ひたすらぶっ飛ぶ、について
「なんでいまさらそんなことに俺が巻き込まれなきゃならんのだ」というような理不尽な事態を、会社宴会の二次会で教えられますた。道理で、異常によそよそしい同僚がいると思ったら。初めて二次会に行ったらこれかよorz
メンタル面で凹んでるところへ、追い討ちをかけられた状態の私ですが、それでも更新しちゃいます(`・ω・´)
とはいえ、頭の中が混沌としておりますゆえ、まともなネタなんか書けるわけがありません。サラリと流させていただきますことよ。
以前に、人工衛星ボイジャー1号2号が、秒速15-17kmで太陽系外へぶっ飛んでいってる話を旧ほんたわへ書いたことがありますね。
また、ボイジャーの前には、パイオニア10号が木星探査の後にそのままアルデバランへ向けてぶっ飛んでます。2006年には電源がドロップして通信不能になってますから、実に孤独な人工衛星です。
未知なる文明圏へ向けて地球のメッセージを積んだまま飛行を続けている孤独な人工衛星。
なにもない宇宙空間をひたすらぶっ飛んでる姿を想像しているうちに、なぜだか涙ぐんでしまうのは、ジジイになったからというわけではなく、子供の頃から変わりません。
会えるかどうかわからない異文明に向け、地球からのメッセージを積んでひたすら飛行しているだけなのですよ。その姿が、なんだかいじらしくてねえ・・・・。
私にとって野営が能動的な気分転換だとするなら、宇宙について思いを馳せる行為は、受動的な気分転換ですねえ。
昔は天文年鑑。今はNASAやナショナル・ジオグラフィックのサイトにアクセスする手が使えます。そういった情報を脳内で展開して、宇宙への思いをたぎらせるわけですよ。
火星の風景を6×12風のフォーマットで撮られたカットを眺めていて、まるで男鹿の寒風山みたいじゃんかよ、なんて思ったりして。
寒風山は火山活動で生成された山だけども、その後の侵食やらなんやらで、すっかり丸っこい姿になってます。
火星の山だって、真空というわけではなく風が吹いたりしてるらしいので、風化作用はあるのだろうなぁ、なんて想像したりしてね。
ハッブル宇宙望遠鏡で撮影された絵も、中年世代にとっては、かつて学生時代に学んだ宇宙と天体の知識を大きく越えた内容で、いちいち興奮したりします。
地球上の大気という邪魔な空気の層がないだけで、こんなにもいろんなもんが観察できんのかよ!という、宇宙望遠鏡を通した絵の鮮明さに対する素直な驚きと、それでも宇宙ってのはあまりに偉大すぎるというタメ息にも似た脱帽感がね、くだらぬ日常を忘れさせてくれたりするのですね。
ようは、脳内増幅で勝手に興奮してるだけなのですけれど、かつてのアポロ計画に参加した宇宙飛行士や、スペースシャトルの搭乗員は、宇宙空間から帰ってくるとなにやら宗教家のように達観しちゃってる感じの人がたまにいますね。
きっと彼らは脳内増幅ではなく自分の目で見てきてしまってるんで、もう率直にガツンと自分の小ささを味わってしまってるんでないですか。
目の前の巨大な地球は、宇宙空間から見たらちっぽけな点でしかなく、地上にへばりついてコミコミ暮らしてる人類の小ささや、逆に地球が奇跡の生い立ちで生命を蓄えた星であることも実感するのかもしれません。
「自分は生かさせていただいている」という感覚は、欧米なら神という絶対存在があっての話でしょうけれど、目の前に巨大な地球を見ちゃうと、もうナマの感覚ですから、母なる星に守られて地球上の生命体は育まれてきたとか、そういう視点を素直に受け入れられる心境になっちゃうのかもですよ。
パイオニア10号が、目標であるアルデバラン(赤くて大きな星=赤色矮星の代表格だから、知ってる人は知ってる)付近へ到達するのは、計算によると200万年後だそうですよ。それまでひたすらぶっ飛んでくわけです。
地球外生命体に回収してもらえるかも。そんな夢を搭載し、太陽系外へ孤独に飛行を続ける人工衛星。やっぱ泣ける。
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コメント
泣けますね。
宇宙についての特集なんかをテレビで見てると、
とてつもなく大きな宇宙の流れの、
ほんの一瞬を生きているに過ぎない今に気付きます。
そうすると、日常の悲喜こもごもが、
実に小さな小さな出来事だと思えてきます。
そうすると、思考がシンプルになり、
自分は何をしたいのか、どこへ行こうか、なんて
限られた人生をなるべく素直に愉快に生きていこうという気になってきます。
色々と悩みを抱える大人、子どもにこそ、
天文学、宇宙について知ることは、救いになるのかも
しれませんね。
投稿: こんどう | 2010年4月25日 (日) 03:26
おのれの存在の小ささと、日常がすべて些細なものでしかないと
気がつかせてくれる気がしてます。宇宙の存在とは。
まったくおっしゃる通りです。余計なもんが削ぎ落とされて、
自分というものが見えてくるとでもいいますか。
やりたいことをやって、たくさんのものを見て、できれば
たくさん感動できて。そんな人生を送らねばなりませんな。
投稿: ビヨ | 2010年4月25日 (日) 07:34