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内輪の都合について

 八ツ場ダム問題なんだけど。あれさー、途中で建設凍結して意味あるんだろーか。集落はとっくに移転を開始しており、周辺の鉄道路線や国道の付け替え工事が進んでる現状で、途中でやめました、では済まないように思えるのですが。

 まず最初にダム建設ありき、でスタートする国の計画は、不純な欲望が数限りなく渦巻いていることを想像させてくれる杜撰さで始まるのが常なのですが、計画は途中で止められるとはいうものの、ガンガン自然を改変しただけならず、周辺住民の生活を根底から変革してしまってるわけですよ。
 仮に温泉経営で暮らしてた集落が移転することになったとしてですよ、旅館も住居も放棄して移転した人々は、ハイ中止です、じゃやってらんねえと思うんです。

 建設が進んでしまったもんはしょうがねえと思うんです。無駄なカネをこれ以上は使わせないように徹底的に監視する。でもとりあえず完成はさせる。未着工のダム建設計画の類は無条件で白紙撤回。それでいいんじゃないかと思うのですけどね。

 「国民に支持されたマニフェストに明記してるから」という理由だけで中止を強行するってのは、いささか頭が悪すぎの気配があります。
 国民は民主党のマニフェストに書かれている全てを許容して投票したわけではないのですよ。

 民主党を支持はするものの、マニフェスト個別については各論反対っていう有権者が多いことは、マスコミの世論調査で選挙前から報道されてたでしょうに。
 高速道路無料化がいい例で、反対している有権者が意外に多い。その理由にはいろいろあるのでしょうが、有権者のほうが為政者よりも冷静な視線を持っている事柄もあるといえましょ。

 国の公共事業建設強行というノリを嫌う左翼的流れが民主党の中にもあるのは、寄り集まった所帯である政党という前提を考えれば、ある程度納得できることとはいえ。
 損得勘定とソロバンを前に出さないとなんともなんない国庫ということを考えねば、なんぼきれいなことを叫んでも話にならないと思うのですよ。

 ダム建設を途中でやめましたと。廃墟のようなハンパな遺跡と、徹底的に改変された地形が景色として残りますな。
 人間が改変した地形はメンテナンスしないと崩落していくだけで、やがては川筋を土砂が埋め尽くし、鉄砲水の要因になったり、あるいは自然にダムみたいになっちまうかもしれません。

 天然のシステムをナメてかかって、強引に強固なものを建設すれば対抗できるという西欧流の思考が日本の風土環境に合ってるのかといえば、なんも合ってないんです。
 我々は普通に日本で暮らしてるから意識してませんが、世界的に見てもかなりハードな自然環境の国土なのですよ。それを日本人は歴史的な積み重ねで「自然環境との共存共栄」という結論を出し、その前提で過酷な環境に対し工夫で対峙してきたわけです。西欧文化マンセーの明治維新までは。
 本来、日本の自然克服の考え方は、人間の浅知恵では自然の力には勝てない、というものなのですね。受けて、いなす。柔術の考え方が自然克服の基本だったのでした。

 閑話休題。マニフェストに書いてあるからとダム建設を中止しておいて、その先のことを考えているとは思えない対応っつーのは、視野の狭い秀才の考え方っていう感じで、しょせん発想が庶民の視線じゃねえのな、と私は感じますね。センセーになると視線が高くなるのでしょ。
 中止したとしても、今後も様々な行政対策や補償が目白押しになるのは目に見えているし、途中でやめてもメンテナンスにカネがかかる公共建設。
 そのダムを完成させて維持するのと、中止してその後の住民対策とメンテナンスにカネを注ぎ込むのと、どちらがカネがかからないか。手をつけてしまったダム建設には、そういったソロバン勘定が必要ですよね。

 八ツ場ダムはマニフェストの象徴のように扱われてはいるものの、それは民主党という一政党の都合でしかなく、我々普通の庶民からしたら、そんなもんよりもっと先になんとかせい!ということはたくさんあるのに。
 マニフェストにこだわればこだわるほど、それは一政党の都合と面子の問題でしかないという点がクローズアップされてくる不利を、少しは考えてみたほうがよろしいのではありませんかね。

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 (ダム本体工事はまだ開始されていません。訂正いたしました)

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