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震災雑感

 長い眠りから起きますた。こうして帰宅して眠れるだけでも、楽をさせてもらってると感じます。
 岩手県や宮城県でインフラ復旧に取り組んでいる方々は、家族の安否を確認できないまま業務に従事されている人も少なくないであろうと推測。当地は被害が少なかったからこれで済んでいるだけだと痛感しておりますよ。

 さて。今回は長い停電を伴う震災でして、電気以外のライフラインの被害が少なかった当地であっても、電力供給が絶えるとひどいことになるのだと実感しました。
 私の仕事方面でいえば、発電機の存在から、燃料は電力に置き換えられるという状況。つまり燃料の調達や確保が、長引く停電でライフラインの維持確保業務には欠かせなくなってくるんですな。

 また、一般家庭においては、冬季における暖房のほとんどが温風ファンヒーターで、電力がないと使えない仕様。かつて全盛だった反射式ストーブを今でも保有している家庭は少数派です。

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 その一方で、キャンプ用の七輪などを保有している家庭はまだ多かったようで、屋内で練炭を焚いて一酸化炭素中毒というケースが少なくなかったらしく、繰り返しローカルで警告が発せられておりました。
 阪神大震災の時もやはり冬季でしたね。あの時に「同じ規模の地震が北国で起きたら、寒さからシャレにならんな」と感じたことを思い出します。

 このところジワジワと復権していた薪ストーブを装備している家庭では、とりあえず暖房に関しては無問題でしたでしょうね。アナログ生活はこんな時に強いっす。

 私はアパート暮らしですので、室内で七輪という発想は根本からなく、冬季の長時間停電への対応は、冬季キャンプ用装備でしのごうというスタンスでした。ナンガの羽毛シュラフですね。

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 震災当夜に日付が変わってから帰宅後、当然に室温は一ケタ台。部屋着に着替えてシュラフに入り、その上から普段使ってる掛け布団を。
 暖まるまでには時間がかかりますが、自分の体温でやがてはヌクヌクしてきます。余震さえなければ翌朝まで爆睡できたことでしょう。朝には軽く汗ばんでましたから。
 このへんの発想は、以前にホムセン安物シュラフを二重にして使う試みからです。

 停電下での情報収集に威力を発揮するのがTwitterだというのは意外でした。携帯電話からの通信は困難になっている東北地区でしたが、なぜかTwitterだけはサクサク繋がっていて。
 もちろん、職場の自家発電機のおかげで携帯電話の充電が常に確保できている前提ではありましたが、Twitterの安定感は際立っていたと感じます。

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 私が使う携帯電話はバッテリーがかなり持ちますので、これがスマートフォンだったらすぐバッテリーがなくなっていたかもしれないと思います。スマフォ使いのアクティブユーザーさんは沈黙してましたからね。今回の震災では。
 また、携帯電話のワンセグでの情報収集も威力を発揮したものの、たいていの携帯ガジェットはワンセグ利用時にかなりバッテリーを消費しますからなぁ。これも自家発電機があったおかげかと。

 そうなってくると、やはり古来から震災時の必須アイテムとされてきた小型ラジオですね。こいつが威力を発揮します。乾電池で使えて、しかも長時間の使用可。
 私はエネループを常備し、単3タイプを自分の周囲で使い回していますんで、常に充電完了のエネループがあるわけです。エネループは放置していても放電が少なく、乾電池よりもは低温に強い頼りになる電源ですからなぁ。

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 ただし、我がSW22に限らず、携帯可能のラジオは、意外にも鉄筋の建物内では弱いんですな。放送局からの電波をゲットしづらくなります。
 ペラペラのテントの中ならともかく、避難所などでは窓際に位置するとか、そういった工夫が必要かもしれませんな。

 火器についてもキャンプ用品は活躍します。幸い、今回の震災で、当地では大規模な断水がありませんでしたので、上水道と下水道は生きていました。
 上水道については、秋田市内に限って平時4日分の水量を自然流下で供給する仕掛けがあることを仕事柄熟知していたので、あまり心配していませんでしたよ。
 仮に上水道が破断しても、水洗便所のタンクの水も上水ですから、私一人が最低限の生命維持をするには十分な量が常にあるわけですよ。

 で、お湯が必要になっても、水はあるし、違法まがいのカセットコンロ→キャンプ用品ガス缶充填のため、常にカセットコンロ用ガスが我が家に在庫されてますんで。最悪、カセットガスを直接キャンプ用バーナーに接続できるようになってますし。
 一人暮らしの必須であるカップラなどの在庫も豊富ですんで、最低限お湯が確保できれば、それなりにしのげるんですね。

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 最長で4日間耐えれば、現代日本では必ず救助の手が差し伸べられるといいます。田舎一人暮らしの常で、食品関係は保存が効くものを選びがち。こういった際にも有利。
 でもねー、これも自宅の建屋が生きている前提でして、アパートが全壊してたら備蓄食品もキャンプ道具も使えません。なにしろ平日の日中の震災でしたから、たいていの勤め人は自宅にいませんからね。

 そうなれば、もはや自分のクルマの暖房で寒さをしのぎ、カーラジオで情報収集するしかなくなっちゃいます。
 幸い、クルマには安物のシュラフを常に積んでます(夜勤があった頃の習慣)ので、真冬でもクルマのエンジンを切って就寝することは可能。
 たまたま公共ライフライン施設に勤務していましたから電力と建屋が確保されていただけで、その施設すら全壊ということになっていたら、まず困るのは食料の確保であったかと思いますよ。

 でも自分のクルマに食料まで備蓄してるってのも、普段の生活を考えれば明らかに「やりすぎ感」ですがな。
 最悪のケースを想定したら、それくらいやるべきかもしれませんし、かといってモロに海沿いに位置する我が職場は津波が真っ先に突撃して来る環境でもあって、クルマが海に持って行かれたらそれっきりですしねえ。
 そうなると、やはり自治体などに頼るしかなくなるんだろうなと、終局的にはそこへ行き着くわけですよ。

 たかが長時間の停電だけで、冬場の生活にかなりのダメージがあったのだろうと思われる当地での雑感でした。

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