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健在です

 先ほど「ほぼ徹夜状態」から帰還し。なんのエントリーもないのも皆様にご心配をおかけするかと思い、寝不足ながら更新いたします。

○ 地震発生時は、なにしろ余震の段階で「目眩か?不摂生生活の罰が当たったか?」でしたので、ユサユサと本格的に揺れ始めるまでは「また目眩か?(以下略)」という状態でした。

○ たまたま構内の巡視から戻ったところで、分析作業を続けようとしたらユサユサ揺れ始め、同僚が屋外避難を促したため脱出。国旗掲揚ポールや並木、駐車しているクルマなどがグラグラと揺れ、空からは真冬並みの降雪が。んで雷鳴が。

○ 揺れが収まってきたので屋内に戻ると、自家発電機が稼動している音が聞こえてきます。特殊な公共施設なので、非常時には巨大な自家発電機が自動的に稼動する仕掛けになっています。ということは、停電を感知したということで。特別高圧電力を引き込んでおりますので、特高電力が逝った証拠。

○ いきなり振れ幅が大きな横揺れから始まったことで、大きなS波が来たと判断。ということは遠隔地でかなり大きな地震があったということですな。携帯電話からTwitterに接続したところ、震源情報などをゲット。

○ 分析作業が途中だったことを思い出し、通常業務を継続。PCからのネット回線が繋がらないため、同僚のワンセグ携帯にて情報収集。私は携帯電話からTwitterに接続して情報収集。この時点で県内全域が停電していることが判明。自家発電機のおかげで電力と空調に困らない立場に感謝。

○ インフラ維持が業務内容の勤め先であるため、震災時対応は当然。現場系の部署ではなく、分析作業を継続しつつ待機。そのまま存在が忘れられていたようで、日付が変わる頃に帰宅指令を受令。

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○ 完全停電により、まるでゴーストタウンのように真っ暗な市街地。信号機も大きな交差点以外は消灯したまま。大地震後なのでクルマはほとんど走っていませんでしたが、中には暗黒の環境を楽しんでいるかのような、ちょっと怪しげな挙動のクルマも。要所には県警のパトカーがパトライトを回して停車しておりましたので、心強く感じました。普段ならパトライトを見れば逃げるくせにw

○ アパートにクルマを停めてドアを閉めたら、ほぼ漆黒の闇の中。防寒着のポケットの中に、仕事で使っているLEDライトがあってラッキー。ドアの鍵すら手触りではよくわからないくらいの漆黒の闇。

○ 全面停電で、もちろん室内は真っ暗。暖房もまったく使えない状態ながら、翌日の出社に備えて寝る必要があったため、冬季野営用の羽毛シュラフを引っ張り出しました。できればアルコールも欲しかったのですが、タイミング的に酒の在庫が少なく、飲み残しのワインを飲んで身体の中から暖めることを試みて。

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○ なんでこんな画像を直前に撮っていたのだろうというソニーのICF-SW22ツーリスト。ええ、ネタにしようと考えて撮ったはずが、地震の精神的衝撃で忘れてしまいました。こいつをNHK第一にチューニングして震災情報を聞いていると、疲れているはずなのに眠れなく。こういった場合は読みかけの本を読んだりしたほうが精神安定には効果的だと学習。秋田沖が震源の緊急地震速報が流れた時に、一気に目が覚めw

○ 室温5℃のままウトウトしているうちに、余震で2度ほど目が覚めてしまい。真っ暗でなければ眠れないはずの私が、常夜灯としてジェントスのランタンを使用していたところを見ると、やはり心理的にプレッシャーがあったようで。

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○ 震災翌日。前夜、東北電力の宣伝車が、夜半までの復旧を告げて回っていたという情報を得ていたため、朝になったら復電していると期待していたのに、朝になっても停電のまま。朝のシャワーも当然無理。便所だけは水道が生きているのでオッケー。

○ 部屋にある非常食やカップラの類、またジェットボイルやヘッドランプ、SW22ラジオなどを取り急ぎまとめ出勤。万が一にも職場の自家発電機が燃料枯渇した場合を考えてのこと。秋田市内に限れば、水道管破断がない限りは停電していても4日間給水されると知っていたため、自家発電機停止による停電に備えて。

○ 現場に弱いとされる部署ながら、せっかく休日出社していてアテにされないのも腹立たしく、部署全員(若親方と相棒と私)で対策本部へ詰めました。市街地は停電していても電力が確保されている職場なので、本社から応援の炊き出し部隊が増援され、電気炊飯器複数体勢で炊き出し開始。ごはんと筋子と味噌汁だけの食事のおいしいことったら。

○ 想定外の長時間に渡る停電に、出先の自家発電機の燃料枯渇が心配され、職場の地下重油タンクや、当面は使用の必要がない大型除雪車のディーゼルエンジンから軽油の抜き取りを開始。役所の入札制度によって、出先ごとに設置されている発電機の形式が違い、燃料が統一されていない恨めしさ。県の力でも燃料確保は難しい状況が判明。医療系の自家発電機燃料を優先しているためでした。

○ 社用車や小型発電機の燃料が枯渇し始め、燃料調達部隊が出動するも、どのガソリンスタンドも数量制限を実施。より多くの客の要望に応えるためにはやむをえない対応と頭で理解しつつ、こっちはライフライン確保が仕事なのだがとジレンマ。

○ 午後になっても大きな動きはなく、前日から出先に詰めているスタッフの疲労の色が濃く。対策本部のスタッフも完全徹夜状態。やがて一部の電力復旧が確認され、早期の全面復旧が期待されるも、なぜかピタリと止まってしまった復旧範囲。

○ 前夜から現場へ詰めていたスタッフを一時帰宅させざるをえないため、交代人員を現場に派遣。夜に入り、緊急出動スタッフがとうとう私だけに。使えない人材が最後に残りw 炊き出し部隊が残していったカレーライスをゴチwww この頃やっと老母の安否を確認。

○ 現場から所持金の枯渇や移動車の燃料枯渇が相次いで対策本部に。やがて異物を噛み込んだらしいポンプが発見され、夜中なのに引き上げ点検の必要が発生。現場は一番ヤバそうな拠点の近くだったため、私が急行することに。マンホール突入準備を搭載して出撃。寝袋やラジオを持ち忘れたままの出動w

○ 田んぼの真ん中のポンプ場にて、夜中のポンプ引き上げ作業開始。一番仕事をしていない気がした私が率先してマンホール突入係に。ポンプの吸い込み口に大きな繊維系異物が完全にフタをしており。分解して異物を除去して元に戻しました。

○ 出先の拠点に入った頃には、震災2日目に日付が変わっておりました。そのまま緊急待機状態が続き、2時間半仮眠しては1時間半かけて付近をクルマで巡視の繰り返し。前日から現場へ詰めていた同僚の所持品を目撃。面倒だったのか炊飯器を丸ごと持ち込みw

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○ 朝9時近くになって対策本部から撤収指令が入電。職場へ戻り、夜中の作業の後始末をして帰宅しようとするも、自宅の灯油在庫が枯渇しかかっていることを思い出しました。せっかく停電が復旧していても灯油がなければ暖房はできず。自分のクルマに空のポリタンクを積んでいたため、工業団地内の小さなガソリンスタンドで灯油を確保。燃料争奪戦の盲点ともいえるガソリンスタンド。

○ すぐにも眠りたいほど疲れていても、緊急事態に神経が高ぶっていたため眠れる自信がなく、開いているコンビニを探して酒を購入。帰宅して昼酒開始。←イマココ

 晩酌程度には飲みましたが、やはり眠れません。身体が完全に緊急事態モードのまんま。
 インフラが復旧して日常生活に戻りつつある秋田県内では、早くも太平洋岸沿いの震災地へ支援しようという動きがあり、それに水を挿すつもりはありませんけれど、ライフライン維持を仕事にしている立場から一言。

 「もう一度同じ規模の地震が起きて、また同じ目に遭ってもしのげるだけの準備をしてから、他者の心配をせよ」

 一週間以内にまたM9.0が発生する。もしくはまだ本震が起きておらず余震の段階なのだという想定で、私らは準備しています。
 同じことが起きたら、前回以上の対応速度を目的にするのは、ライフライン維持という責任のある企業として当然の指針です。よって、「これで今回の震災はピークを過ぎた」と考えたがる市民のみなさんとは、スタンスが全然違うのですよ。

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コメント

山形もかなり揺れました。やばかったです。
すでにデンキが復旧、それに伴い水も使え
ます。東北の中では、山形は被害が少な
かったと思います。
 秋田のいとこは無事だったのですが、
ビヨさんもご無事で良かった。

私はこんな感じでした。まず、揺れがあった
直後、屋外へ即座に退避し、その後、揺れが
収まったら一度中へ。リスクは承知。
必要があったのです。死んでたかも
しれないけど覚悟はしてました。

この非常時に「揺れてる」屋内で
通常勤務時の書類のことを言っている職場
のじいさまとおばちゃんを拳で殴りそうに
なりましたが、それよりも人命優先。
施設内に残っていたお客さん(なぜか
余裕な感じ)を「ゲキ」をとばして逃がし、
退避指令が聞こえてないと思って伝えに
行った2階で、なぜか大丈夫だと思って
余裕だった(逃げるそぶりなし)同僚及び
その上司を「さっさと逃げろ」と部屋
から叩き出したまでは、まだよかった。

会社の本部さんから見当外れの電話が
何度もかかってきて、危機管理能力の
なさが露見しました。
今度の災害訓練の時にタダではすまし
ません。すんごいプログラムを組んで
やりますぜ。

 長文ですみませんでした。

投稿: hk | 2011年3月13日 (日) 13:57

自分のできることをやるしかない。それが緊急時ですよね。
ライフライン維持管理が仕事の会社に勤めてますと、
対策本部の指示に従って動き、それに集中してりゃ
いいだけなので、気持ち的には楽だったりするんですよね。
太平洋岸で同じ仕事に従事している方々の苦労を考え、
絶句してしまう私がいますよ。

投稿: ビヨ | 2011年3月13日 (日) 22:55

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