ミリオタのたわごと
なかなか体調が戻らず、今週末の除雪活動は断念。いつもの年ならば沿岸部に倍する積雪の農村ながら、なぜか今年は秋田市のほうが雪は多いようで。サボらせてもらうことにしました。
で、暇ができちゃいまして、なにか普段書かないようなことを気合入れて書いちゃろうかと始めたら、もーひたすらダラダラと長い文章になってしまい、ボツ。
いや、大和は無駄な建造ではなかった、という話をね。
戦史モノでは「航空主兵に切り替わりつつあった世の中に無駄だった」とか「あのフネを作る鋼材と労力で、どんだけの航空機と戦車を製造できたのか」なんて書かれてるじゃないですか。
はたしてそうなのかなぁと。山本五十六礼賛みたいな映画が作られたりして、天邪鬼の私などは「山本が無様な負け戦に仕向けた張本人だろ」なんて思うわけです。
長くなるので手短に書けば、日本海軍が代々温めてきた戦略は、マリアナ沖から小笠原東方洋上における迎撃作戦なのですよ。数で勝てない連合艦隊がわざわざ敵の根拠地へ出向くような発想はなかったんです。
それをひっくり返した張本人が山本五十六なわけで、航空機生産合戦になったら絶対に勝てっこない米国を相手に航空戦を始めるなどと、在米武官をやったことのある人間がなにをやっちょるのかと言いたいとこです。
生産力も資源も劣る小国としては、量より質で対抗するしかなく、その点で大和を建造した発想そのものは間違っちゃいないと思うんです。むしろ使い方に問題があったと。
史実では、大和と同型艦の武蔵はほとんど前線へ出ず、連合艦隊旗艦としてその持つ近代設備をホテル代わりにされて停泊していたも同然なんですな。温存していたというのではなく、豪華なホテル。
どうせ生産力で米国には大きな差がつけられてますから、いずれは物量に圧倒されるかもしれないにせよ、持てる兵力をフルに使っちゃいなかったのが日本海軍なのですよ。
米国にフネの数では劣ってるから常に無傷で退避することばかり考えてる指揮官が多く、戦闘は逃げ腰で一過性。あと一歩踏み込めばもっと大きな戦果を望めそうなのに、つい逃げてしまうのは、フネを大事にしなければいけない意識でしょうなぁ。
その代償として消耗品扱いの航空機や小型艦艇が酷使されましたが、そういった「消耗品」こそ大量生産が得意な米国の独壇場。
詰まるところ、どう考えたって米国にケンカを売るのが間違ってるという話に落ち着いちゃいますが、自国海軍の長所を引き出して戦ったとするなら、やはり迎撃作戦中心でいくべきだったんではないですかねえ・・・。
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