旧ほんたわ系・再録

再録 レンジファィンダー機の流行

 実はきのう、野営に出かけようかと少し考えていたのですが、時ならぬ弱い寒波の襲来が予測され、今朝の各地の気温、ならびに降雪状況などを確認して、やっぱり行かなくて良かったのかもしれないと思いましたっけよ。
 もう一度、耐寒人体実験を実施したいとは思ってますが、あまり寒すぎるのはシャレにならなく、できれば最低気温は0℃くらいでお願い(^^ゞ

 栄養不足のせいか、どうも頭が働かず、新ネタを思いつかない状態ですんで、またしても再録モノでお茶を濁させていただきます。
 自分が真面目に使う撮影機材としてレンジファインダー機をまだ想定していない頃に書いたもので、使わず嫌いの匂いがプンプンする内容で申し訳ないのですけど(^^ゞ

 以下、再掲になります。

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 一昨年あたりからレンジファインダー(RF)カメラが市場で元気だ。次々と新製品が発売され、レンズも続々と登場している。
 カメラ業界が元気なのは結構なことだが、ひたすら便利さと自動化を追い求めてきたはずのメーカーとユーザーが、さほど便利とも思えない流行を作っているのはなんとなく薄気味悪いのも確かなのだ。

 ここ何年か、シロウトさんがライカのMシリーズを平気で買ったりすることに驚いていた僕だが、昨今のRF機流行の端緒であった気がしないでもない。
 なぜライカなのか。カメラ業界以外のカタログ系雑誌でやたらに紹介されるようになった、というのも理由として考えられるだろう。

 アウトドア系雑誌でもよくライカは紹介されていた。徹底的に荷物の重量を節約したいバックパッキングの旅で、ライカM6を推薦するなんてのはひどい冗談だと思ったが、まんざらシャレで推薦されていたわけでもなさそうだったところが恐い。
 徒歩の旅にはチープでよく写るカメラがベストだと思うのだがね。かつての単焦点ビッグミニシリーズみたいなやつね。
 そうでなければ、盗難にあってもそんなに惜しくなく、軽くて手軽に確実に写せるカメラがよろしいと思うぞ。

 もうひとつ、現代のカメラが面白くなくなったということもいえると思う。没個性な商品群。誰がシャッターを切っても同じように写ってしまう自動化。パソコン並の早さで発表される新商品。
 マニアだけではなく、一般ユーザーにもそのへんが見透かされてきたということだとしたら、業界にとってこれほど不幸なこともない。
 マニアは露出の精度やらレンズの描写にこだわりたくなるが、そういったユーザーは顧客のごく一部に過ぎない。大多数の一般人にそっぽを向かれたら、その商品はもうおしまいなのだ。

 しかしRF機流行というのも本音は真剣なものではないだろう。静止画像を記録することだけならどんなカメラでも用は足りる。
 記録された映像を写真として出力しなければいけない需要は漸減しつつあり、デジタルカメラが主役となりつつある。そんな中でのRF機流行は、趣味のオモチャ、あるいはアクセサリーでしかないのではないか。

 RF機が有利だとされる点は、まずは軽量でコンパクトなくせにある程度はレンズ交換の許容があること。実際に撮影される画像よりも広い範囲をモニターできること。静かであること。これぐらいのものだろう。
 機械としての魅力は副次的なものでしかない。お手軽にちゃんとした写真が写っていればいいという世情からすると、RF機にはあまり価値はないのだ。
 そういうわけだからして、RF機ブームは写真を撮影するための道具としてカメラが認められなくなったということだろうか。まるで銀塩カメラの葬送曲のようで僕は薄気味悪く思うのである。

 でもカメラ好きからするとRF機流行は嬉しいことではある。今までのRF機は骨董品に片足を突っ込んだような機種か、高価でなかなか手が出ないようなものばかりだった。道具として酷使したくても恐くて使えないのだ。それが流行のおかげで安価な機種も登場するようになった。これは単純に嬉しい。

 コシナのBESSAシリーズは、ちょっと使ってみようかという気にさせる価格体系がいい。ある程度の写真に対する予備知識を要求されたファインダーレス機に続いて、真面目なRF機も安く登場した。物足りなければHEXAR-RFもライカもある。
 おそらく現代はもっとも恵まれたRF機事情といえるだろう。いつ銀塩業界が崩壊するかわからない。買っておくなら今のうちである。(2000,1,30)

 以上、再掲。

 10年前に、私はこんなことを書いていたのですねえ。その後にCLを使う喜びにハマり、コンタックスGでRF機はそんなにナーバスなものでもないことを知り、まさか買うまではすまいと思っていたM5へ至ったわけです。
 もしも銀塩業界が左前になっていなければ、おそらくベッサR3AかR4Aのどちらかに手を出していたでしょうなぁ。オートで使えるライカMマウント機が欲しかったですからね。

 10年前だもんなぁ、と思いつつ読み返していたのですけど、現在のデジタルスチルカメラ市場が安泰だという保障は世の中のどこにもなく、既存のデジタル機に匹敵する写りの携帯電話内蔵カメラが登場したら、早晩業界は先細りですがな。
 そんな意味で、上記の再掲モノを、「レンジファインダー機」を「マイクロフォーサーズ機」とでも置き換えていみれば、なんだかあの頃とあまり変わっていない気がしてしまうのは私だけでしょうか。

 いや、マジでマイクロフォーサーズがウケてる理由を理解できてないのですよ・・・・。

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再掲 連合ってなんだ?

 ちょっと「民主党、てめえ」という気分なので、10年前に書いたものを再掲しますことよ。

 なんだか半径2m感覚で好き放題書いてやがんなー、とは思うものの、当時は今ほどネット人口は多くなく、勝手に吼えてても許されるところがあったのですね。
 今みたいに、鵜の目鷹の目で他人の欠点もしくは失言を探しまくるような人は、キ印扱いされてたもんです。それでは、以下再掲。

 バカ営業マンなので、僕はよく営業車でAMラジオを聞いている。平日の朝ですね、この時間帯、おおむね8時半ぐらいになると「サービス残業はやめましょう」「パートも正従業員と同じ権利があります」などなど、やたら挑発的なCMが流れる。

 これが『連合』のCMらしい。『連合』ってば政治関係のニュースでたまに聞いてる気がするが、よくよく考えてみるとどういう団体なのか知らなかったりする。
 早い話が労働組合系のでしゃばりたい方々の親玉、というような位置にある組織らしく、労働者の味方的姿勢をとりあえず売り物にしているようだ。

 へー、そうなんだ。じゃあ組織の活動費はどっからもらってんのかな、というのが僕の基本的な疑問だった。
 というのも、秋田市内を走り回るボディ横に『連合』と書いた宣伝カーは、なぜか3ナンバーのパジェロなのよ。ロイヤルエクシードかなんかじゃないかね。安くはないクルマだよ。
 たかが宣伝カーでどうしてそういう高級車に乗らなければならないのか、というのが僕の疑問なのである。いや、疑問というより不信感だろう。

 おそらく全国の労働組合から集まった活動費というのがあるのではなかろうか。その中からパジェロの購入費を捻出しているとしたら、これはちょっと問題じゃないかね。政治資金を自前で調達している共産党はボロボロの軽自動車で宣伝してるのに。このへんのメンタリティってのはどうなってるんだろうか。

 ラジオのCMに戻る。数々の立派なスローガンが流れる『連合』のCMである。その中でもっとも僕の神経を逆なでする内容は「サービス残業はやめましょう」だ。
 サービス残業をやりたくてやってる労働者はおらんのよ。あんたらにニコニコしながら教えられるまでもない。しかしなぜやらざるを得ないかということなのだ。現実をよく考えてもらいたい。

 「上司から良く思われて出世したいからサービス残業」という方もいるのかもしれない。でもリストラの嵐が吹き荒れる職場では、減らされたスタッフ、減らない仕事の悪循環の中、みんな過剰な仕事を抱えて泣きながら仕事をしているのだ。中小企業では予定時間内に仕事を片付けるのが困難になってきているのである。
 「終業時間だから」と仕事を残して帰ってみても、誰が代わりにやってくれるわけでなければ、どんどん日増しに仕事がたまってくだけではないか。それならばアホらしいとは思いつつ、後日に負担を回さないスケジュールで仕事を消化するしかない。

 単純に「サービス残業をやめましょう」なんてヌカすのはやめましょうよ。正義の味方ヅラして無駄に宣伝広告費を使ったりすんのはバカらしいぜ。

 「日本全国でサービス残業をやめれば、90万人の雇用が創出されるというデータもあります」だからー、そりゃそういう試算もあるというだけの話で、実際にはサービス残業をやめちゃったら倒産する企業が増えるってば。失業率上がるってば。
 でしょ。サービス残業の分だけ残業代をまともにつけちゃうと経費として増大するからまたまたリストラってな話になるし、残業そのものをやめたら仕事はたまってく一方でお客さんからの信頼はダウン、売上低下でまたまたリストラだい。

 社員一人一人の責任感でなんとか仕事をさばいている中小企業って多いのよ。バカらしい、アホらしいと思いながら、今日も日本全国で義務感のみから仕事に取り組んでる人達がいる。それをバカにするような宣伝はすぐにやめていただきたい。

 まあ正直な話、労働者の上前ハネて3ナンバー乗り回してる連中に正義の味方みてえな顔はしてほしくねえってことだ。労働者の味方なんていうお題目はいまどき小学生だって笑うぜ。そのくらいにみんな知ってしまってる。
 あんたらの耳障りのいい宣伝は、なにも現実を反映していないことはみんな知ってる。もはや労働者は無教養で感情的な連中じゃないんだよ。目先のスローガンで煽ったって誰も耳は貸さないよ。

 だいたいさあ、俺みたいに年間の残業&休日出勤時間が軽く600時間超える連中が世の中ゴロゴロしてんだぜ。上には上がいると思って我慢してるけどさあ。
 有名無実の労働基準法にも問題はあると思うけれど、現実っちゅうのは高い場所にいちゃ見えないもんなんだ、ということを少しわかってほしいね。(2000,1,10)

 以上、再掲。

 懐かしいなぁ。バカ営業マン時代に書いたのですね。ホント、当時の連合は正義の味方ヅラしてやがったもんなぁ。

Poki472

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再録 クマー!

<p><p>Beyoontavox:今週のたわごと</p></p>

 熊について書いた古いネタを見つけたので、再掲で更新のお茶を濁させていただきますことよ(^^ゞ

 以下、再録。

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 日本列島、あっちこっちでクマが出没してる様子ですなー。ツキノワクマなら秋田だぜ、と力説したいところだが、秋田はクマが出没して当然という土地柄なので、わざわざ全国ニュースに載るようなネタはないのであった。

 私、クマに出会ったことがある。貧乏登山を繰り返していた頃のことだ。海に面した秋田市ながら、市の東部は山岳地帯で、お隣の町との境は1,000m級の山脈が連なる。日本酒のブランド名にもなっている太平山が主峰の山脈だ。

 秋田市内なのでみなさん気軽に登る山だし、秋田市内からよく見える山なので、なんとなーく身近な印象があるものの、実はこの太平山、秋田県内の山岳では厳しい山のベスト3に入る。
 壮年期の山のくせしやがって、簡単な登山ではないのである。乳頭のつもりで行くとえらい目に遭う。

 これに加えて、太平山はクマが生息しているため、常に緊張感を強いられる。金属質の音を発生させるべく、私はたいがいメスカップなどをザックの外に吊るし、ガンガン音を鳴らしている。
 ついでに高周波発生機を作動させてもいるので、人間よりも可聴域の広いヤツらはきっと迷惑がるに違いない。けれどいきなり突撃してくるかもしれない。クマ対策に万全というものは存在しないのだ。

 そんな登山を無事終了し、なんだ、クマなんか出ないじゃねーかよ、とクルマに乗って数十メートル走った先で、いきなり道路を横断していくでっかいクマを見てしまった。もうちょっと走ったら集落があるような場所でだ。
 ツキノワグマはちっこいからと油断してはいけない。私が目撃したのは体長として1.5メートルそこそこのものだろうが、四足で歩いている時のヤツらはかなり大きく見える。お座りしてる時と四足歩行の時では大きさが全然違う。ありゃ人間がケンカしたら簡単に勝たせてはもらえない大きさなのだ。

 仮に私が当局へ通報したならば、きっと地元猟友会の出動ということになっただろう。もう何年も前の出来事ながら、クマに対する人間の対応策はいつも同じ、猟友会の出動なのである。
 ニホンカモシカは天然記念物で保護されているから、不必要に増えて人間の生息する領域まで進出してきてるというのはあるし、街でウロウロしていても天然記念物だから、よほどのことがなければ駆除もされない。人間を襲わないから生かしてもらってるようなもんだ。
 クマは敵に対してバトルという手段をとるため、猛獣ということになり、駆除の対象になってしまう。

 猟友会にクマを退治してもらうだけでいいのかしら、と私は思う。ヒグマはどうか知らないが、ツキノワグマというのは基本的に人間を襲わない動物らしい。
 クマの緊急事態を除けば、人間を敬遠するという。つまりクマの自衛範囲に入らなければ、クマというのはおとなしい生き物なのだ。最近は登山者のリュックが狙われているともいうけどさ。
 昨今はクマのテリトリーが里へ降りてきてしまってる。山に食料がないかららしい。そりゃ食い物がなければ、探し回ってテリトリーが広がるわな。

 私の自然に対するスタンスは、基本的に共存共栄である。人間がなんぼのものか。人間だって自然の一部なのだ。人工構造物をたくさん作ったから人間だけが偉いというわけではあるまい。
 世界遺産に指定されている白神山地と、秋田県側を流れる米代川流域の試みを、今一度私らは省みる必要がある。日本海沿岸の漁師さんたちが、米代川流域の山に広葉樹をたくさん植樹し続けている。その理由とは、広葉樹がもたらす山のミネラルを川へ流してやり、海の魚たちを育てるとともに、魚を呼び寄せるためだ。
 自然というのはひとつのシステムであり、どこかひとつだけ欠けても全体が狂うものだ。カネになるからと山へ秋田スギばかり植えたツケを、いま海の猟師さんたちがフォローしているといえる。

 出没しまくってるクマは、なにも台風のせいだけで里へ降りてきているわけではあるまい。秋田ではずっと前からクマが里へ進出してきている。
 台風のせいにして、今年だけの現象だと思ってはいけない。山ではずっと以前から環境が変わってしまっているのだ。たまたま今年だけのことではない。
 自然と共存していく知恵を、今こそ過疎県の山間部に求めるべきではないだろうか。山ばかりの土地に見えても、そこには形のない「人間の知恵」というものが本来はあってしかるべきなんである。

 廃村になってしまった集落で暮らしていた人たちは、上手に自然と折り合う暮らしをしていたのだから。その知恵がなくなってしまう前に、拾い上げる努力が我々には必要なのだと思う。(2004,10,18)

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再録 今後の写真業界を勝手に占う

 へー、こんなこと書いてたんだぁ。未来予測に関する記述というのは、偉い人が書いた論文であっても、あるいは無名の人が書いた覚書でも、その未来から振り返って読み返してみると、おもしろくもあり悲しくもあり。

 というわけで、10年前にこんなこと書いてました、という記事があったので再録。以下、再録です。

 銀塩の先行きというものに不安を感じるユーザーは少なくないのだろうけれど、業界にいる僕もはっきりと不安を感じている。
 ひたすら安くなっていくDP代。そのくせしてなかなか減らない経費。デジタル方面へ切り換える土建業者。などなど、少なくても現像所にとっては喜ばしい要因はなにひとつないのが現状なのである。

 かてて加えて、かつてのカメラメーカーはすでに銀塩カメラへあまり力を入れなくなり、銀塩だけで食っていけるメーカーは皆無という状況になってしまっている。どのメーカーもカメラ以外の商品がメインになってしまっているのだ。
 少なくても日本国内において、今後は銀塩が縮小傾向になっていくことは間違いない。写真専門店と現像所の淘汰がしばらくは続くことだろう。

 ただし銀塩そのものの供給はなかなか減らないのではないかという憶測も成り立つ。日本ではパソコンの急速な普及が遠因になって銀塩を圧迫している側面があるが、まだまだ銀塩でメシを食える国は世界に多い。
 そこへフィルムなどを供給するメーカーが存在する限り、日本国内においても感材の入手はできるはずだ。コスト高になることは避けられないかもしれないが。

 日本よりもパソコンの普及率が高いアメリカにおいても、保守的な層はかなり多いから、コダックあたりは銀塩でしばらく食っていけると思われる。
 西欧においても保守的な市民が多いから銀塩はしばらく大丈夫なのではないだろうか。

 しかしカメラの供給となると怪しいものはある。高価なカメラを求める層というのは日本以外では極めて少ない。日本で一般市民が簡単に買えるクラスが発展途上国では精一杯のカメラということになる。所得レベルの差ですな。
 そうなると、今後のカメラ供給は普及機が中心になっていくことは間違いないし、一眼レフよりもコンパクトカメラがメインになるのではないか。一眼レフなどはごく少数の専門的な人間だけが必要とするものになる可能性は大きい。

 キヤノンのEFマウントはデジタルカメラでも使用できる対応性があるから生き残る可能性はあるが、その他のメーカーはどうだろうか。ニコンやミノルタあたりの資金力が比較的にあるマウントぐらいが残れるかもしれない。
 深刻なのは旭光学あたりではないか。レンズの描写には定評があり、カメラ製造から撤退させるにはあまりにも惜しいメーカーである。将来的にメジャーになることが必至なデジタル一眼レフのレンズ専門メーカーとしてでも生き残っていただきたいものである。

 ただし現状の200~300万画素クラスのデジカメでレンズの描写が云々と語るも笑止、もっと細かい描写が可能でなければレンズ専業メーカーの存在価値がなくなってしまう。せめて500万画素以上、ノイズ発生を減らさなければ描写に言及できるだけのものにはならない。

 いずれにしろ、環境汚染と銀の浪費が伴う銀塩システムは早晩壊滅する運命にあることは間違いない。機械式のカメラなどは、工業芸術品としての価値しかなくなることだろう。
 なにしろ個人でフィルムや印画紙を製造することは限りなく不可能に近い。幕末の日本の写真師並に苦労する。個人で銀塩システムを維持することは不可能に近いのである。

 欧米の保守層が銀塩を見限る時が来たら、それがおそらく銀塩の終末ということになるだろう。発展途上国に対する供給は中国あたりが担当することになり、先細りになっていくだけになる。リサイクル性の高いデジタルシステムは時代の要請ともいえる存在なのである。
 アメリカの銀塩業界では、おおむね向こう25~30年は銀塩システムが生き残る、と試算されている。この根拠は、現在デジカメを使いこなせない層が世の中からいなくなるまで、という意味でしかない。
 我々はせいぜい今のうちに銀塩の高画質と臨場感、そして表現性を味わっておくべきである。そのうち、銀塩カメラを操ることが非常に贅沢な世の中がやってくる。現在、業界としては厳しい現状ではあるが、ユーザーがコストをかけずに銀塩写真を楽しめる最高の時期ともいえるのである。(1999,11,20)

 以上、再録。

 予測が当たっているところがあれば、考えすぎてるところもあります。一眼レフが普通の人と縁遠くなるという部分は甘かったですねえ。潜在的な一眼を使いたい欲求を持った人は世の中にたくさんいるということでしょうか。
 完全に予測がハズれてたのは、中国がいつまでもアナログデバイスの国だと決め付けてたことでしょ。今や台湾を追い越す勢いのデジタル普及で、いつまでもフィルムカメラを使ったりはしないかもしれません。

 田舎で銀塩趣味を続けることが難儀になる時期も、あの頃に予測していたより遅かったですよ。

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前エントリーの補足 鐘馗について

 零戦に並べていきなり「鐘馗」といってもわからない読者が多くて当たり前ですね。かなーり前に旧ほんたわに書いた気がして探したら、ありましたありました。

 以下、再掲です。

 発作的に航空機ネタで申し訳ない。掲載の画像は、もはや出所がわからない。いつもの無断転載ということになるのかな。キ-44の2型である。

Ki44

 キ-44なんて書くと、いかにも専門的でいやらしいな。旧日本陸軍の二式単座戦闘機『鐘馗』と書いたほうがわかりやすい。

 どうだろう、このフォルム。エンジンがやたらでっかくて、主翼の面積がいかにも小さい。まるでスピードレーサーではないか。私は個人的にこのスタイルがたまらなく好きなんである。
 けれど鐘馗はれっきとした戦闘機。スピードレーサーではない。では、なぜこのようなフォルムになったのか。ちゃんと理由がある。

 鐘馗の基本計画は、インターセプター、つまり迎撃機としての性格を反映させたものであった。昭和13年下半期に、中島飛行機へ陸軍から研究指示が下ったという。大東亜戦争開戦の3年も前である。
 とかく前近代的だと評されることの多い旧日本陸軍ながら、航空機に関してはかなり先進的な開発意識を持っており、昭和13年の時期に対爆撃機迎撃用の専門機を意識していたのは、かなり評価されるべきである。

 迎撃機は敵機の侵入を撃退する機体であるから、第一に上昇力が要求される。そのためには大馬力エンジンの搭載が必須となる。鐘馗が頭でっかちなのは、当時は爆撃機用の大口径エンジンしか高馬力のエンジンがなかったからだ。
 主翼は飛行機に揚力を与えるものではあるけれど、面積が大きすぎると空気抵抗になってしまう。かといって小さくすると運動性に劣る。けれど迎撃機は一直線に上昇して、敵機を叩ければいい。そのために思い切って主翼を小さくした。だから鐘馗は頭でっかちで小さな主翼なのだった。

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 当時も今も、日本人というのは十徳ナイフのような多用途性を求める傾向がある。後継機の開発が進まず、終戦まで零戦を使わざるをえなかった旧日本海軍は、零戦に長距離戦闘機と迎撃戦闘機の両面の性格を求めた。
 当時の実用艦上戦闘機として、例を見ない長距離侵攻能力を達成するため、防御能力を削ってまで燃料を大量に搭載した。そのくせして対爆撃機用に大口径機関砲を搭載していた。
 万能戦闘機を求めたのに、零戦はあまりにもギリギリの設計をしたため、改良の余地がまったくなくなったのは、軍用機ファンならみんな知ってることだ。

 その点、旧日本陸軍機の場合、性格づけがはっきりしている。長距離侵攻能力が欲しいから一式戦。インターセプターが欲しいから二式単戦。水冷エンジンの高速機が欲しいから三式戦。連合軍の重戦闘機に対抗したいから四式戦。コンセプトが明確なんである。
 航空機開発メーカーに対する軍側のゴリ押しも、海軍ほど陸軍はひどくなかったようである。本来ならば技術系の理解は軍艦という機械相手の海軍のほうがありそうなものだが、現実には下手に知恵がある分だけ、海軍のほうがメーカーにちょっかいを出したがったようだ。

 話を鐘馗に戻す。わずか1,500馬力級の空冷エンジンを搭載していたわりに、鐘馗は防空戦に活躍した。コンセプトがしっかりしていたので、終戦まで使うことができたのであった。
 B29の飛ぶ高さまで上昇するのが難儀だったのは、日本エンジン開発陣に共通の未熟さによるもので、鐘馗を設計した中島飛行機の罪ではなかろう。機体設計はしっかりとした設計思想に支えられていたのだ。
 10月2日に書いた(2009年注・2004年の10月2日のこと)四式戦闘機「疾風」の現設計は、この二式単戦である。二式単戦の3型として企画された機体が、四式戦に発展した。側面図を見ると、中島飛行機流のフィニッシュが共通しているのだった。

 ちなみに「鐘馗」とは、唐の玄宗皇帝が熱病にうなされていた時、夢の中に現れて悪鬼を退治したと伝えられる英雄である。そのため疫病を追い払う神として、日本でも古くから信仰を集めている。
 敵の爆撃機を悪鬼になぞらえ、日本唯一のインターセプターへ「鐘馗」と名づけた当時の命名者は、なかなかのセンスだったと思う。

 最後に、小池画伯による作品を無断転載しておく。(2004,12,6)

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 以上、再録。

 小池画伯の絵は、頭でっかちのスピードレーサー然とした鐘馗のフォルムをあまり意識させない角度からの構図ですが、これから薄暮爆撃を敢行しようというB-29を望見しつつ、編隊を解いて突撃にかかる本土防空戦の図でやんす。

 実際のところ、ターボチャージャー装備で悠々高度1万メートルを飛来するB-29に対し、日本側の迎撃機は機械式加給器(スーパーチャージャー)しか装備できず、空気が薄い高空でフラフラと飛びつつの迎撃でした。
 B-29はターボのほかに与圧システムを機内に備えていました。現代の旅客機と同じく、機内に圧力をかけて気圧が下がらないようにしていたんですね。1万メートルの高空を飛んでいても乗員はTシャツだけで過ごせたそうです。日本の迎撃機パイロットはブ厚い防寒服にニクロム線を通してほのかに暖めて酸素マスク必携だったというのに。

 撃墜したB-29の乗員がTシャツ姿だったのを見て、大本営報道部は「ヤツらは着る衣服の繊維をケチるくらい追い詰められている!」と宣伝したらしいですが、なんのことはない、科学技術力の差が乗員の軽装に現れていただけのこと。
 当時の技術者は正確にそれを認知していたらしいんですが、なにしろ戦略物資はヤミに流したほうが利益がはるかに大きい当時の世情。希少金属が確保できないと開発が覚束ないターボチャージャーは、実用化できなくて当たり前ってな具合だったらしいですぜ。

 当時のいろんな記録を読んでるとですね、今も昔も日本という国の仕組みはなにも変わってない気がするのですよ。政権が変わったからといって、そんな簡単に変わるものとは思えないのですね。
 「戦後」は終わっていないし、明治以降どころか、江戸開府以来、日本人ってなにも変わっていないように思えるのですよ。あくまで私見ですが。

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再録 APS規格というやつ

 チョイ悪オヤジならぬ「かなり悪いオヤジ」と、今を去ること数年前に某サイトで紹介されてた私。
 長髪がうざったく、DEP(古)で固めたりしてるんで、もう昨今は完全にただの悪いオヤジになっている気がいたします。

 「なら髪切れよ。夏なんだし見てるだけで暑苦しいし。」と突っ込みたくなるのが人情であるところ、私の短髪って評判が悪いのですよ。とくに女性陣から。ホントはモヒカンにしたいんですけどもねえ。
 青春待ったなしのセンシティブなローリングフォーティとしては、女性の視線を気にするのですね。

 センシティブとローリングが相反してるような気がしないでもありませんが、何事も二面性というものはあるのです。と言い訳を強行しといて、今回も再録でお茶を濁します。
 「こんなことを書いてたのか」と我ながら感じ入った記事があったので再録しますですよ。以下、再録。

 ユーザーの方が世の中にけっこういらっしゃるのだろうと思い、今まではあんまりAPS(以下IX240)フィルム&カメラについて発言しませんでした。
 でも、いよいよIX240の先行きが怪しくなってきたようなので、この際書いちゃいます。

 そもそもIX240フィルムをユーザーが使うことによるメリットというのはなんなのでしょうね。
 規格登場時に主唱メーカーが訴えていた数々のメリットは、実のところユーザーにとってそんなにありがたいものでもなかったのと違いますか。
 いわく「インデックスプリントがつく」「撮影情報が書き込まれる」「フィルム装填が楽チン」「プリント時のゴミ焼きが減る」などなどありますが、どれも画期的なことではありませんな。

 インデックスプリントは普通の135ネガからでも作れるようになったし、撮影情報はラボで対応してなきゃ意味がないっす。
 135フィルムの装填なんざ慣れれば誰でもできるようになりますね。ゴミ焼きはラボが気をつけてやってりゃ皆無に近いし。
 逆に「インデックスプリントがないとネガの中身がよくわからない」「現像済みを示すツメが折られたままの未現像フィルムがよくある」「135よりも数段画質の劣るプリントしか得られない」「ゴロゴロしてネガの保管が面倒」なんていうデメリットの方が目立つ昨今。

 僕にいわせれば、IX240フィルムのメリットは、カメラを小さくできることぐらいのもんで、カメラの機構そのものは135よりも複雑になっているからコスト高は避けられないのでありますね。高いカメラを買わされて損しているのは消費者なのだと思うけれど。

 まー、それでも「好きで使ってるんだからいいじゃないか」というユーザーは必ずいるものですが、かつての110フィルムの時もそう、ディスクフィルムの時もそう、しつこく使っているユーザーさんのお言葉と受け取っておきます。

 誤解してほしくないのは、「あんたは間違った買い物をしたんだ」と僕が主張したいわけではなく、ユーザー無視の新商品で消費者と業界を躍らせているメーカーの姿勢なのですね。これが気に入らない。さもパソコンと親和性があるような広告形態もおおいに問題アリでしたしねえ。
 発表前からラボサイドでは「これ以上作業工程を増やしてどうする」という声は多かったです。IX240対応のプリンターは機構が複雑すぎるしな。

 IX240なんざ、しょせん机の上だけでコネ回した規格でしかないことは、メーカーの人間が説明のために地方回りをしている時にイヤというほど浴びせかけられたであろう罵声だったのに。俺もかなり罵声を浴びせたけども。今さら変更しようもないって感じで発売されてしまったのがIX240カメラ&フィルムなのですよ。

 結局ね、新製品を投入してハード関係を売りたかったメーカーの陰謀でしかなかったのだと思います。フィルムもIX240は不当に高価な気がするし、カメラもコスト高だからあまり安くないもの。

 そういえば、フジ写真フィルムさんは2000年からIX240オンリーでいくと記者会見でブチ上げてたよなあ。やってもらおうじゃないの。IX240フィルムの在庫をフジさんがイヤというほど抱えて困ってるのは知ってるけど、それでも世間に公表したんだからね、政治家の公約みたいなもんじゃないの。

 ホントはさ、135だIX240だと騒いでる場合じゃないんだよね。業界としては、今後間違いなくやってくるデジタルカメラ時代に銀塩をどう残していくかということに力を入れるべきだと思うのだけれど、あいも変わらずIX240カメラの新商品を発売したりしてる。そんな体力は本来なら業界にないはずなのだがなあ。(99,11,13)

 以上、再録。体力のないカメラメーカーに余計な投資をさせただけの規格だったのだろうかと、今にして思います。デジタル全盛になる前に、すでに業界再編の余震はあったのかもしれんですよ。
 そのくらいに135フィルムシステムというのは完成された規格でして、簡単に上をいけるくらいなら、とっくにコダックが戦後すぐにやってらあな。そんな感じです。

 慧眼などと誉めるなかれ。当時現場にいた人間なら、思考の深さの程度に差はあれ、私と同じ観測を持っていたはずですよ。「提案するだけの人」「売るだけの人」とは違い、エンドユーザーに近い場所に立っていた人は誰でも同じ危惧を抱いていたはずです。

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再録 秋田美人の話 その2

 やー。昨日は更新をサボったのですね。まったく自覚がありませんでしたよ(^^ゞ

 明け番は花輪方面へ出撃し、個人的に弱い秋田県北方面をカバーすべく、花輪ねぷたをひとつ撮りに行ったついでに野営しちまおうと考えていたのですが、なにかやりきれないことがあったのでしょうなぁ。朝から飲み始めてそのまま沈没。気がついたら日が暮れてましたとさ。
 時刻の観念がないまま、ムックリと起きちゃ酒を飲み、眠くなったら寝る繰り返しのまま本日の日勤を迎えまして。ええ、なんら建設的な行為は行っておりません。

 そんなわけで更新するネタがございませんので、再録にてお茶を濁します。以下、再録です。

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 ↑ 純粋秋田系かどうか定かではないものの、とりあえず伊藤綾子アナはめんこい(^^;

 しつこいようだが、ビヨーン太の個人的な見解であると最初にお断りしておく。

 秋田美人は意外に地味だが基本的な顔の造作が整っていること、秋田県内の河川流域に美人が多いとされること、肌が白い美人と秋田の日照時間には相関関係が見られないこと、などは前回書いた。
 秋田になぜ美人が多いかという疑問に、雄物川の水質に原因があるのではないかと考えて実際に検査した学者もいるようだ。
 確かに肌の色が白いと七難隠すという側面もあるが、じゃあ白けりゃなんでもいいのかというとそういう問題でもない。

 秋田美人というのは根本的に縄文人系統であることはよく指摘されることだ。芸能人で例えると吉永小百合系統が適当なところか。そこそこ顔の起伏はある。田中裕子に代表される弥生系とは明らかに違う。
 これは秋田の歴史と地形が関係していると想像される。大和時代にはすでに秋田地方へかなり中央政府の権威が浸透していたことは最近の調査で明らかになってはいるのだけれど、常に北方から攻め入る民族との抗争の場であったこともわかってきている。(2009年注・抗争という形容詞が適切かどうかは即断できず)

 古くはかなり民族的な混血があったことは予想できるが、平安時代以降は大きな騒乱が少なくなり、秋田は陸の孤島のような存在になってしまう。
 秋田へ一度でもいらっしゃった方はわかると思うが、深い山を越えるか海沿いの険しい海岸に無理して作ったルートでなければ秋田県内に入ることはできない。そういった地形をパスして船で訪れる方が数段楽な土地であった。

 このいわば『僻地』のような環境が秋田美人を今に残す遠因になっているのではないか、というのは僕の勝手な推測である。
 というのも、このところ秋田の女性には美人が少なくなってきている。とくに若い層の顔つきがかなり変わってきている。正直な話、レベルが落ちてきているのだ。

 この現象、明らかによその土地の血が増えてきているからではないかと思われる。転勤者が居着いてしまったり、嫁さんが他県の人であったりと。
 僕のような三十代前半の年齢であっても、東京からやたらきれいな嫁さんを連れて帰ってくるヤツはけっこう多い。かなりの美人が多いものの、なぜかそういう夫婦の子供は不細工であることがままある。これは血のなせる技ではないかと想像される。

 つまり、奥様は突然変異の美人、あるいは整形美人かなと。もしくは秋田の血とぜんぜん合わなくて、劣性遺伝なのかしらと。なんの遠慮もなく勝手に想像させていただいておりますが(^^ゞ

 しかしまだまだ田舎には美人もいらっしゃるのでお力落としのなきよう(って誰が気落ちすんの?)。
 おすすめは県南の横手市を中心とした平鹿郡内。こちらはいかにも女性らしいメンコイ系である。いわゆる吉永小百合系が好みの方はこの界隈が狙い目である。
 最近急浮上してきているのが県北の二ツ井町~鷹巣町周辺。ショートカットがよく似合うスポーティーな雰囲気の美人がけっこう潜んでいる。

 皆様、秋田美人を探すなら田舎ですぞ。かてて加えるならば、全国的に少しは名前が浸透してる秋田市川反のネオン街ですか(^^;
 すんごい美人がバリバリに着飾って秋田弁バリバリだったりするから嬉しい。でも、そういう店はやっぱ高いんだよね。中小企業のヒラ社員ではなかなかお目にかかれまへん。(99,09,30)

 以上、再録。

 オッサンになって目が肥えてるビヨさんは、秋田オリジナル系美人と、ヨソの血による美人が見分けつくようになってきました。歴史オタは地元の血統にもうるさかったりします。
 ところが当地に多いはずの近代白系ロシア美人になかなか出会わないのですね。スラブの血は秋田人と相性が悪いんでしょうか。

 また、弥生時代以前に関しては常に流動的な歴史解釈なので、書いた頃はそういう見方に私も迎合していた、ということでやんすね。

 美人薄命。綾ちゃんには幸せな人生を送ってほしいものです。っていうか、早く秋田さ帰って来!

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再録 樹を植えよう

 今年の当地の梅雨明けは、どうやら竿燈祭り初日あたりのようですね。8月頭です。竿燈祭り初日の開始直前まで豪雨で、祭りが始まったらピタリと雨が止まったことがありましたけど、あのパターンかなーと思っておりますですよ。

 さて、10年前の同じような時期に書いたものを再録しますよ。以下、再録。

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 暑いですねえ。日本海側北部はあまり梅雨らしい天気ではなく、ひたすら南風だけが湿気を含んで梅雨らしさを伝えているぐらいのもんです。

 ビヨーン太はバカ営業マンですので、営業車でフラフラと秋田県内を走り回ってますが、移動している間はエアコンでそこそこ快適であっても、一度エンジンを切るとたまんない暑さになります。
 営業車なんてものは熱線吸収ガラスは装備していないし、車内に鋼鈑がムキ出しになっている個所が多いから普通車よりもずっと暑いんですよ。
 だから気持ち的にはあんまりエンジンを切りたくないんだけども、周囲が静かだったりするとディーゼルのガラガラ音が気になるわけです。(2009年注・当時は営業車といえばディーゼルエンジンが当たり前でした)

 しかも昨今は『アイドリングストップ運動』とかいって、エンジンかけっぱなしにしていると肩身が狭いところがあるじゃないですか。営業車はディーゼルなんで排ガスの関係で世間的にもうるさいしね。
 無駄なエンジン回転を抑えようという姿勢はなんらおかしいものではないと思うけれど、車内でビンボ臭い昼飯を食っている時など、とてもエンジンを切る気にはなれまへん。せめて日陰が欲しいと思うわけであります。

 そこで提案。アイドリングストップ運動だけじゃなく、同時に道の駅とか駐車帯に樹も植えましょうよ。
 少しでも風が吹いていれば真夏でも木陰は涼しいもんだし、営業車やらトラッカーの弁当食うのにも日陰ができて助かるわけです。

 川に面した山々に広葉樹が植えられている効果と価値というものに僕らは最近気がつき、林業・漁業従事者を中心に広葉樹林の復活という作業が続けられてますね。とてもいいことだと思います。広葉樹は海も肥やすからねえ。
 同じく街や街道筋にも復活させましょうよ。二酸化炭素の減少に効果が期待できるメリット、雨などで土が掘り返されるのを緩和するメリット、冬場には葉が落ちて日当たりをよくする効果など、いいことは多いですぜ。なんといっても樹がある風景というのは心がなごむではないですか。

 でもあれか、雪国だと立ち木が除雪の邪魔になったりするのかな。田舎は邪魔だからって行政が簡単に大木を切り倒したりするからなあ。
 東京あたりじゃ道路が大木を避けて曲がってたりするんだけどもね、田舎のメンタリティはそのレベルにはまだ到達していないようです。(2009年注・現在も変わらず邪魔な大木は伐採して当然の感覚です)

 落ち葉がたまって邪魔だとか言われそうですね。でもね、そういう人は一度広葉樹林の中で野営していただきたいものです。強風を防ぎ、激しい雨も和らげてくれる樹はまことに頼もしく優しいものがあることを感じていただけるのではないでしょうか。枯葉の処理は失業対策にならんもんかな?

 「自分たちはおまえらの役に立ってるな」と思えば樹も元気づく。そういう学説が語られる昨今、広葉樹と共存していく知恵といったものが、エコロジーづいている今の日本には必要なんじゃないかなーと。
 しょせん、人間も広葉樹も自然の一部でしかないんだからねえ。クソ暑い営業車の中でそんなことをふと思ったりしました。(1999,7,14)

 以上、再録。半径2mのことしか目に入らない昨今の私とは違い、若い頃はいろいろ考えてたんだねえと、ひどく感心してしまいます(^^ゞ

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再録 大丈夫か、秋田

 再録モノばかり続いてすいません。実のところ、ちょっとテンションが下がってる日々でして、なにか前向きとか問題提起とか、そういう建設的なネタがないのですよ。
 え?調達したオモチャについて早く書けって?んー。とりあえずですね、撮りましたよという画像がなくちゃ話にならないかと思いまして。

 ちょっと使ってみたら、アレが必要だとか、いろいろまた無駄遣いしたくなるモノがあって、オモチャをブツ撮りしようにもKDXは手元になく、久しぶりに400万画素機パワショG3の出番か~?なんて感じで、基本的にヤル気がない中、ヤル気のほとんどをオモチャの試写に当てている状況です。手応えがないのは悲しいとこ(^^;

 というわけで今回も再録モノでお茶を濁させていただきます。99年に書いたローカルネタながら、大筋では現在も状況が変わっていないというのがガックリする部分です。
 なお、当時はアクセス数は今よりもずっと少なく、企業名やらなんやら好き放題に書いておりますため、一部伏字にする等、手を入れてあります。

 以下、再録。

 東京方面(年寄りは「カミの方」なんつうけど)では景気が底を打ったということらしいけれど、秋田は全然復活してねえぜ。あいかわらず中小企業の倒産が続いているぞ。

 聞いた話なのだが、なにやら最近『いなにわうどん』の紛い物が全国市場に流れているらしいじゃないの。従来のものの半値ぐらいで販売されているらしい。

 『いなにわうどん』とは秋田県雄勝郡稲川町特産のうどんで、独特の繊細な触感がウケ、首都圏を中心に認知度が上がりつつある商品だ。
 価格が下がれば消費者にとってはありがたいことかもしれんが、どうせニセモノだぞ、ニセモノ。本物とは食感が全然違う。
 どうも機械練りで作ってて、そのへんにあるただのうどんを乾燥させただけらしいんだな、これが。

 製造元を突き止めたらどうも群馬県産らしいじゃないのさ。やってくれるね、アホが。と思ってたら、なんと発注したのは秋田県大館市の業者だと。
 やってくれるよな。大館なんざあそこは秋田県でありながら秋田ではない土地だからね、まあわからんでもないや。
 弘前文化圏だから秋田の特産品を守るモラルなんてものはなくても不思議じゃねえよな。(2009年注・それを言うなら地元名物キリタンポをいつの間にか秋田県全体の食い物みてえにしてんじゃねえか、という突っ込みは地元の方からあってしかるべき。オッサンになってからそういう分別がつきました)

 大館近辺の業者って、けっこう市場を荒らして回るのが好きだからねー。被害を被ってる人たちはいなにわうどんに限らずいるんだよなー。
 にしてもなにを考えてるのか。目先の利益だけ追えばそれでいいのかい。不景気だからといってやっていいことと悪いことってのはあるだろう。そのへんを自戒する健全な精神ってのはもうないのかもなあ。

 ここで紛い物のいなにわうどんを広く販売することによって、今後10年、いなにわうどんに対して悪い評判が出回ることは想像に難くない。「なんだ、そのへんのうどんとたいして変わらねえじゃん」と。
 そしたら誰も真面目に買おうとしなくなるし、ブランドそのものの価値が目減りするわな、そりゃ。それなら本家の稲川町の業者が怒ればいいと思うんだけど、これがまたいかにも秋田らしくてふがいない有様なのだ。

 秋田は地元業者が育たない土地だと昔からいわれる。創意工夫は大変よろしいのだ。ただ、県外の業者からすぐに低いコストで真似される。だから地元業者が市場から駆逐されてしまう。
 ちょっと調子がいいとすぐに安心してしまうメンタリティ、怒ったり争うことを嫌う県民性。そんなものが現代でも秋田を支配している。

 スーパーマーケットひとつでも同じ。地元資本のスーパーなんざ○えたストアぐらいのもんじゃん。あとは○ャスコ系列と山形県資本のト一○ばっかり。
 ○カヤナギなんざバイヤー連中の腐敗がひどくてまともな商売はできなくなってるし、○マサはテナントからボリすぎで元気がなくなってる(2009年注・昨年倒産)。○ルダイはお客からボリすぎ。
 シロウトの俺だって、こういう秋田の状況を見ていれば「ああ、ちょっとまともなスーパーマーケットを進出させりゃ商売になるわ、こりゃ」って思うもん。

 みんなさ、怒ろうぜ、たまには。俺ら田舎モノにとって大事なモノって、やっぱ守っていかなきゃならんのではないかね。ロクな産業もないド田舎県なんだからさ。
 ニセモノのいなにわうどん。販売差し止めの訴訟まで提案してくれる人がいたのに、結局稲川町はダンマリ。稲川が原産だって知ってる人は少なくても、料理番組の定番として登場するほど商品名は都会でも通用しているのだよ。

 商品としてそれだけのブランドなのだということを少しは自覚してほしいもんだね。(1999,10,23)

 以上、再録。当たり前のことながら、大館市近辺に住まう方々を貶しているわけではありません。ただ、当時は一部の業界で市場を荒らす業者がたまたま大館に多かったというだけのことです。
 若かりし頃の偏見全開状態で書いた記事ゆえ、不愉快に思われた方は「あいつもオッサンになって少しは分別がついたか」とお許しいただきたく。

 当時はローソンのニセモノ騒ぎが起きるとは思いもよらず、歴史は繰り返すという現実を見た気がしたものです。

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再録 秋田美人の話

 一時は秋田美人が枯渇しつつあるのではないかと感じていた私ですが、どうしてどうして、まだまだいるもんだと最近は見直しています。

 というわけで以下再録。

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↑ 秋田市出身のレースクイーン。デビュー時のカット。

 ビヨーン太の個人的な見解であると最初にお断りしておく。男性にとって女性の外見的好みというのは千差万別だからねえ。

 秋田出身の女性歌手がTVに登場すると、番組司会者から「さすが秋田美人、お美しい」なんて間抜けな突っ込みがすかさず入ったりする。
 東京のTV局で全国地方局の女性局アナが集められたりすると、どんなに不細工でも秋田から来ると「秋田美人っていうやつですね」なんてつまんないコメントが必ず聞かれる。
 おいおい、そのアナウンサーは秋田のテレビ局に勤務してるけど関東の出身だぜ、と地元ではブラウン管に突っ込みを入れている多数の視聴者がいる。
 そういうのが秋田美人だと思われたら全国的に恥ずかしいべさ、と嘆く人も少なくない。

 実際に秋田は美人が多い。これはホントである。僕がそれを意識するようになったのは、東京で数年を過ごして帰郷した時である。
 こんなにめんこい娘が多いのにどうして俺は東京なんていう吹き溜まりに行っちまったのかなー、と嘆くことしきりであった。
 だって、秋田駅からしばらく歩くうちに何人の女性に対して振り返ってしまったか。ビヨーン太ってば、よほどのことがない限りは通りすぎた女性を振り返るなんてしないのにもかかわらず、である。

 もう股間がいうこと聞かなくて暴走しっぱなしよ、なんていうくらいに美人揃いという意味ではない。セクシーさでは都会の人間に明らかに負けるのではないかと思われる。
 そうだなー、表現的に例えるならば「学生の頃の集合写真じゃすごく地味で目立たなかったのに、よくよく本人を見ると美人なんだよね」という感じ。ご理解いただけるだろうか。

 秋田へ来るとオバサンや婆さんがきれいで驚く、と形容する他県人もいる。これは、結局のところ顔の基本的造作がバランスとれているからではないかと僕は思う。
 年寄りになっても根本的な顔の造作が整っていればやはり美人の痕跡は残る。ましてや年寄りといえども衣服や動きでそのバアさんの暮らしぶりや性格なんてものがなんとなくわかったりもする。そういう雰囲気も含めて美人だったんだろうなと思うことはあるぞ。

 秋田の場合、派手な顔立ちイコール美人というようなものではない。まあ地味なことは地味だ。磨けば光るといった感じか。
 しかも秋田県全域が美人の宝庫というわけでもない。一般的には武家屋敷と桜で有名な角館町周辺が生息域だというが、僕はその意見に賛成できない。美人と形容するにはあまりにも地味すぎるのである。

 個人的な分布図からいくと、北は秋田犬の本拠、大館市から二ツ井町~鷹巣町あたり。南は湯沢市から横手市、そして平鹿町などである。この両者に共通するのは「一本の川の流域である」なのだ。
 北は米代川、南は雄物川。とくに雄物川流域に昔から美人が多いのは川の水に理由があるのではないか、と古くからいわれている。かの小野小町も雄物川流域出身といわれる。

 美人と形容される理由のひとつ、肌が白いということに関し、秋田は冬が長く日照時間が短いから日に焼けないのだとする学説も過去にはあったが、そりゃ見当違いだ。
 秋田は東北でもダントツの年間日照時間の長さを誇る。おまけに雪が降ったりすると反射光で焼けまくる。室内にこもってない限り、肌が白くなる要素は日光に関してなんにもないのである。

 やはり水が怪しい。美人の多い地区には地元の造り酒屋が必ずあって、そこの奥様は必ず美人だというのも奇妙な因縁である。(1999,9,22)

 以上、再録。上記の文章に米代川と雄物川のふたつの河川流域にこだわった記述がありますが、今でもその感覚は変わりませんね。
 大館から二ツ井あたりにかけての米代川流域にはボーイッシュなカッチョいい系が多いと思いますし、湯沢から横手にかけての雄物川流域にはめんこいアイドル系が多いように思えます。
 は?じゃあなんで前の女房は男鹿半島からもらったかってか?それを説明し出すと(以下略)

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