35mmレンズを調達して使ってみても、やはりピントの甘いカットがあった。私の視力がオッサン仕様になってきているのか。それともAF機に慣れてしまいピントを合わせる能力が欠如しただけか。原因はともかくとして、ピントは問題である。
普段レンジファインダー機を使うことが多いため、一眼レフでは絞りを開いて使いたくなる私なので、そういった撮り方にも問題はあると思われる。
また、かつてコンパクトカメラであるXAを使った際にも、二重像合致にも関わらずピントの合っていないカットがあったことを記憶している。オリンパス機は私に合わないのだろーか、と思わなくもないが、そんなわけねえよな。
AEオンリーで使っている分にはマウント基部のシャッター速度ダイヤルを操作することはなく、ズイコーレンズ独特の絞りダイヤル位置にさえ慣れれば、操作する上で困ることはない。
普通、絞りのダイヤルはレンズのマウントに近いところにあるものなのだけど、ズイコーレンズはなぜかレンズ先端に近い位置だ。
このへんの配置というのは、ボディ側はシャッター速度、レンズ側は絞りという明確な差異を求めてのものだと私は考える。マニュアル露出機を使う上で、使用者の意識の明確な分離を求めてのものではあるまいか。シャッター操作部と絞り操作部を極力離す配置が感じられる。
レンジファインダー機のレンズにはこのようなレンズ先端に近い位置に絞りリングのあるレンズが少なくない。それで私が慣れていたのもあるのか、意外にもすぐ慣れることができた。
OMシリーズは伝説のわりにマイノリティ感がある。かなり練って構成されたカメラであるのに、どうもマイナーなのである。これはOMシリーズの操作性が独特であることも関係していると思われる。正直、もったいないのであった。
OMを積極的に使う層というのは、日本国内においてはマクロ撮影に強いOMの特性を生かした撮り方か、極端に手の小さなミニマムサイズの女性であり、海外、とくに北米においては、ライカMシリーズと変わらぬ機材寸法で扱える一眼レフとして使われてきた。
アメリカ人というのはプラグマティズムであり、大雑把なように見えて合理性を重んじるところがある。そんな彼らがOMをシステムの大きさとして重視したのは卓見だろう。実にOM開発のポリシーをストレートに受け取っているからだ。
とくにジャーナリストは、カメラなんぞは大きくて重いのは勘弁してほしいと思ってる。けれど撮影において失敗するわけにはいかない。
クソ高いライカ、しかもレンジファインダー機は作法があるし、頭を撮影に使わなければいけない比重が一眼レフよりも大きい。確実性からしたら一眼レフだと彼らが考えても不思議ではない。
そういう観点からすると、OMというのはまさにプロの道具なのである。派手なプロカメラマンの道具ではないのかもしれない。けれど写真専業ではないのに確実なカットがなければ商売にならない地味なプロにとっては、またとない本物の道具であるかもしれないのだ。(2006,01,27)







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