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まさか扶桑が1/350なんて

 今回は100%ミリオタな話題なので、そっち方面が苦手な方はスルー推奨。

 かねてから「戦艦では扶桑or山城の無理矢理なフォルムが魅力的」と主張している私は、どうせ扶桑も山城もまともなキットなんざ世の中にないんだよなぁと、ここ30年ほど諦めておりました。

 模型の世界とはいえ、商売には変わりがありませんから、そりゃ人気が出そうなフネをメーカーさんは選びますな。例えば戦艦大和。あるいは武蔵。もしくは大東亜戦争でもっとも活躍した金剛。
 ほとんど実戦に参加せず、まともに参加したのが扶桑と山城が最後を迎える捷一号作戦だっつーんだから、戦いへの貢献度では大変に低く、ダメなフネの烙印を後世から押されてしまっても仕方ありますまい。

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 画像の手前が戦艦山城。その奥が扶桑。そして榛名。榛名は金剛型の3番艦でして、扶桑と山城が同型艦となります。

 ただし主砲の配置に試行錯誤があって、3番砲塔の配置が扶桑と山城では逆になっています。扶桑が前向き。山城が後向き。
 ですんで、艦橋の基部が扶桑はくびれていて、山城は直線的になっています。これは主砲の旋回を確保するための違いなのでした。

 なんで扶桑と山城が活躍できなかったのかというオタク的解説になります。

 この2艦が建造された当時、フネの中心線上に単一口径の主砲を配置するやり方が常識になった頃でして、主砲口径は36センチが巨砲扱いでした。
 よって、他国では36cmの2連装砲塔4基8門で満足していたところを、6基12門搭載で勝負しちゃろうという発想が扶桑と山城のコンセプトになっています。

 ですが、いくら軍艦とはいえ、砲塔だけ配置しときゃ済むものではありませんな。なにしろフネですから、エンジンがなくちゃ進めません。機関搭載のスペースが必要であり、主砲6基分の弾薬庫を配置しちゃうと、ものすげーヒョロ長いフネになっちまうわけです。
 しかも防御というものも考慮せねばなりませんので、ヒョロ長いフネは防御区画も長大になってしまい、それなりに重量が嵩みます。
 重量が嵩んでしまうと速度が落ちるのは必然で、出力の大きな罐を使ったり罐の数を増やさねばなりません。するってえとまたフネが大きくなってくという悪循環。
 ようはバランスをいかに設定するかというところで設計者たる造船官の腕の見せ所となるわけです。

 で、扶桑と山城は攻撃力に主眼が置かれ、建造された当時は世界で一番大きな戦艦であり、最強最速の戦艦でした。
 ほんの何年か前まで国内で主力艦を建造することなど思いもよらなかった後進国日本の栄光でもあったわけですよ。

 ところがですね、欲張った設計のツケっつーもんがありまして。

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 3番砲塔と4番砲塔が離れていて、また離れて5番6番砲塔が配置されてますな。つまりそれぞれの主砲の火薬庫が離れているおかげで、艦内の区画がブツ切りになっていて、防御上、無駄な重量が必要な設計だったのですね。
 しかも機関を3番4番砲塔間と4番5番砲塔間に分散して搭載せねばならず、機関配置上でもその後の技術の進化について行きづらいレイアウトだったのでした。

 かてて加えて運が悪いっつーか、時代の必然というか。扶桑が竣工したのは1915年ですけど、翌年に第一次大戦真っ只中の欧州で、英独の大海戦が発生します。ユトランド海戦ってやつでして。

 日露戦争における日本海海戦以来の戦艦同士による主砲の叩き合いは、大きくなった主砲口径と飛躍的に伸びた射程距離によって、遠距離からの撃ち合いになりました。
 遠距離から飛んでくる砲弾というのは角度がついて上から落ちてくるもんですが、当時の軍艦というのは上から落ちてくる砲弾については考慮外の設計。まだ航空機が戦力として微力の時代ですんで爆弾が落ちてくる前提もなし。つまり無防備に近かったんです。

 ユトランド沖海戦で、主力艦というものは水平に飛んでくる弾丸だけではなく垂直に近い角度で落ちてくる弾も考慮しなければならない、という戦訓を得た各国海軍ではあったものの、扶桑と山城はそんな思想の前にできちゃったフネです。
 それよりも古い金剛級は速度優先コンセプトの高速戦艦でしたからまだ救いがありましたけど、古い設計思想で建造され、しかも改装の余地が少ないレイアウトの扶桑と山城は、その後の発展が制限されてしまったわけです。

 落下弾に対する防御を強化しようとして装甲を厚くしちゃえば、当然にフネは重くなります。重くなれば速度は落ち、鈍重な行動しかできなくなります。
 それでは進歩した高出力の罐に積み替えればいいだろうという話になるのですけど、罐の配置が制限されちゃってますから、根本的な機関のブランニューも難しい。
 よって、扶桑と山城は中途半端な改装を重ねるしかなく、大東亜戦争の頃には練習用の戦艦扱いにまで格落ちという体たらくだったのですよ。

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 そんなマイナーな扶桑が1/350で模型化されるなんてなぁ。ありえへんと思ってましたが、どうやら欧州では人気があるとのこと。ヤツらのセンスもなかなかやりよる。
 ただ、ちいっと艦橋周囲の視覚的重みが足りず、ヒョロヒョロと長い艦橋になっちまってる気がしましてね。もうちょっと骨太でも良かったのではないかと。

 模型というのは現物の寸法通りに縮小したら済むものではありません。たいていイメージを壊してしまうものです。
 そのへんがメーカーさんのセンスというやつで、特徴をデフォルメしたり強調したりしつつ、いかにホンモノらしく見せるかというものなのですよ。
 そのへんは日本ナンバー1の模型メーカーであるタミヤが上手ですね。かつ、作りやすさも考慮したパーツ分けになってたりして。作りやすくて見栄えもいいとなれば、そりゃ売れますよ。

 寒くなってくると模型を作りたくなる私が注目してみた、扶桑の模型化という話題でした。

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