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またまた補足(^^ゞ

 「日本唯一のインターセプター」などと鐘馗を表現すると、海軍に雷電があるではないかと、必ず海軍ファンから突っ込まれますな。
 つまづきが多くてモノになる時期が遅すぎた雷電を、インターセプターとして認めていいものかどうか迷うところですが、間違いなく開発コンセプトはインターセプターでありましたね。

Mitsubishi_j2m

 Wikipediaからかっぱらってきた画像です。太っちょなフォルムが個性の海軍局地戦闘機である雷電っす。局地戦闘機ってのは日本海軍独特の表現で、ようは地域防空専従の迎撃機を意味します。
 海軍機は洋上作戦が基本であり、航空母艦上で運用される艦上戦闘機が主流で、それと区別するべく陸上の迎撃機に局地戦闘機というカテゴリーを与えたんですな。

 雷電の開発スタートは昭和14年。前年に陸軍が鐘馗の開発を開始してますから、今よりのんびりしていた当時の時間の流れからしたら遅くありません。
 きっかけは、日中戦争で時折飛来する中国軍の爆撃機対策でした。中国はソ連製爆撃機をいくつか保有していて、忘れた頃に日本軍の飛行場を高高度爆撃しに飛来したのでしたが、たまたまラッキーヒットで日本海軍飛行場の司令所を爆弾で吹き飛ばしたことがあるんですね。
 そこにいた将官は死傷し、塚原二四三が片腕になっちまったのは、わりと有名なエピソードであります。当時配備されていた96式艦戦では発進しても間に合わなかったのですよ。零戦に迎撃機として20mm機関砲の搭載を求めたのも、こういった爆撃機に手を焼いた体験からかと思われます。

 さて雷電ですが、海軍戦闘機御用達と目されていた三菱に発注されたものの、当時の三菱は堀越二郎のチームしか戦闘機開発チームがなく、堀越のチームは零戦開発とその手直しで精一杯。とても雷電まで手が回りません。
 そうこうしているうちに雷電の開発は後手に回り、スタッフの病欠なども加わってスケジュールが遅延していきます。

Raiden

 鐘馗と同じく、雷電も大馬力エンジンによる上昇力を求めたコンセプトですが、鐘馗の頭でっかちフォルムと違い、全体を紡錘形にまとめています。カツオブシのような形ですね。当時はこういったフォルムが空気抵抗を減少させるという理論が出始めた頃で、それを採用したわけです。

 けれど大馬力エンジンが爆撃機用の大口径空冷エンジン(でっかいので空気抵抗が大きく戦闘機には不利)しかないのは陸軍の鐘馗と同じで、先を細くしたカウリングのためにブロペラ伝動軸を延長したんです。
 この延長軸がプロペラ全体の振動を招き、空気抵抗に留意しすぎて採用したフォルムが仇になり、挙句に搭載されたエンジンがなかなかパワーを発揮できないという不運が加わり、一向に雷電は戦力化されないままでした。

 昭和14年に試作が始まったのに、細かい不具合を克服できないまま18年9月まで量産化に着手できないという体たらく。
 もうとっくに対米戦が始まっていて、米軍の重爆撃機の強力な防御をすでに体験していたというのに、期待の局地戦闘機はまったく貢献できないままでした。
 雷電の開発遅延にイラついた海軍が、当時は水上機専門メーカーと思われていた川西の自主開発戦闘機提案に乗ったのも自然なことで、そこから紫電→紫電改という流れが生まれるのは、また別な話。

 本格的に雷電が活動するのは昭和19年後半以降となり、モロにB-29迎撃戦の時期にブチ当たります。
 雷電の特徴として、20mm機関砲を4門搭載していたことがあげられます。20mm以上の口径の機関砲弾には炸薬と信管が内蔵されていて、期待に命中した際にはかなり大きな穴を開けます。
 12.7mm以下の機関銃は、弾丸は金属の塊のままなので、当たれば穴が開くとはいうものの、目標に与えるダメージは20mm以上の弾よりも小さいのが常でした。

 陸軍では12.7mmにも炸薬内蔵弾を採用していましたが、航空機用機関銃の開発で劣っていた日本は機関銃側への負担を考えて軽量弾を採用しており、軽い弾なもんだからすぐ地球の重力に負けて落ちてくヘロヘロ弾。炸薬内蔵弾はあまり活躍できなかったようです。

 開発が遅延した雷電は、同時期に川西で開発された紫電改と比較して劣る存在と見られるようになりました。
 紫電改は誉エンジンの不調があるものの、エンジンさえまともなら零戦をしのぐ能力を発揮し、万能戦闘機として期待してもいいくらいの出来でした。迎撃機専従の雷電は弱い立場になってしまったのでした。
 ただし雷電は紡錘形の太い胴体を使っていましたんで、ターボチャージャーを追加するなどの後付け改良に有利な容積の余裕があるとして、製造は終戦まで続けられました。

 一時は零戦をやめて雷電を海軍主力戦闘機にしようというオッチョコチョイな方針を立てた海軍ながら、結局は改良の余裕のない零戦をチビチビと改造しながら使い続け、次期主力戦闘機たる烈風の開発に失敗し、横合いから登場してきた紫電改に頼ろうとしても、搭載してる誉エンジンがハズレといった状況。
 結局のところ、海軍は零戦初期型以降にモノにした戦闘機を得られないままだったのですよ。それは海軍当事者のワガママや余計な口出しに起因するものであったし、戦闘機チームがひとつしかない三菱に頼った見通しの甘さでした。

Raiden_h

 ただし雷電のフォルムは、ズングリと太い日本機らしくない形の中に、やはり日本機らしい細かいラインが散見され、好きな機体として雷電を支持する航空機ファンが少なくないのは理解できます。
 当初のコンセプトは明確であったはずの雷電。ああでもねえこうでもねえと余計な口出しをするユーザーがいなきゃ、もっと早く実用化できた可能性があるだけに、惜しい機体だったのかもしれません。

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