« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月の36件の記事

まさに外道

 拾い絵ながら、これも笑っちゃったのね。今日も画像だけでスイマセン。

59176

| | コメント (2)
|

あまりにおもしろくてなぁ

 某はもちんのとこの掲示板に貼ってあった画像があまりにもおもろすぎたので、時間差で無断転載(^^;

3395_3  
 クリックすると大きくなります。

| | コメント (3)
|

タバコ

 なんと、スイフトセイダイとトウケイニセイにシンジケート組織化のオファーが!へへん。そんなセコい真似なんかしません。ノーザンダンサーの血を残すべく、スイフトセイダイは普通にタネつけまくりますですよ。いざ春になってもそんなにリクエストないんですけどね(^^;

 話は変わって。

 どこかの業界法人が儲かりそうな、タスポとかいう意味不明のカードがなけりゃ気軽にタバコが買えない昨今、コンビニのタバコ取り扱いが飛躍的に伸びたという話題は昨年のこと。
 肺病持ちのくせして、15歳から続けてきているタバコをやめることができない私は、酒をやめろと言われたら我慢できても、タバコだけはやめらんない依存症体質でして、コンビニでタバコを買うとなれば、面倒なんでもうカートン買いなんですね。

 ご同輩はご存知の通り、コンビニでカートン買いすると、必ずサービスでライターをくれますね。「サービス用」とわざわざ表記してある安ライターのこともあれば、チェーン店の名前が入ったライターだったり。
 あるいは、タバコメーカーが新商品用にこさえたプレミアムライターだったりしますね。ライターついてる2個セットで価格は同じのお得セットだから買ってちょ、みたいなライターで、ガスを装填して使うやつ。

 タバコ取り扱いがバカにならない売り上げの底支えになると知ったコンビニ業界は、密かにタバコ購買客の獲得に意欲を持ってたりしてんのかな?と思いましたですよ。
 だって、いわゆる「100円ライター」は、カートンを吸い尽くすまでにガスを使い切るかといえば、そんなことはありませんね。
 私のような探偵物語仕様のガスバーナー状態にすぐ改造したがる場合でも、カートンで使いきるなんてことはありえまんわ。

 ということは、コンビニの好意でいただけるサービス用のライターをいちいちもらってたら、我が家はライターだらけになっちまうのですよね。
 野営の際、安ライター常備という方針にしちゃうと、濡らすと火花が出ないこともあって複数携帯ということはあれ、自宅にいるならガスがなくなるまで同じライターを使い続けて、んで次の新しいライターに切り替えるってことになるのですが、その前にまた新しいライターが増えちゃってることになります。

 んー。エコだといってコンビニ袋の節減、あるいはコンビニでもマイバックという方針を無責任に推し進めてる秋田県(ただでさえ万引きが多いコンビニでマイバックはかなり危険)ではあるのに、ことタバコ販売に関しちゃなんにもエコでないですよね。
 しかも一般的な「100円ライター」は、本気でゴミ分別しようとすると、本体は樹脂ながら発火部に金属を使用しており、電子着火だと着火部は樹脂と金属の混じったユニット。しかも本体はガスボンベ廃棄と本来なら同じ扱いになるべきものです。ええ、分別のことなんかなにも考えてない作りになってますですよ。

 現在の不景気という状況を考慮外に置いたとしても、しょせんエコロジーと言っても銭には勝てないってことなんだよな、という商売の本音ってのは、まだまだ社会的にたくさんあるんじゃありませんかね。
 あたしゃ企業が唱えるエコロジーは企業イメージ維持のためにやってるという視点がずっと変わりませんので、基本的に社会エコロジーなんざ糞食らえというスタンスの人間ですが、さすがにひたすらライターが増えてくだけというのはおかしいと思いますよ。

 「ライターいらねえよ」と断る方針の私ですけど、たまに変わったプレミアムライターがサービスで登場すると、つい断らないでもらっちゃったりするんですよね。
 「100円ライター」から消化していくと、そういったプレミアムライターがたくさん残ってく構図は解消できてなくて。貧乏人なんだよな。

 若かりし頃は、お気に入りの豚皮ジッポーを使い続けたり、ウォータープルーフの輸入物のマッチを愛用したりしていたはずが、もう喫煙具にこだわりがなくなっちゃうと、毅然として「サービスライターいらねえっての」と断れなくなってんですよね。
 豚皮ジッポーって、キヤノンのCPEで取り扱いがあった、あの黄色い皮のジッポーですよ。使ってるとすぐ真っ黒になって、ひとつ間違えると単なる汚いジッポーになりかねなかったアレです。

 高校3年の夏に買ったんじゃなかったかな?(良い子は真似しちゃいけません)卒業して毎夜飲み歩いてた頃に、どっかの女子高のちょっとかわいい女の子に持ち逃げされて、それっきりでした(当時から俺のキャラはお人好しだなorz)。
 あらためて購入した2代目は、今でもキープしてまっせ。ただし皮が磨り減って芯が出てきちゃってるんで、使わないようにしてそのままなんですが。

59354

| | コメント (4)
|

箱庭牧場 再び

 久しぶりに競馬に絡むような話題に触れたので。くだらねー我が箱庭牧場の近況についてでも(^^ゞ

 シヨノロマン牝馬三冠!追込がたまらんですねえ。なかなかキレのある脚を披露してくれます。

 イソノルーブル牝馬三冠!いや、これはあながち夢想ともいえないでしょ。裸足のシンデレラの一件がなければ、桜花賞はどうなっていたか誰にもわからんのですから。ただし血統的に繁殖に上がるとキビシー。

 イクノディクタス5冠馬。当然に賞金女王。距離的に若干のハンデがあるものの、1歳時にフレグモーネで泣いていたとは思えないタフさ。まさに「鉄の女」。エリ女の3連覇は当然。

 ライスシャワー三冠達成!これは達成させてやるしかないっしょ。ええ、頑張り屋さんのライスには大きいとこを総なめしていただきます。

 スーパークリーク天皇賞7連覇wwww

1082130582939

| | コメント (0)
|

E-P1とGF1に触ってしまったものの

 今日は仕事だったんですが、かなーり仕事が暇でTVなんぞ見ちょりました。土曜の午後はテレ東系の競馬番組を当地ではやってまして、ぼんやりと視聴したりしておりました。
 そういえば司会の井森美幸は40歳の大台に乗ったんだっけか。けっこうきれいなのに、なんで嫁に行かないかね?引く手あるだろうに。食事にうるさいとこが敬遠されてんのか?

 話は変わって。

 私にとって鬼門である店舗のひとつである大規模家電店。なんとなーく仕事の帰りに立ち寄ってしまいました。作業着姿のままで(^^;
 なにを買おうというわけではなかったんですが、将来的に購入希望であるモノの現在価格リサーチみたいな感覚で。
 上手に自分を誤魔化して、なにも買わずに店から出ようとしましたが、やはり引っかかるカメラコーナー(^^ゞ

 オリンパスのE-P1の実物を初めて見ましたが。シルバーボディはやたらキンキラしてやがるんですね。こりゃ恥ずかしくて持ち歩けんばい。
 キンキラボディを敬遠し、あえて白ボディを選んだお父っつぁんがいてもおかしくはないですね。同情します。目立ちすぎ。

 変に微妙なデザインも商品価値にしようとしている(ように私には見える)E-P1よりも、四角四面のカメラらしいパナGF1のほうがいいなぁ。そう思ってGF1を手に取ってみたんですがね。やっぱ操作性が悪い(^^;
 デジタル機の場合、実際に撮影された原版とボディ背面液晶の表示が必ずしもイコールではないという状況があるものの、メーカーごとに測光と露出のクセ、そして背面液晶の表示のクセがあり、一定の露出補正固定では済ませられない場合もあるものです。ならば素早い露出補正の必要性がありますな。このへんが甘く感じました。

 「露出補正の必要がないほど自信あります」もしくは「露出補正を頻繁にカマす人に売ろうとは思ってません」というメーカーさんの姿勢があるのかもしれませんし、カスタムファンクションかなんかで露出補正機能をどこか使いやすい位置に割り振れるのかもしれません(たぶんコマンドダイヤルに機能を当てられるのでは)。
 けれどデフォルトではダイヤルにAEシフト機能を当ててますね。シャッター速度優先AEと絞り優先AE時には、露出補正のような使い方ができるようですけど、じゃあプログラムAEの時には単なるAEシフトだけ?

 そう頻繁に使うわけでもない機能を単機能としてボタンを設けている印象もあります。ボタンの数を増やすよりも、もうちょっとメニュー体系を整理して直感的に使いやすいようにしてはいかがかと。
 GRD2もDP2も、取り説なんざ読まなくてもかなりのところまで使えるのに対し、GF1は最初から取り説と首っ引きじゃなきゃ無理ですね。たぶん。
 そのくらいパナソニックの操作体系はカメラとして不自然なところがあると私は思ってます。せっかく資本力と販売力があるのだから、もうちょっと撮る人の身になって開発してくれたらいいのにと。

 そういった疑問を感じるくらいならカタログもらってくりゃよかったと思うんですが、暇な売り子の姉さんに完全マークされてましたんで、とっとと帰りたかったのですよ。彼女らは質問に答えてくれないわりにしつこいから。

356527

| | コメント (0)
|

田舎って浮くよね

 半径2m的ブログであったはず。論理破綻や印象だけで書いてる記事の多さときたら。でっけえ話すんのやめような(^^ゞ

 来月上旬で夜勤から抜けて通常勤務に戻る模様。ってことはまた年末年始は夜勤なのかという雰囲気が濃厚。
 せっかく交代勤務に入ってる時だったのに、野営に出かけなかったなーという思いが強く、平日でも動ける身をうまく生かせなかった感じっす。出費が多くてねー。天気とのタイミングも合わなかったし。

 この夏は主にクルマ方面に出費過多で、たぶん分不相応なクルマに乗っておるのだと悟る結果になりました。
 分不相応なクルマに乗るのがステイタスという時代錯誤感覚が根強い当地では、地味に小排気量車を乗ることより、型落ちだろうがなんだろうがゴージャスなクルマがもてはやされます。

 そのくせして普通に自分の収入でゴージャス車を買うと、同僚がひがんで大変だったり、とかく人目を気にする田舎のノリってのは、たかが自家用車にもいろいろと影響するものがあるようで、ブチ切れてベンツの2シーター購入、という行為にはかなりの勇気が必要とされる田舎暮らしなのですよ(^^;
 私の勤める会社は、上から下までそういった田舎のノリ全開なので、社内事情通に「どのへんのクルマならスルーしてもらえるのか」と確認してみたりしてね。馬鹿くせえ(-_-;

 収入の範囲で乗りたいクルマに乗るのが一番っすよね。妥協して選んだクルマは愛せないのが常で、多少は無理しても欲しいクルマに乗ればいいんです。それがクルマ生活の幸せですがな。
 けれどねー、冬場を考えるとFRはおっかねくて躊躇するし、かといってクロカン車は意外と雪道に弱いし、ホイールベースが短いクルマも凍結路が怖いしで、必然的にそこそこの車格のクルマを選んでしまいがち。
 そこへ「やっぱエンジンはパワフルでないとイヤ」とか条件を加えると、予算的にもうなにも選べないのでありますね。

 たぶん次のクルマは単なる消去法で選んだつまらないクルマになると思いますよ。乗りたくても予算には限りがありますけん。
 安いヨタ車を選んだら思いっきり笑っておくんなまし。私のような性格の人間にもっとも適さないのがトヨタの小排気量車だと思ってます。

59276

| | コメント (4)
|

リバーサル使いてえよお

 リバーサル使いてえな、という気持ちは今でも消えることなく、すっかりショボくなってしまった田舎の銀塩環境を恨むばかりなのですが、かつて業界に長く籍を置いた身としては、銀塩衰退の片棒をわずかながらも担いだ意識があって、単純に環境を恨む気にはなれなかったりするのも事実なのです。
 偏見と思い込み満載ながら、当地における銀塩環境衰退について書いてみますか。

 私が繰り返し「リバーサルを使いたいけど使えない」と書いているのは、まともな現像所に手配できる可能性が著しく減った、という理由一点です。
 みなさんご存知の通り、銀塩フィルムというのはフィルムそのものと現像工程が一体になって成立しているものであり、フィルムだけが良くても現像がダメならすべて台無しというものです。
 当地では今でもリバーサルフィルムの入手は難しくもなんともありませんが、こと現像所の確保となれば、難しいのなんのって。

 かつては信頼できる現像所が地元にありました。地方都市にE-6の現像所が存在しているというのは幸運であり、しかも職人気質の親父さんがガッチリ現像レベルを監視しているとなれば、かなりの幸運といえます。
 現像後のフィルムの扱いがちょっとアレで、プロ関係の方には「やめとけ」とコメントするしかなかったのですけど、趣味でダラダラと撮ってる私にとってはいい存在でした。
 E-6の自家処理店というのは、大都市圏を除けばまず期待できない存在であって、ド田舎にそういう店があるのは奇跡的なことでもあったのですよ。

 普通の写真店にリバーサルの現像を頼みますわな。以前はフィルムのメーカー系列の現像所へそれぞれ店頭で割り振られたものです。エクタクロームならコダック系。フジクロームならフジ系。サクラクロームならサクラ系。純正現像という意味ですね。
 けれどメーカーの体力が劣化してきて満足なフォロー体制を維持できない。もしくは田舎にまで手が回らない。そういった事情が加わってくると、コダクローム以外のリバーサルフィルムは、一部の特殊なフィルムを除けばE-6処理準拠なので、エクタクロームであってもフジに回す。あるいはその逆もあったりします。
 それは納期の問題ということもあれば、現像価格の問題だったりすることもあり、そのへんは店と客の相互了承で行われるものであります。

 で、くだんの地元E-6店が普通に営業していた時点で、もう1軒E-6店(フジのCR-56処理らしかったです)があったものの、ここは「とりあえずリバーサル処理やっときゃバカな田舎もんはプロ店だと思ってくれるべ」というようなナメた態度を前面に押し出すダメダメな店で、カルチャースクールのオバ様たちからですら現像レベルを笑われてる店でしたので論外。
 その他はメーカー系列の現像所ということになるものの、コニカもコダックも撤退した土地では、フジに回される可能性が高いっすな。

 そのフジの仙台処理拠点は、今はどうか知りませんがかつてはテキトー処理という評価が業界内の一部では語られていました。ここへ送られないなら、地元のナメた店へ外注で回される可能性があり。
 フジの仙台拠点が閉鎖になって東京集中処理ということにでもなっていなければ、怖くてフジには回してほしくなく。その東京工場すら、どのくらい信用できるのか、田舎もんにはわかったもんじゃありません。

 地元のE-6屋さんが親父さんから息子さんへ代が変わり、どうも現像レベルをまともに管理してはいないようだということが漠然とわかってきた時点で、私はリバーサルを使うのをやめたのですよ。
 やめたくはなかったですが、疑問符が盛大に発生する現像結果に、こりゃもうやめなきゃなんねえなと悟ったわけです。

 今でも私は「デジタルは銀塩に勝てない」と思ってます。言葉の表現を変えれば、デジタルカメラで生成する画像は根本的に銀塩と違う成り立ちなので、銀塩とイコールになるはずがないと。
 まったく別物なので、同じ次元で語ろうとすることそのものが間違っているとさえ思っています。銀塩の撮影結果をテイストとして求めるなら、銀塩で撮るしかない。
 そういった自分の思想がわずかながら残っているもので、C-41処理のB/Wフィルムを使おうとはしているんですけど、ポジとネガの絶対的な表現の違いっつーのは、フォローできるはずもなく。

 そこでですね、私と同じ感慨を抱いている田舎暮らしの同士が結合してですね、全国的にネットワークを作る必要があると思うんです。
 そうですな、「国家社会主義日本銀塩党(略称NSJ)」でも組織して、来るべき参議院選挙でとりあえず国会議員を送り込むと。

 党首にはぜひEOS使いの橋本龍太郎センセーをお願いしたいとこですが、とっくに冥府へ向かわれてしまってるので、とりあえず名誉総裁ということで。
 中国のハニートラップに引っかかってしまった過去はあるものの、そのへんは「被写体としてあまりにも魅力的であった」という名誉総裁の霊界通信で、党員はみんな了承。

 ポートレートを撮らないからといって被写体の魅力まで否定するようなセクト主義は、党においては一切認めません。党員は心と視野を広く持たねばなりません。
 なにしろNSJは芸術保護による世界的芸術発信地の構築を政治戦略としていますので、広範囲に渡る芸術への理解が求められ(以下略)

932_1

| | コメント (0)
|

内輪の都合について

 八ツ場ダム問題なんだけど。あれさー、途中で建設凍結して意味あるんだろーか。集落はとっくに移転を開始しており、周辺の鉄道路線や国道の付け替え工事が進んでる現状で、途中でやめました、では済まないように思えるのですが。

 まず最初にダム建設ありき、でスタートする国の計画は、不純な欲望が数限りなく渦巻いていることを想像させてくれる杜撰さで始まるのが常なのですが、計画は途中で止められるとはいうものの、ガンガン自然を改変しただけならず、周辺住民の生活を根底から変革してしまってるわけですよ。
 仮に温泉経営で暮らしてた集落が移転することになったとしてですよ、旅館も住居も放棄して移転した人々は、ハイ中止です、じゃやってらんねえと思うんです。

 建設が進んでしまったもんはしょうがねえと思うんです。無駄なカネをこれ以上は使わせないように徹底的に監視する。でもとりあえず完成はさせる。未着工のダム建設計画の類は無条件で白紙撤回。それでいいんじゃないかと思うのですけどね。

 「国民に支持されたマニフェストに明記してるから」という理由だけで中止を強行するってのは、いささか頭が悪すぎの気配があります。
 国民は民主党のマニフェストに書かれている全てを許容して投票したわけではないのですよ。

 民主党を支持はするものの、マニフェスト個別については各論反対っていう有権者が多いことは、マスコミの世論調査で選挙前から報道されてたでしょうに。
 高速道路無料化がいい例で、反対している有権者が意外に多い。その理由にはいろいろあるのでしょうが、有権者のほうが為政者よりも冷静な視線を持っている事柄もあるといえましょ。

 国の公共事業建設強行というノリを嫌う左翼的流れが民主党の中にもあるのは、寄り集まった所帯である政党という前提を考えれば、ある程度納得できることとはいえ。
 損得勘定とソロバンを前に出さないとなんともなんない国庫ということを考えねば、なんぼきれいなことを叫んでも話にならないと思うのですよ。

 ダム建設を途中でやめましたと。廃墟のようなハンパな遺跡と、徹底的に改変された地形が景色として残りますな。
 人間が改変した地形はメンテナンスしないと崩落していくだけで、やがては川筋を土砂が埋め尽くし、鉄砲水の要因になったり、あるいは自然にダムみたいになっちまうかもしれません。

 天然のシステムをナメてかかって、強引に強固なものを建設すれば対抗できるという西欧流の思考が日本の風土環境に合ってるのかといえば、なんも合ってないんです。
 我々は普通に日本で暮らしてるから意識してませんが、世界的に見てもかなりハードな自然環境の国土なのですよ。それを日本人は歴史的な積み重ねで「自然環境との共存共栄」という結論を出し、その前提で過酷な環境に対し工夫で対峙してきたわけです。西欧文化マンセーの明治維新までは。
 本来、日本の自然克服の考え方は、人間の浅知恵では自然の力には勝てない、というものなのですね。受けて、いなす。柔術の考え方が自然克服の基本だったのでした。

 閑話休題。マニフェストに書いてあるからとダム建設を中止しておいて、その先のことを考えているとは思えない対応っつーのは、視野の狭い秀才の考え方っていう感じで、しょせん発想が庶民の視線じゃねえのな、と私は感じますね。センセーになると視線が高くなるのでしょ。
 中止したとしても、今後も様々な行政対策や補償が目白押しになるのは目に見えているし、途中でやめてもメンテナンスにカネがかかる公共建設。
 そのダムを完成させて維持するのと、中止してその後の住民対策とメンテナンスにカネを注ぎ込むのと、どちらがカネがかからないか。手をつけてしまったダム建設には、そういったソロバン勘定が必要ですよね。

 八ツ場ダムはマニフェストの象徴のように扱われてはいるものの、それは民主党という一政党の都合でしかなく、我々普通の庶民からしたら、そんなもんよりもっと先になんとかせい!ということはたくさんあるのに。
 マニフェストにこだわればこだわるほど、それは一政党の都合と面子の問題でしかないという点がクローズアップされてくる不利を、少しは考えてみたほうがよろしいのではありませんかね。

351679

 (ダム本体工事はまだ開始されていません。訂正いたしました)

| | コメント (0)
|

SIGMA DP2 その9

 最近は真面目に撮り歩いていないので、機材ネタもクソもないのですけれど、密かに燃やしている小さな物欲ということで。ごめんしてちょ。

 DP2の基本性能たる部分に対するイチャモンをつけてみても、あたしゃDP2と今期は心中する覚悟だし、文句タレても目の前のDP2が変身するでもなく、バッテリーのショボさに泣く程度にしておきたいと思ってます。
 そのバッテリーだって4つ用意する気合の入り具合。なんぼ安いバッテリーだからとはいえ、私にとってはいちいち複数を充電したり、どれが放電したバッテリーなのかを頭の中で把握するのが大変面倒な行為でして、とりあえずナンバリングしてはいるものの、面倒なことには変わりなく、複数のバッテリーを用意している時点で個人的にかなり頑張っている状態だったりしまーす。

 文句タレてもどうしようもない部分はユーザーが工夫せよ。というわけで、実は私、ボディ裏右上に位置するズームボタンが大嫌い。

Img_4628_2

 これ、GRDシリーズも同じ位置にズームボタンがあるものの、握りの違いかGRD2はそんなに気になるものではなかったのに、DP2ではかなーり気になってます。押しちゃうんですよ。いつの間にか。普通に握ると親指がモロに。
 これが理由でDP2の握りがどうにかならないかと模索してはいるものの、銀塩時代のコンパクト機には存在しなかった位置にあるボタンに慣れることができないアナログ親父っていう話に過ぎないかもしれなく、個人的にコッソリ解決すべき問題なのかもしれません。

Ulysses_dp

 

 ユリシーズのDPシリーズボディスーツでやんすね。両面テープでボディに貼りつけるアルミ削り出しのグリップより、こういったやり方でグリップを設けるほうが賢いように思えます。
 もっとも、あちらは米国発のストレート発想での品。こちらは日本発で「グリップありき」の入り口ではない製品ですから、違っていて当然ではありますね。

 このへんを抜本的に解決するいい品とは、DPシリーズのボディ直下に位置する増設バッテリーパックにグリップが付属しているタイプ。昔の外付けモードラみたいな品。

79md12

 こんなの。バッテリー4連装が可能であり、もちろん均等に電力を消費していくような回路内蔵で。んで、グリップもくっついてるんでホールド改善に貢献。
 もちろんサードパーティ製なんて期待できるようなシロモノではありませんゆえ、シグマさんに期待するしかないわけですが、そこまでやるなら次期モデルの省電力化とかバッテリーの大型化を考えるのが自然な発想でありますね。

 っつーか、今になってもそういったアクセサリーが登場しないということは、次期モデルに全力投球ってことでしょうなぁ。

 夜景においてもかなりのパフォーマンスを発揮すると聞くシグマDP。それなら三脚でも履かせて使うべよ。
 ところが私は三脚を使って撮ることなんざ数年に一度あるかないかというスタイルで、今でも20年選手のハクバの三脚がメインだったりします。ベルボンの自由雲台を載せて。
 その三脚は、今やスレーブライト専用三脚と化し、常にスレーブがくっついたまま脚も畳まず部屋の隅に転がっておりまする。

 もひとつ三脚あるっしょ。ベルボンのミニF。これまたベルボンの小型自由雲台つけたやつ。

Img_4519_1

 こいつは小さくて持ち歩くのが簡便だし、小さいくせにけっこうキッチリとした三脚で、非常用に大変重宝するヤツなのですが、なにしろ小さいので背が稼げないんですね(当たり前)。
 しかも使うかどうかわからないシーンには三脚なんか絶対に持って行かない性格の私。基本的に荷物の増加を嫌いますし、シンプルにいきたいのですよ。
 どうせ三脚持ってかなきゃなんないなら、小さい三脚よりもは十分な高さの一脚を選びたい人でもありますし。

 三脚ってえのは、重くてゴツいほどその能力が高いという不動の法則があって、私のダラダラ撮影行にこれほど向いてない道具もなかろうという存在です。
 けれど低感度で能力を発揮するシグマDPを使うには、「世の中には三脚というものがあるのですよ」という意識がね、いつも頭のどこかにあったりして。

Img55590792

 だからといってそいつに目をつけなくてもいいだろーに。そういう突っ込みを甘受いたしますよお。
 すっかり流行から遅れてマンフロのMODOPOCKET 797をご紹介。いや、流行った頃から目をつけてはいたものの、物欲を刺激したとて俺にはいらねえだろ、と敬遠してきたのでした。

Modop16_2

 折り畳めばこんな感じでフラットになり、コンパクト機のボディにつけっ放しでもさほど違和感はなし(ということになってます)。本体に別に三脚穴が設けられていますんで、こいつをつけたまんまでも別の三脚に固定することが可能。

Modop06_2

 リコーGX200に装着するとこのくらいの按配。もちろん脚は角度調節が可能で、けっこうガッチリ踏ん張るという話ですよ。実用性アリってことでやんすね。
 んー。でもなぁ、ミニFでダメならこいつなんざもっとダメだべさ。そういう物欲抑止の神様がね、基本的に小さくまとまった道具に弱い男心を挫こうとするのでした(^^;

Img_4627_2

 このフード。最初は「昔のフジ670みてえだぁ」なんてノスタルジックに浸っていたんですが、DP2のシンプルすぎるボディラインとの組み合わせは、ひたすら地味すぎるような気がしないでも。

 いや、私は基本的に地味な撮影スタイルを好み、やたら自己主張する外見の機材を昨今は避けているというものの、某エンゾーさんと同じく、花型フードが好きだったりするんですよねえ。

Img_4432_1

 こういうレンズフードね。これは中国製格安の品ながら、フィルター径さえ合うならどんなレンズにも固定角度問わずフィットする(もちろん焦点距離や画角の制限はアリ)便利モノで、46φがあるなら使えちゃうよなって。

 ところがですね、そういったフードの外見的なことを気にする前に、某ブログの記事で「DP2の本来の画角からするなら、こんなフードでは意味がない。本当に画角に合わせるならこのくらいのフードになる。」と自作している方の記事を読みましてね。
 すんません。どこで読んだのかわからなくなってリンクはナシっす。すげえ濃い記事と紹介カットが並んでいたのに、ググっても見つけられなくなっちゃいました。探してるうちに自分の書いた記事が出てくる体たらく。

 いずれ、本気でDP2に効果的なギリギリフードを装着するなら、もうかなり閉鎖的な小窓が開いてる状態のフードになっちまうという記事を読み、なんぼ46φであっても花型フードは自殺行為かもしんねえな、と考え直したりしてまして。

| | コメント (2)
|

再録 Pentax MX

 Kマウントネタとしてはこれくらいしか書いていないのではないかと思われるMXを再掲しますよ。以下、再録。

Img_3555_1

 我が家に来た経緯について、『たわごと』ではすっとぼけてみたが、実は広島のぴゅんぴゅんさんから「よろしかったら使ってみませんか?」と以前からオファーをいただいていたのである。
 「よろしかったら使ってみませんか?」と以前からオファーをいただいていたのである。けれど、金欠状態のため銀塩封印を自分に課していた私としては、いただいたとしてもすぐに使用の感想を述べられず、それでは失礼になってしまうと遠慮していたのだった。

 で、再就職が決まり、銀塩封印を解く日の記念品というような形で、50mmと135mmがセットになったMXが我が家に届けられたのであった。
 梱包を開いて、なにが驚いたかって、MXってこんなに小さかったのかー!であった。中古カメラ屋の店頭で何度もMシリーズは見ている。にも関わらず、オリンパスOMの小ささの印象が強かったのか、そんなに小さいとは思っていなかった。
 なのに現物を手にすると、ペンタックスMシリーズはなんと小さなボディであることよ。実際の寸法はオリンパスOMよりも小さいのだから。

 こういった70年代末期の一眼レフを手にして感じるのは、このくらいの大きさで金属ボディの一眼レフがきちんと製造できるという事実である。
 もちろんボディが小さいだけではない。一眼レフの命たるファインダー像は大きく見え、これが一眼レフとして当たり前のことだった時代なのである。
 昨今のデジタル一眼レフのファインダー像を、もはやファインダー像などと呼称してもいいものか。あれは単なる光学ファインダー像でしかない。そう断言したくなるほど、本来の一眼レフというのはこういうものであったと痛感させられる。

 両目を開いて使うのが一眼レフの正統な作法なのだけど、50mmレンズを装着して、利き目で見ているファインダー像と、反対の目で見ている周囲の景色が同じ大きさである。本来なら当たり前のことだったのだ。

 ペンタックスMシリーズは、オリンパスOMに対抗するかのように、コンパクトさを売りにしたシリーズである。徹底的に小さく、けれど普通に使える一眼レフを目的に作られた。
 そもそものオリンパスOMは、ライカMシリーズのボディにペンタプリズムを載せただけの大きさであるのだから、ペンタックスMもそういった大きさなのである。機材を軽く小さくまとめたいからといって、高価なライカMを選ぶ必要がないシリーズなのである。
 極端なコンパクトさの追求は、オプションとして三脚装着用のスペーサーが用意されていることからもわかる。MXを三脚に固定しようとすると、三脚の座金がレンズに当たる。レンズ外径よりもボディのほうが小さいのだから極端なんである。

 レンズの絞り直読窓がついているのがいい。私はずっと一眼レフにしか装備されない絞り直読窓に憧れてきてる。ニコン機もそうだし、一部のコンタックス機もそうであった。
 ファインダーには設定絞りと設定シャッター速度が表示されていてもよかろうと私は考える。機械的にレンズ絞りを表示しようとするなら、直読窓しかなかろう。
 MXはシャッター速度も表示される。ファインダー視野内に飛び出しているのは私の嫌うところなのだけど、スケルトン表示で視野を潰してないから許す。むしろ表示される利便性のほうが上だ。

 そしてシャッター速度の横に5点LEDで露出が表示される。LED表示の機種は一瞬で露出偏差を把握しづらい性格を持つが、5点もあればかなりイメージ的に露出偏差が把握しやすい。
 針表示よりも偏差を理解しづらいLEDの欠点を補うべく、いかにもペンタックスらしい工夫だなあと思うのは、LEDが色分けされている。5点のセンターが緑。その外が橙色。一番外が赤。信号機と同じである。
 ペンタックスというのは、ユーザーサイドに立った細かい工夫が散見され、メーカーの良心性を感じさせてくれる。これは旭光学ではなくペンタックスに社名が変わっても同じなのではなかろうか。私はそう感じている。

 気になる点は、たまにレリーズボタンが引っかかる。これは機械式シャッターなら大なり小なりあることで、程度の問題である。むしろ私は指先にシャッター機構の動きが伝わってくるので、積極的な欠点だとはぜんぜん思っていない。

R2310g3

 というか、もうペンタプリズムのペンタックスのロゴの上に「ASAHI」と刻印されていることだけで、すべてを許せてしまう。旭光学の気合とプライドと良心がそのロゴに刻まれているように感じるからである。
 なんか誉めまくってしまったけれど、こういう目立たない中級機なのに、コンセプトがしっかりとしているカメラは、モロに私の感性にヒットしちゃうのでしょーがないんである。

 MXはほかのMシリーズ機よりも地味な存在だ。MX以外はすべてAE機であり、マニュアル露出機は高級機のLXへと昇華していくわけで、そういった点でもMXというのはもっと注目されていい存在だと思う。
 このシリーズではAE機にもMGという目立たない名機がある。私が勝手に名機だと思ってるだけなんだけど。飾り気のないシンプルな絞り優先AE機だ。

 チマチマしたAEの露出補正操作が面倒だと感じるユーザーには、ぜひこのクラスの一眼レフを一度は使ってみていただきたい。露出情報表示の幅が広い機種なら、AE機に負けない速写性があると私は思っている。
 とくに雪の中で撮る場合など、露出補正は当然必要で、しかも場面によって補正幅は違うから、AE機で補正を切り替えるよりも、絞りやシャッター速度ダイヤルを回してズラすほうが早かったりなんかするんである。

 現役で発売されていた当時から、MXというのはプロの匂いをあまり感じさせない機種であった。ギンギンのプロ機ではなく、さりげなく仕事の相棒として確実に働いていた印象である。
 写真館の遠足同行や、雑誌の取材用といった目立たない存在に例えたらいいかもしれない。タフなプロ機もいい。けれど過剰なタフさを求めないのなら、このクラスのコンパクトさは圧倒的メリットになるはずだ。(2005,04,21)

 以上、再録。

 MX様に限らず、この頃の一眼レフというのはなにか「ワクワクさせてくれる」ものがあったように思うのですよ。
 もちろん、自分がいろんなものに興味を抱くような年齢の子供であったことも、この時代のカメラが自分の脳裏に深く刻まれている理由でもあるのでしょうけれど、メカニカルな金属製の道具としてのカメラ美学と良心、というようなものがあったように思えるのですね。

| | コメント (2)
|

再録 クマー!

<p><p>Beyoontavox:今週のたわごと</p></p>

 熊について書いた古いネタを見つけたので、再掲で更新のお茶を濁させていただきますことよ(^^ゞ

 以下、再録。

Img1002

 日本列島、あっちこっちでクマが出没してる様子ですなー。ツキノワクマなら秋田だぜ、と力説したいところだが、秋田はクマが出没して当然という土地柄なので、わざわざ全国ニュースに載るようなネタはないのであった。

 私、クマに出会ったことがある。貧乏登山を繰り返していた頃のことだ。海に面した秋田市ながら、市の東部は山岳地帯で、お隣の町との境は1,000m級の山脈が連なる。日本酒のブランド名にもなっている太平山が主峰の山脈だ。

 秋田市内なのでみなさん気軽に登る山だし、秋田市内からよく見える山なので、なんとなーく身近な印象があるものの、実はこの太平山、秋田県内の山岳では厳しい山のベスト3に入る。
 壮年期の山のくせしやがって、簡単な登山ではないのである。乳頭のつもりで行くとえらい目に遭う。

 これに加えて、太平山はクマが生息しているため、常に緊張感を強いられる。金属質の音を発生させるべく、私はたいがいメスカップなどをザックの外に吊るし、ガンガン音を鳴らしている。
 ついでに高周波発生機を作動させてもいるので、人間よりも可聴域の広いヤツらはきっと迷惑がるに違いない。けれどいきなり突撃してくるかもしれない。クマ対策に万全というものは存在しないのだ。

 そんな登山を無事終了し、なんだ、クマなんか出ないじゃねーかよ、とクルマに乗って数十メートル走った先で、いきなり道路を横断していくでっかいクマを見てしまった。もうちょっと走ったら集落があるような場所でだ。
 ツキノワグマはちっこいからと油断してはいけない。私が目撃したのは体長として1.5メートルそこそこのものだろうが、四足で歩いている時のヤツらはかなり大きく見える。お座りしてる時と四足歩行の時では大きさが全然違う。ありゃ人間がケンカしたら簡単に勝たせてはもらえない大きさなのだ。

 仮に私が当局へ通報したならば、きっと地元猟友会の出動ということになっただろう。もう何年も前の出来事ながら、クマに対する人間の対応策はいつも同じ、猟友会の出動なのである。
 ニホンカモシカは天然記念物で保護されているから、不必要に増えて人間の生息する領域まで進出してきてるというのはあるし、街でウロウロしていても天然記念物だから、よほどのことがなければ駆除もされない。人間を襲わないから生かしてもらってるようなもんだ。
 クマは敵に対してバトルという手段をとるため、猛獣ということになり、駆除の対象になってしまう。

 猟友会にクマを退治してもらうだけでいいのかしら、と私は思う。ヒグマはどうか知らないが、ツキノワグマというのは基本的に人間を襲わない動物らしい。
 クマの緊急事態を除けば、人間を敬遠するという。つまりクマの自衛範囲に入らなければ、クマというのはおとなしい生き物なのだ。最近は登山者のリュックが狙われているともいうけどさ。
 昨今はクマのテリトリーが里へ降りてきてしまってる。山に食料がないかららしい。そりゃ食い物がなければ、探し回ってテリトリーが広がるわな。

 私の自然に対するスタンスは、基本的に共存共栄である。人間がなんぼのものか。人間だって自然の一部なのだ。人工構造物をたくさん作ったから人間だけが偉いというわけではあるまい。
 世界遺産に指定されている白神山地と、秋田県側を流れる米代川流域の試みを、今一度私らは省みる必要がある。日本海沿岸の漁師さんたちが、米代川流域の山に広葉樹をたくさん植樹し続けている。その理由とは、広葉樹がもたらす山のミネラルを川へ流してやり、海の魚たちを育てるとともに、魚を呼び寄せるためだ。
 自然というのはひとつのシステムであり、どこかひとつだけ欠けても全体が狂うものだ。カネになるからと山へ秋田スギばかり植えたツケを、いま海の猟師さんたちがフォローしているといえる。

 出没しまくってるクマは、なにも台風のせいだけで里へ降りてきているわけではあるまい。秋田ではずっと前からクマが里へ進出してきている。
 台風のせいにして、今年だけの現象だと思ってはいけない。山ではずっと以前から環境が変わってしまっているのだ。たまたま今年だけのことではない。
 自然と共存していく知恵を、今こそ過疎県の山間部に求めるべきではないだろうか。山ばかりの土地に見えても、そこには形のない「人間の知恵」というものが本来はあってしかるべきなんである。

 廃村になってしまった集落で暮らしていた人たちは、上手に自然と折り合う暮らしをしていたのだから。その知恵がなくなってしまう前に、拾い上げる努力が我々には必要なのだと思う。(2004,10,18)

| | コメント (2)
|

K-xについて

 エンゾーさんに釣られてみる(^^ゞ

 ペンタックスの新商品、K-xとな。K-mの後継機なんでしょうか。「ちょっと手を出してみよっかなー」と考えたK-mは、エンジン古すぎるからやめとけ、という読者のご意見が多く、興味本位の私の気分は簡単に萎えたわけですが。
 今回のK-xはけっこう中身を煮詰めてきてるらしいっすね。K-7同様の映像エンジンを積んできて、期待できる中身に加えてボディカラーのオーダーシステムを採用したらしいんですな。

 ペンタックスのWebサイトから入れるので、早速行ってみましたよ。

Kx_1

 黒ボディっすな。個人的に「そのシルバーのメッキラインは安っぽいからやめれ」と前から思ってるんですが、どうも日本人はメッキパーツに弱いという神話があるから仕方ないっすかね。
 私の周囲にもメッキパーツマンセーはいますよ。おめーら田舎臭えセンスだなぁ。ホンダ車の金色メッキエンブレムがうれしくてしょうがねえんだろ?

Kx_2

 サファリをイメージしてこのボディ色を選んでみましたが、やっぱりシルバーのラインが気になる。赤い「SR」のエンブレムも浮いてますね・・・・。

Kx_3

 どうせシルバーのメッキを避けられないなら原色の派手な赤だぁ。でもこんなカメラ、しょぼくれたオッサンが持ち歩くにはどうかと。やっぱ黒ボディでいいや(^^ゞ

 K-xとなると、思い起こされるのはKX。往年の旭光学の名機でやんすな。K2に対する格落ち扱いのKXながら、分割巻き上げができて、レンズ絞り値直読窓がついてて。黒ボディもあったし。
 その後に出たMシリーズがかなりコンパクト化されてしまったんで、M42からKマウントのMシリーズへ橋渡しするような立場になってるKシリーズ。

 でもオラはK2DMDの黒ボディを探したことがあるくらい、密かに旧Kシリーズの旨みを味わってみたい気もあったのですよ。KXはシブい中級機だったのだよなぁ。

| | コメント (4)
|

行き過ぎた活動に疑問

 19日午後2時半ごろ、岐阜県高山市丹生川(にゅうかわ)町岩井谷の山岳有料道路・乗鞍スカイライン終点の「ひだ丹生川乗鞍バスターミナル」で、観光客ら男女9人を熊が襲った。

 襲われた人間は4人が顔を噛まれたり足の骨を折るなどして重傷、残る5人も顔や手などをひっかかれて軽傷を負い、町の病院に搬送された。
 熊は約3時間半後、ターミナルの建物内で、県警の要請を受けた地元猟友会員に射殺された。射殺されたのは『乗鞍の自然を守る会』の会長、雄5歳の大吉さん。

 取材によると、大吉さんは最初、ターミナル近くの魔王岳の登山道入り口で観光客を襲い、救助しようとした乗鞍環境パトロール隊員や旅館関係者にも、登山道や駐車場で馬乗りになるなど大胆な行動を繰り返した。
 さらに大吉さんはレストランなどが入る建物に突撃、観光客らを次々と襲ったが、ターミナル従業員が消火器を噴射して土産物コーナーに追い込み、シャッターを下ろして閉じ込めた。その後、観光客が避難した後にシャッターのすき間から猟友会員3人に射殺された。

 大吉さんは日頃から「熊の縄張りに人間が立ち入るだけならまだしも、不要な開発で自然を破壊している」などと住環境の劣化を憂いており、自ら自然保護団体を組織し、登山道近辺に爪跡や糞を残すなどの抗議活動を続けてきた。
 また、最近は熊としての生活を捨てての「人間への特攻」を度々周囲の熊に口にしていたらしく、近所の熊は心配していたという。

 自称知性派の大吉さんは、先日秋田県で漬物に釣られて射殺された熊に対して「食い意地が張ったバカ」と決め付け、直接人間に危害を加える方策を模索していたともいう。
 大吉さんは自分の名前を信じて「俺は常にラッキー」と頭が悪そうな言葉を口走ることが多く、組織した自然保護団体も会員が大吉さん一人という寂しさで、今回の人間への突撃行為も過剰なまでの自己過信によるものと周囲の熊は感じている。

 人間による不必要なまでの開発行為は目に余るものがあるのは事実ながら、それに対して熊ができる抗議活動は微々たるものであり、思想の先鋭化によるプロ市民化は、ますます熊の生息圏を狭めるのではないか。

 現場は畳平(たたみだいら)と呼ばれる乗鞍山頂に近い標高2702メートルの観光地。高山市丹生川支所は20日、他にクマがいないか確認するため乗鞍スカイラインを一時的に全面通行止めにする。《熊共同通信・岐阜特派員》

2008091243039211l

【関連記事】

| | コメント (4)
|

安かったんで、つい

 シルバーウィーク?銀塩週間?(大違)

 5月のゴールデンウィークに対比してのシルバーかと思ったら、敬老の日が絡んでるからシルバーなんですな。今年は5月も9月もどちらも夜勤に入ってますんで、連休もクソもない私でありますよ。
 職場では「これでまた年越しだと笑っちゃいますよね」なんて冗談を言われてますが、前の浄水場勤務の時に不自然な勤務の組み換えがあって、モロ職場年越しに当てられた記憶が軽いトラウマになっちょります(^^;

 というわけで、今から正月の心配をしてたりして~。

 話は変わって。

 買い物をしにスポーツショップに行ったら、安い出物があってついゲットしたのは、もう3ヶ月も前の話。帰宅してから「なんでこんな無駄なものを買ったかな」と後悔したので、秘密にしちょりましたけど。

Sf_b3

 だって安かったんだもーん。すげー小さいし。4本五徳でなければいかんとかたくなに信じてる私ですし、メッシュバーナーは耐久性に不安を感じているんですが、小さくて安いのでついゲットしちまいました。

 サウスフィールドのブランドはスポーツデポ専売みたいなブランドでして、メジャーなブランドからしたらかなり格落ちであることは否めませんが、その代わりに価格が安いわけです。
 安いから中国製や韓国製というわけでもなく、れっきとしたメイド・イン・ジャパン。どうやら新冨士バーナーが製造しているようです。
 あのSOTOブランドの新冨士バーナーっす。マイクロレギュレーター内蔵ストーヴに注力し、オリジナリティをガンガン前面に出してるメーカーさんながら、こういった普通のアウトドアストーヴみてえなのも製造してるんですね。

 以前にZIPPOブランドの妙に小さいガスストーヴをちょっとゲットしたくなったりしましたが、折りたたんだ大きさはあれとあまり変わらんです。メーカー自称「世界最小」も伊達ではないようで。
 公称3200Kcalらしいですけど、私のガス使用環境からしたら2000Kcalくらいが関の山だと思います。それならジェットボイルのストーヴを転用してもあまり変わらない火力だったりします。だから無駄な買い物をしたと(^^ゞ

Img_2382_2

 15年選手のプリムスがもう錆でヨイヨイになってきちょりますんで、普通のガスストーヴをひとつ用意しておきたかったんです。
 狙いはキャプスタの一番安いやつでした。夏休みが終わるとホムセンなどで投げ売り価格になる4本五徳のアレですよ。耐久性はプリムスなどと比べても劣らないと知ってましたのでね。

 でもガスストーヴは小さいことに価値があるかもしんないと前から感じていましたんで、キャプスタよりもは高価ながら、3千円くらいで買えるならいっか。そんな軽い気持ちで。
 ケースに入れてザックのストラップにくくりつけておいても、まったく苦にならない大きさと重さですから。
 バーナー部がちっこくて、ボンベに熱を回してやるパワーチャージャーが届かなくなるきらいはあるものの、まったく熱が回らなくなるほどもなかろうと安易に判断しちょります。

 こうやって自分に言い訳しつつ、きっといつかはトランギアとかにも手を出すんだろうなぁ・・・・orz

| | コメント (0)
|

ソロテント考(16)

 職場で怪我して足ギプスになった若い子がいて、仕事になんねーので我々夜勤組がその子の代わりに交代で通常勤務に回っております。今日は私の番。

 久しぶりにたくさんの同僚がワヤワヤといる事務所に出向きましたら「フフフ。仙台のアウトレットモールのモンベルショップに行ってきたんですよぉ」と自慢する同僚が。
 むむ。その存在を忘れようと努力して思い出せないレベルになっていたのに。「んで、安かったですか?」「半額ですよ~」とな。むう。

 よしなよ。仙台まで時間をかけて走ってっても、往復のガソリン代でお得感が大なしだべさ。ETCがついてるわけじゃあるまいし。オイル交換を先延ばしにしてるエンジンにも、高速道路はうまくないんでないかい?私の心の中の良識派が問いかけるわけですな。
 でもよお、実はDP2とGRD2絡みで小物を買いたいと思ってるんだが、通販で買うまでもないくらいの小物だし、仙台のヨドバシあたりで一気に調達したい欲求もあんのよ。うん。
 そんな具合に脳内で良識派と折衝してみたりなんかしてるんですが。カネねえだろ、おめえ。

 商品たくさんのアウトドアショップになんざ行ったら、せっかくここまで来たんだからなんか買わなきゃ!と理由をつけて、後先考えずに買い物するに決まってますし、ヨドバシカメラもただでは帰らないことと簡単に予測できます。
 すっかり存在を忘れていたレンズが特価処分なんかなってたりすると、もう物欲がすべてを蹴散らかしてハァハァしかねないのですね。
 そろそろ20年選手のドンケを引退させてあげよっかなぁなんて思わなくもないし。余計な買い物すんのよ、きっと。地元に大規模カメラ店がなくて本当に良かったよなぁ。田舎暮らしの環境そのものが物欲ストッパー。

 話は変わって。

 今期のアウトドア系買い物はですね、基本的にナシ。もしかしたら年末近くにスノピの幅広マットを買うかも、という程度で。

Sp_infmat

 軽量コンパクトなソロテントが欲しいという欲求は引き続いているのですけど、なければ困るというほど切羽詰っちゃいませんし、なにしろ選択に迷ってる状況を楽しんでるところがありますので、引き続き困ってみようかと(^^;

 内心では候補を絞りつつあって、ちょっとやそっとの新テントが登場しても、もう簡単に目移りすることはないですね。何度絞り込んでも同じあたりに落ち着きますからね。
 出費と調達の手間を考えないならタープテントのスカルプ1。出費をとことん惜しむとモンベルのクロノス1か2。出費と軽量さのバランスでMSRのハバかハバハバ。このへんにいつも落ち着いてしまいます。

 テントっつーのは想定する使用環境によって選択が人それぞれ変わってくるもので、私のようなスチャラカ酔っ払い野営に軽量という条件を持ち込むと、2ウォールは欠かせない条件になり、きちんと身長183cmの人間が酔っ払って寝られるスペースを求めます。
 これが登山系軽量派となれば、当然にダンロップやアライの軽量テントも視野に入り、好みによってはメスナーやらエスパースっていう話にもなってくるのですが、こちとら低山里山派ですので、換気がいいに越したことはないのですよ。

 理想を言うならば、多少は屋根が低くてもいいから240×100cmくらいの底面積で、インナーはハマーヘッド並にメッシュを大胆に開閉でき、2ウォールで入り口2ヶ所。フライはポリエステルで、前室の設定に一捻りが欲しいとこ。そんなテントはないと思いますが。
 早い話が、MHWのハマーヘッド2がもっと軽量になってくれれば言うことないのですけど、そのへんはタフネスさと引き換えになっちゃうでしょうから、あまり贅沢は望めません。

Img_1607_2

 いずれソロテント調達は今冬期以降の話になります。

| | コメント (4)
|

面倒なので追求しない(^^ゞ

 すっかり忘れていた角館の祭りをアップしてみたのですが、IEだと表示されないカットがあるかもしれませんよ。Firefoxだとちゃんと表示されるのになぁ。よくわかんね。

| | コメント (2)
|

再録 Canon EF135mm F2.8 SOFT

 書くネタがないとすぐ再掲に逃げる姑息な私。レンズネタでいきますよ。以下、再録。

 私らしく、意表を突いたレンズを3つ目に持ってきた(2009年注 掲載した当時は3本目のレンズとして掲載)。誰も注目しないし誰も誉めないので、私が誉めるのである。俺がやらねば誰がやる。新造人間キャシャーン状態である。

P180rvp

 EF135mmソフトは、最初のEOSラインナップの頃からある第1世代のレンズであるため「古い」と思われがちなのかもしれないし、レンズ外見もいたって地味である。
 いや、地味というよりも不細工レンズかもしれない。プラスチッキーで細い筒のようである。先細りになっているので余計に貧相に見える。
 使用フードも初期型の操作性に欠けた大味なタイプで、購買欲を刺激する外観はない。使う度に「ダセえよなぁ」といつも思う。

 だいたい現代においては135mmというレンズ焦点距離が大変にマイナー扱いである。かつては本格的な望遠レンズへの登竜門といわれたものであったが、今では望遠ズームの中に内包される焦点距離になってしまった。
 キヤノンをあまり持ち上げたくはないが、135mmの単焦点レンズをないがしろにしない点では誉められる。LレンズでもEF135mmF2Lという優れたレンズを発売している。
 EF135mmF2Lは私も使ったことのあるレンズだが、200mmのLレンズとは違って135mmは完璧型を狙っており、使いやすい焦点距離でも迫力ある描写をする優れものであった。

 135mmというのはもっと注目されていい焦点距離であると思う。この焦点距離近辺では多用途性のある点で私は100mmを支持するが、135mmも悪くない。コンパクトに使え、明らかな望遠効果が得られる。
 100mmまでは肉眼の範囲内にあるといえる。人間は脳内増幅により、神経的に85~100mmくらいの望遠効果を得ている。いわゆる「注目している」という状態がこれに当たる。135mmという焦点距離は、この脳内増幅の範囲外に入る入り口でもある。そのため、望遠効果が顕著に感じられるのであろう。

 さて、EF135mmソフトだが、このレンズの最大の特徴は、絞りと別にソフト描写効果をコントロールできることだ。
 ペンタックスのソフト28mmは絞りによってソフト具合を調整しているが、キヤノンは独立したソフトコントロールリングがある。
 原理的には内部の非球面レンズを移動させることでソフト効果を出している。そのため、絞り設定の如何に関わらずソフト効果が期待できる。もちろん絞り込めばソフト効果は少なくなるものの、必ずしも開放でなければソフトフォーカス効果が出ないという制約はない。

 AFでソフトフォーカスレンズを使えるというのもメリットのうちのひとつだろう。合焦後にソフトリングを回すと厳密にはピント位置が移動するはずなのだが、ソフト効果を入れたままAFで撮ればいい話である。
 私がこのレンズをいいなと思うところは、ソフト効果0、つまり通常の135mmレンズとして使っても、アウトフォーカス部が普通のレンズよりも柔らかく出るところだ。
 しっとりとした柔らかさがある。背景と被写体の配置によっては、とても135mmで撮ったようには見えない絵になる。

 ニコンのDCレンズやミノルタのSFレンズのような難しさもない。普通のレンズにソフトフォーカスのリングがくっついているだけにすぎない。
 そういった使用上の気楽さも長所であり、レンズそのものの価格も安いものである。メーカー上代でたったの\47,500だ。ほかのEFレンズよりも値引率が低い場合もあるようだが、安価であることには変わりがない。

Ef135sf

 安いだけにチープさもある。鏡筒の中ほどにある滑り止めと思われるゴムがすぐ剥がれてくる。挙句にこのゴムがきちんと鏡筒を一周してなかったりもする。チープ風味満点の外観なのだ。
 こんな間抜けなゴムは思い切って取り外してしまい、卓球ラケットのラバーや、カー用品店に置いてある防振ラバーを加工して貼り直したほうがいい感じだが、モノグサな私は剥がれかかっているゴムの上から輪ゴムをカマして済ませている。大変に私らしい処置である。

 このレンズがそれなりにゴージャスな外見であったとするなら、とても今の価格で供給することはできないはずである。価格もレンズの立派な性能であると私は考える。
 貧相な外見の中に、実はしっとりとしたアウトフォーカスの柔らかさを秘めている。ソフトレンズではなかったとしたら、地味ながら渋い描写をするレンズとして、たぶんもっと話題になっているはずだ。ソフトフォーカスレンズであるため、その先入観から簡単に評価されて終わってしまっているように感じる。

 なんとももったいないのだ。使ってみればわかる。このレンズは常用135mmとして使ってみても、ザーザーと鳴るAF駆動音と外見以外は不満がない。普通に使える。
 そりゃLレンズと比べたらコントラストも色ノリも低い。ドキュメントタッチな派手さもない。ごく普通の写りだ。だがマウントが旧FD時代よりも大口径化したせいだろうか、ハマった時には価格以上の写りになる。ソフトフォーカス機能は非常用とでも思って使うのが正解なのではあるまいか。

 描写に捨てがたいところがあるので、私は金欠にも関わらず処分しようとは思わない。一眼レフをあまり使わなくなったのに、である。物欲的には愛せないが、レンズ本来の役目たる描写という点で、けっこう穴である。
 興味のある方は、中古ででも調達して一度お試しいただきたい。カメラ側のAEB機能を利用して露出を振ってやると、このレンズのおいしい使い方が判明するかもしれない。(2004,03,26)

 以上、再掲。

 KDXで使ってみたら、ファインダーでさっぱりソフトフォーカスの具合を把握できなかったのに、撮影結果はちゃんとソフトになっちょりました。
 ファインダーの作りに理由があるのかなぁと漠然と考えたりしてみましたが、ちゃんとソフトフォーカスになってんならいいか、と深く考えずに済ませている私でやんす。

 135mmという焦点距離が、今となっては使いにくさを感じてます。いわゆるAPS-Cサイズのイメージセンサーでキヤノンの場合、換算焦点距離が1.6倍となりますんで、216mmのソフトフォーカスレンズというあまりうれしくないレンズになっちゃいますね。
 汎用性を考えるなら、現在のデジタル一眼レフ市場の状況を鑑みても、50mm近辺のレンズをAPS-Cサイズで使うほうがソフトフォーカスでは使いやすいのではありますまいか。

| | コメント (0)
|

政権に問いたい

 ブログで政治を語っちゃいかんという不文律があるのを承知で。

 新政権が発足するとかしないとか、「わかったから他の話題もフォローしろよ」って言いたくなるくらい、そればっかり報道してますな。政治は過程でなく結果の世界なんだから、今から張り切って報道しなくてもいいのに。

 で、国会での質疑応答なんですが、あれって国会議員しか質問できませんよね。私は民主党政権に対して、さしあたり2つの質問をしてみたいのですよ。
 ひとつは『高齢者の自立に関する具体策はあるのか』。もうひとつは『沖縄の米軍基地問題に関して、最終的な落としどころをどのへんに想定しているのか』。

 まず高齢者に関してですが、地方では高齢者の割合が増加していることは言うまでもない話で、当然に独居老人というものも増えているわけです。首都圏などの充実した環境のお年寄りではありません。あくまで地方の話です。
 地方で暮らすとなれば、都市部山間部を問わず大多数の住民はクルマがなければ成り立たない生活になっており、その傾向は大規模SCの進出と公共交通機関の衰退などによってとどまるところを知りません。

 けれどクルマを運転するために必要とされる運転免許は、70歳以上の高齢者に対して遠回しに「免許返上」を促す傾向が段階的に強くなっておりますね。
 そりゃ認知症のドライバーが原因と思われる交通事故は増加傾向にあるでしょ。年寄りになればいろいろと認知能力が劣ってくるのは、生き物である以上は避けられるものではありません。

 じゃあ運転免許を返上してしまったお年寄りの移動手段はどうなるのか。現行の公共交通機関が民営化の流れにあることを考えれば、民間企業として採算の取れない路線は順次廃止していくのが当たり前のことであり、それを責めるわけにはいきません。
 では、人口の少ない土地で暮らすクルマのない高齢者はどうやって日頃の買い物をしたらいいのでしょうか。卑近な例では我が母親。運転免許を返上したその日から食料品の買い出しができなくなります。
 老人ホームに入るか子供と同居するか。老人ホームと呼ばれる施設に入居するには、それなりの経済的バックグラウンドがなければ可能なことではなく、子供の生活状況によっては親と同居するのが厳しい場合もあることでしょう。

 お年寄りの自立という観点なくしては、現在の田舎における独居老人や高齢者集落の未来はなにもないに等しい状況であり、都市部を前提とした施策しかできなかった旧政権を批判して政権交代した民主党さんとしては、大都市圏と地方の生活格差以前に、クルマがなければ生活できない地方という意識はお持ちか。収入が少ないわりに生活に対する出費が都会よりも多くなってしまう田舎の現況に対し、民主党は明確なビジョンを持っているのか。具体的にお答えいただきたい。

 次に、沖縄県における米軍基地問題について。今さら語るまでもなく、米軍基地があることによる有形無形の生活被害といったものが存在し、白人種による有色人種に対する見下しが理由と思われる米軍兵士による理不尽な犯罪が今も絶えないわけですが。
 かつての大東亜戦争において、本土決戦の代用のようにして大きな惨禍を味わった挙句、日本という国家の所属に復帰してからも、米軍基地を押し付けられているに等しい沖縄県民に対し、そのフォローというものをどう考えているのか。

 また、沖縄の米軍基地が縮小、もしくは廃止できたとするなら、間違いなく良からぬ策動を中国は開始しますな。
 伝統的に『近攻遠交』を外交の国是としている中国は、領土拡張欲のとどまることを知らず、遅れてきた帝国主義国家と呼んでも差し支えない姿勢を堅持しているのは明らかで、沖縄の米軍が気にならなくなれば今まで以上に大胆な挑戦を開始することは目に見えております。

 この中国軍に対抗する手段について考慮の上で、沖縄の基地問題に関する民主党さんのビジョンを明確に具体的にご説明願いたい。

 まー両方の質問共に、いかにも政治家センセーというような無難な返答しか望めないのは承知の上。
 地方高齢者対策に関しては「引き続き研究を推し進めたいと考えております。」、沖縄については「外交も関わることなので、我が国の国内的事情だけでは即断できません。」という返答が関の山でしょ。

 でもあえて問いたい。この2つについての答えを聞くことで、民主党が本気で政治を国民のために変えたいと考えているのか、それとも政治でメシを食いたいだけの単なる第2自民党なのかがわかると思うのですよ。

 私の見るところでは、しょせん民主党も政治家センセー集団であり、国民の生活を数字などの動向調査という二次元的感覚では把握していても、実際にどういう苦しみが生活に伴うのかといった三次元的把握は誰一人としてできていないと思います。
 政治に携わる人間の特権化は、やがて革命などの社会的変動を生むことが歴史の必然であり、特権階級のための露骨な政治を嫌った有権者によって追い落とされた自民党政権だというのに、民主党も同じかよって話になったら、次の選挙はメチャクチャな結果になりまっせ。

 過激派の生き残りやアナーキスト集団と関わりがある社民党を政権に取り込む時点で、たぶん政権は自爆するだろうなと私は読んでます。やがて訪れるであろう内閣改造で社民党を切れなければ、たぶん自滅かと。
 小沢さんはそのへんまで視野に入れてると思いますよ。与党になっちゃったので、今までみたいな八艘飛びはできないでしょうけど。

434127_2

| | コメント (0)
|

キムチっつーか 納豆っつーか

 「キムチ納豆」というメニューは、日韓交流の架け橋になるのではないかと思うくらい、最初からそこにあったかのような絶妙な組み合わせで、最初に思いついたヤツは天才でしかないかと。

 っつーか、納豆が天才なんですかね。単体よりも組み合わせると楽しくなる素材が納豆で、元カノから教わった「納豆+ネギ+タマゴの黄身、でき得るならば味の素添加」は、齢30歳代後半にして知った味の革命でしたもの。
 当地では納豆にネギを入れる習慣のある家庭は少数派であると思われ、主に関東方面の流れなのですよ。ネギ入れるのは。
 在京時代に吉野家で貧乏朝定の納豆定食を頼んでみたら、なぜネギが添えられているのかと疑問に感じて、しばし同郷の友人と悩みまくっていたわけですが、もう現在では吉野家の朝定は夜勤明けの空腹メニューと化しております。

 すげー腹が減ってるんですよ。夜勤明けって。なにをしたわけではないのに、自宅で夜更かししてるのと違って、無意識のうちに臨戦態勢の心理になっちまってますんで、エネルギーを消費すると見えて。
 冬場の寒い時期なんざ、朝からラーメン食いたくなっちまいますもんね。幸い、朝からやってるラーメン屋が何軒かあるので欲求のぶつけ甲斐があったりしますが。

 で、話はキムチに戻ります。

 旧ほんたわに書いたことがありますけど、かつての当地はキムチ後進国であり、かつ大変にドメスティックな価値観に縛られていて、キムチっつーのは酸っぱくて辛いものだという定義があったのですね。
 そのへんからキムチの乳酸菌がどうしたとかいう健康法が紹介され、年寄りの多い当地はますます酸っぱいキムチが横行していたものですが、酸っぱいキムチっつーのは基本的にもう漬かりすぎであるという現実に誰も気がついてなかっただけなのでした。
 健康法には興味があるものの、酸っぱいものは大嫌いという当地の一般的価値観から、キムチの普及は滞るばかり。

 そんな中、本場のキムチを食し、かつ学習してきた業者さんが、直輸入のキムチを現地のオモニと共に輸入しまして、キムチっつーのはこんなにおいしいものなのかという密やかな味革命が20年ほど前に行われたのですよ。
 酸っぱいのは終わってるキムチであり、むしろ甘いものがキムチなのだ。そういった価値観が当地に広がるのに時間はかかりませんでした。いろんな飲み屋さんで直輸入キムチを採用したからなのですね。

 その後に秋田人のしょっぱ口(舌が麻痺して塩辛いものを好むようになる)を逆利用して、やたら塩分を添加したキムチが出回るテロ行為が現在も横行しているものの、おおむね当地におけるキムチ事情は好転しているわけです。
 直輸入キムチといっても、そのへんのスーパーで売ってる自称直輸入という意味ではなく、早漬けのキムチを輸入しておいて、あとは店主の味覚で時期を見計らって客に出すというストレートな手段。

 実際、早めのキムチの奥深い味ったら。甘いものが好きではない酒飲みの私であっても、キムチは完熟手前を好みます。甘さは主に梨などの果汁と魚介類の塩辛がミックスされて出る味で、最近は国産キムチもそれに気がついたらしくて果汁と塩辛を欠かしません。
 ですが味のバランスっつーものは本家に勝てるものではなく、甘けりゃいいんだろって感じで黒糖やハチミツをぶち込んだキムチを見かけることもあります。それ違うだろ。

 長々と引っ張ってきておいて、最近私が注目してるキムチはコレ。

Img_home_petit_kokuuma

 ちっこい画像でよくわからんと?ならばショートカットを設定しておきましょ。

http://www.kyuchan.co.jp/kokuuma/product_petit_kokuuma/index.html

 なにがいいって、一人暮らしの食べきりサイズにちょうどいいパッケージなんですね。スーパーに行くとお得なキムチっつーのはたくさん売ってるわけですが、発酵が進んで酸っぱくなってしまう前に食べきれる大きさではないんですよ。三食キムチ三昧でない限り、とても消費できるサイズではありません。
 ところがこのプチこくうま。一食分にちょうどいい食べきりサイズなんですよ。しかもきっちりと甘みを意識した構成のキムチであり、かつ流通に気を使っているらしく、店頭に並んだものはまだ浅漬けに近いものなのですね。
 私のような甘みとコク重視の人は早めに食べてしまえばいいし、旧来の酸味重視の人は冷蔵庫で放置しておいてから食べればよろしい。そういったフレキシブルさがある流通ということでポイントが高かったりします。

 この小パック、キムチ納豆をやるにもいい大きさなんですよ。普通に売られている納豆のパックに対して2回分みたいな。
 ただこれでキムチ納豆やっちゃうと、納豆のおかげか胃腸が活発になり、なにかというとすぐ腹が減るようになるんですよね。エンゲル係数が高くなると思います(^^;

| | コメント (0)
|

再録 Cosina Voigtlander Super Wide-Heliar 15mm F4.5 Aspherical

 リクエストにおこたえして。以下、再録です。

P636eb2b15

 コシレンが続くな。まあご勘弁願いたい。この15mmも私がかわいいと思っているレンズなのである。

 最初に書いておく。前回のスナップショットスコパー25mmも今回の15mmも、私はあえてオススメしない。おそらく一般的な写真好きが許せるような写りではないと思う。
 コシレン初期の個性そのまんま。ネガ撮りならともかく、リバーサルではナーバスな側面が顔を出しかねない。面白いと感じる人だけが使っていればいい。

 いきなり言い訳から入ったな。かっこ悪い。だがオンラインに限らず活字媒体というのはおっかないところがある。文章の前後を読まず、ピンポイントに抜き書きして、それに対してあーでもないこーでもないと物申してくれる人が、世の中には少なくないんである。だから、わかりやすーく冒頭に書いておかないといかんのであった。

 さて、この15mm。前回の25mmよりもほんの少し大きいとはいうものの、15mmレンズとしては異例なコンパクトさである。非球面レンズ導入のおかげなのだろうか。
 私はBESSA-Rといっしょにこのレンズを入手した。私のBESSA-Rは新品時からいきなり距離計が狂っていたが、どうせ15mmは目測式、私はあまり気にせずしばらく使っていた。やっぱボディはメーカーへクレームに出しちゃったけどね。対策部品とかも無料で交換してくれたっけな。

 BESSA-Rそのものはコンパクトだと表現するほどの大きさのカメラではないけれど、15mmレンズがコンパクトなおかげで、15mm専用機としては異例な小ささで使うことができた。
 もちろんライツミノルタCLにもくっつけてみた。うーむ。これはなんと小さな超広角機。まさにカスタムメイドってな感じで、私は喜んで使ったものであった。

Cl4

 そう。このコンパクトに使えるところがこのレンズの最大の武器だと思う。一眼レフではこれほど小さな15mmを作るのは技術的に無理なことなのだ。レンジファインダー機だからできることなのである。
 25mmと同じく、この15mmも安い。外部ファインダーつきでたったの\65,000だ。15mmレンズがこの価格というのは、もはやバーゲンである。量販店なら\40,000くらいで売られているのではあるまいか。
 15mmという、いわば特殊レンズと呼んでもいいレンズが、気軽に買える値段で、しかも気軽に持ち歩ける大きさなのだ。これはうれしい。

 ライカMのレンズだって小さいぞとおっしゃられる方よ。ライカのレンズは財布に優しくない価格ではないか。しかもこのところレトロフォーカスタイプの広角レンズへシフトし、なんのためのレンジファインダーなんだようと思いたくなる設計が多い。
 そんなお高いライカのレンズに比べたら、コシナフォクトレンダーのなんと潔いことよ。写りは多少文句を言いたくなるレンズもあるが、なんといっても価格が安い。毎回書いているが、価格の安さも立派なレンズの性能である。

 スーパーワイドヘリアー15mmは言うまでもなく特殊な画角のレンズである。画角は水平でなんと99度だ。20mmレンズあたりでさえ日常の視覚をはるかに超えているというのに、そんなもんではないのだ。
 そのくらいの特殊レンズであることを考えると、かなり立派な描写といってもいいんではなかろうか。周辺光量落ちはあるものの、28mmぐらいのレンズでもこのくらい落ちるレンズはある。15mmとしては気になるレベルではない。

 センター部の描写はそこそこながら、四隅に引っ張られる感じである。そして周辺ではザラついた描写になる。かつてのシグマ旧14mmに似たザラつきだ。
 というか、このぐらい写っていたら私は御の字である。完璧な仕様のレンズを望んだら、大きさも価格も軽く4倍くらいになってしまうに違いない。
 ただ初期のコシレンなので、シャドーとハイライトはまったく期待できない。逆にフラットなシーンではメリハリがつく。そう前向きに考えると、このレンズの使い道が出てくる。
 また、コントラストがつきやすい性格なので、派手なフィルムを使う時は要注意でもある。ネガ向きなのかもしれない。私はおかまいなしで使ってるけど(^^;

 なにより小さいのがいい。135の一眼レフをメインに使っていても、CLと15mmの組み合わせをカメラバックの隅に入れておく余裕はある。15mm固定機として小さなボディで使う手があるのだ。
 もちろんレンジファインダー機をメインで使っていても、レンズとファインダーはかさばらないので、セットでカメラバックの底に忍ばせておくことができる。いわば秘密兵器みたいなのものだ。レンズをたくさん持ち歩く習慣のある人でも、この大きさなら文句がないはずだ。

 ライカに狂っちゃってる人にはオススメなんぞしないけれど、レンジファインダー機そのものを楽しんでらっしゃる方には、中古で安く出回ってるのを見かけたらシャレで手にしてみることをオススメする。小さくてかわいいなぁと思ったら、買っちゃえ!
 ただでさえ使いこなしが難しい超広角レンズである上、使うシーンそのものも選ぶ性格の描写だから、このレンズを使いこなせるようになったなら自慢していい。きっと超広角の達人になれる。

 どうせ目測式なんだから、シビアなピント合わせに縁なく使える。付属ファインダーの視野はほぼ80%の視野。そんなアバウトなレンズは、無意識のうちに撮影者の頭脳を占めているであろう、シビアなピント合わせや「構図」「作画」という名のこだわりから解放してくれるに違いない。
 あら。なんだかんだでオススメしてるな。繊細な写りじゃないからね。勢いで見せるレンズだから。それだけは念を押しておくよん。(2004,04,27)

 以上、再録。

 読み返してみると、言い訳が多いですねえ。なにかヨソで発言に関して責められてることでもあって警戒してたんでしょうか。それともノセられて手を出したユーザーさんに文句タレられるのを怖がってたとか?(^^;

 現代のピシッと写る超広角レンズが当たり前だと思ってる感覚の若者にはオススメしませんよ。
 むしろ70~80年代に写真を楽しんでいらっしゃった方なら、当時の一眼レフ用対角線魚眼の写りを思い起こしていただければ、ご納得いただけるだけのパフォーマンスがあると思うのですね。

 再録本文にも「かつてのシグマ旧14mmのようなザラつき」という表現がある通り、時にはフラットに、でもたまに荒々しさが強調されるという性格のレンズです。
 そりゃそうです。15mmなんていう画角のレンズは、キワモノに近い存在のレンズであり、現代型の優等生レンズを頭に置いちゃうと見れたものではありません。
 ですがレンズを楽しむ行為というのは、すなわちレンズの個性を味わうことなのだと私は思うのですよ。

 そこそこソツなくこなすレンズは世の中に数あれど、どんな場面でも完璧なレンズというのはあり得ないと私は考えます。
 ましてや私はチープクラスのレンズに真実を見出そうとする人間ですので。一点豪華主義の高価なレンズなんざ眼中にありませんのでね。必然的に「完璧なレンズなんざあり得ねえ」という価値観に落ち着きますわな(^^ゞ

| | コメント (4)
|

M9とかX1とか

 えーと、写真系ブログでは、おおむねライカM9ですとかX1の話題が語られていることと思いますが、当バカブログは基本的にスルーなのでありますね。

 私はGRD2とDP2をなんも使いこなせず、そちらに注力して満足しておりますんで、新商品にはあまり興味がなかったりします。
 いえ、いちおうは紹介記事やら簡単なスペックくらいは目を通してますが、デジタル機は数字やブランドじゃねえなぁと痛感してる昨今、我が琴線に触れねば簡単にスルーしちゃうのでした。

 上等な写りよりも軽快さを買いたいと思わせてくれる型落ちのGRD2。銀塩リバーサル(それもコダクロームのような気難しさに似た)を使う感覚に近いDP2。そのあたりでまだウロウロしていて先に進むことができないのですよ。

 M9に関しては、手持ちのレンズじゃダメで、デジタル向けレンズじゃなきゃダメだったりはしないのかい?という大きな疑問があり、英国ポンドからの円換算で75万円ってのは、いまどきクレジット組んででも買える人は幸せな人生だよね、という感じです。

Leica_m9_1

 X1はなぁ、好意的な感想を述べてる人が多いようですけど、形から入ってる企画のような印象が個人的に強く、上手に表現できませんが「ライカではないなにか」の雰囲気が漂っているように思え、基本的に「見」でした。

Leica_x1_1

 ライカのレンズ固定デジタル機は、その素性や生い立ちが明らかにならないと怖くて使う気になれません。経験上(^^ゞ



| | コメント (0)
|

SIGMA DP2 その8

 パソコンの調子が復調気配で一安心。ただしBIOSでクロックアップしてもシカトしてやがるところが気に入らない。にせよ、動作が安定してるのが一番だもんなぁ。

 さて、角館の夜祭で使ってみたDP2の話。

 DP2といえば気になるバッテリー。けれどせいぜい2時間も撮っていたら飽きて帰るだろうと予想がついてましたんで、予備バッテリーがひとつあれば十分カバーできるはず。
 むしろ外部ストロボとして使用したB3000Sとのマッチングがどうかというところが気になりましてね。

 デジタル機の場合、ボディ背面の液晶に表示された絵がそのまま撮影結果であるとは限らず、表示のクオリティやクセが多々あるものです。
 DP2の液晶表示について、実はまだクセを私は把握しておらず、しかもRAW撮りだとどうとでも化けるFOVEONの奥深さもあるため、とりあえず撮ってみてRAW現像して初めて確認する感じがあります。

 で、DP2というのは銀塩リバーサル機を使っているかのような感覚があるのは事実で、それは外部オートストロボを使ってみても同じなのでした。
 基本的にアンダー傾向。B3000S側はISO400のF11オート設定で、カメラ側は「アンダーのほうがまだ救える」というデジタル機の法則に従って-0.3でしたが、露出的にはむしろプラス側へ振ったほうが結果はいいようです。
 RAW現像時にプラス方向へ振ってなんとかなるかもしれない範囲ながら、ここでもリバーサルを使ってる感覚に近いものがありました。

 そのへんの感覚を把握して使うなら、DP2と外部汎用ストロボの組み合わせに無理はありません。
 ただし動きのある夜祭となれば、AFにせよMFで使うにせよ、レリーズタイムラグが大きいカメラなのだと意識せざるを得なく、デジタルだとしても一眼レフが欲しくなってきます。普及機扱いでもKDXのほうがレリーズという点ではマシですから。

 正直、DP2ってのは気軽に使えるカメラではありませんよ。いろんな意味で。けれど「なんでうまくいかないかなー」と格闘する趣味的な楽しみがあるからなのですよね。
 失敗カットだとしても、これがうまく撮れてたらハマったかもしれない、という余地を感じさせてくれるのですよ。世評通り、FOVEONってのは凡百のイメージセンサーとは根本から違うんだと感じます。

 あとは撮り手のセンスと腕、ということにもなりましょうが、そこだけはねえ、どうしようもないですよねえ。エヘヘ(^^ゞ

Sdim0374_2

| | コメント (0)
|

再録 Cosina Voigtlander Snapshot-Scoper 25mmF4

 久しぶりにスナスコ25mmを使ったので、それについて再掲。以下、再録です。

P9600l25e3

 コシナ・フォクトレンダー、略してコシレンのレンズ。私、けっこう使ってる。本数は5本くらいだが、とくに使うのは25mmと15mm。スナップショットの冠名がついた目測式のレンズだ。
 目測式ということは、レンジファインダー機にくっつけても距離計はまったく動かない。そりゃそーだ。連動していないんだから。
 レンズの距離表示を見ながら、こんなもんだろうと距離を置く。そう、この「置く」という言葉がぴったりなんだよなぁ。

 コシナのLマウントレンズシリーズには目測式のレンズが2本ある。25mmと15mmは、BESSAシリーズ立ち上がりの当初に用意された2本のレンズである。
 BESSAシリーズはファインダーレスなのに露出計を搭載しているBESSA-Lから始まった。ファインダーがなくて距離計も搭載していないわけだから、レンズも距離計に連動する必要がない。そういう意味での目測レンズなのだ。

 目測式なんて面倒なんじゃねえの?と思われる方も多いと思うが、これが使ってみるとそうでもない。25mmくらいになると被写界深度が深いため苦労せずにピントを設定できる。
 「こんなもんだよなぁ」でピントを合わせると、フレーミングも「こんなもんだよなぁ」になってくる。レンジファインダー機というものは正確厳密なフレーミングが困難な場合が多いものだが、「こんなもんだよなぁ」という精神は撮り方に合っているといえる。

 そういったアバウトさを感じるのは私だけかもしれないが、レンジファインダー機を使うためには「アバウト」というのは必要な要素なのではないかと思っている。
 ファインダー視野はおおまかな撮影範囲の目安でしかないし、フルマニュアル露出機であれば、そこそこの露出に合わせるしかない。無段階制御のAE機ではないのだから、ピッタリ正確という露出にはなりにくい。
 そんな計測的、あるいは機械精密的なことよりも、撮影者本人がどういう露出で撮りたいのか。どんなイメージで撮りたいのか。撮影者本人の意思を前面に出さざるを得ないカメラがレンジファインダー機なのだと思う。
 だから頭の中で絵を描きつつ、操作のほうはアバウトでもいいんではないかと。それでもきちんと写っているのだからたいしたものである。カメラというのは親切なのだ。

 コシレンのレンズはリリースされた世代によって写りが違うように思える。BEESA-LからRまでの、初期の目測式レンズ2本を含めた数本が第1世代といえると思う。35mmF1.7Asp.、50mmF1.5Asp.、75mmF2.5あたりである。完璧型の写りではないように感じる。
 暗部がべったりと潰れやすく、ハイライトも飛びがちに感じる。色再現こそクセのないものだけど、全体的にはあまり誉められたものではないかもしれない。ストライクゾーンが狭いという感じ。使う場面を選ぶ。

 これがレンジファインダーブームをあてこんでぼったくった価格で売られているとなると「てめー」なのだが、そうでないところで私には許せる存在なのだ。
 25mmを買うと外部ファインダーもセットでくっついてくる。このファインダーがすっきりしていてなかなか見やすい。ボディがなんだろうが、距離計が死んでようが関係ない。外部ファインダーがあって距離計は連動していないレンズなのだから。
 ネジ込みのLマウントならばリングをカマせばライカMでも使える。25mmは小ぶりなレンズであるので、M型ライカよりもむしろCLやCLEなどのコンパクト機のほうが似合うかもしれない。

Sss25b

 ごく気軽に使えて、アバウトに使えるコンパクトな25mmレンズである。私はライツミノルタCLにくっつけて遊んでいた。なにやら特注の25mm固定スーパーコンパクトカメラの代用といった趣ではあるものの、リコーからGR21が発売されるまで、超広角レンズをコンパクトに持ち歩くなんてできなかったことなのである。

 私はどーも広角レンズをコンパクトにしたがる人間で、かつてはミノルタのP'sが24mmレンズ固定機だというのでヨドバシカメラへ走った。もう15年以上前である。
 だけどP'sはパノラマ専用機ということでがっかり。それ以来GR21の登場まで私の望むカメラは登場しなかったんである。そんなわけだからCLにコシレンの目測25mmでも十分に楽しかったのだった。

 今はライカM5を使っているから、じゃあコシレン25mmを使わなくなったかというと、そんなことはない。25mmか15mmかどちらかバーターで選んで連れて歩くことが多い。ヘキサノン28mmを選んだら外側は15mm、ロッコール40mmを選んだら25mm、という感じである。
 非球面レンズを投入していないせいか、この25mmレンズは全体的にフラット気味なのが助かる。35mmF1.7Asp.はヌケが良くてハッキリしている性格に加え、ハイライトが飛んでシャドーが潰れるものだから、もう普通に使うのは難しい。その点で25mmは少しおとなしいので、まだベッタリさ加減が救われているといえる。

 画質はこのクラスでは誉められたものだと思う。外部ファインダーつきでたったの\45,000だ。メーカー希望小売価格でこれなのだから、量販店の実販価格はかなり安いだろう。そういった価格帯の写りとしてはたいしたものだ。色分離もなかなかのもんで、画面全体もフラットな画質である。シャドーががっつり落ちるけど・・・。

 このレンズのなにがいいって、その外見だ。古いような、それでいて洗練されているような、とてもシンプルで端正な外見である。
 ピントヘリコイドに操作用のレバーが飛び出しているのもいい。目測レンズならではのピントレバーだ。慣れればレバーの位置でアバウトにピントを合わせられる。
 アバウトさに拍車をかけるのは、フォーカスクリックストップだ。3m、1.5m、1mの位置で軽くロックがかかる。まさに「スナップショットスコパー」なのである。

 買いなさいと人様にオススメはしない。現代的な基準からしたら、写りが物足りないと感じる人はおそらく多いであろうし、目測式レンズは使いやすいものではない。コシレンでこのクラスなら21mmを選んだほうが操作性も写りもいいはずである。
 このレンズは単なる私のフェイバレイトなのだ。使っていてなんだか落ち着く。のんびりと撮る気持ちになれる。古いカメラやレンズを使うより、私にとってはずっと気持ちが落ち着くレンズの1本なんである。(2004,04,20)

| | コメント (2)
|

角館の続き

 膨大で、かつ無意味な復旧画像データの中には、どうやらサムネイル表示やらWebの表示キャッシュも拾ってくれたらしく、5万カットのデータを現在整理中。
 復旧データのJpegは一定のサイズとは限らず、たまに大きく成長してしまった不当なJpegもあるため、画像ソフトで確認しつつ整理するのは、まさに苦行。

 でも副産物として、いつぞやクラッシュしたHDDに入っていたはずの、古いデジタル機で撮った絵や、銀塩で撮った画像を拾えました。
 私が画像を保存する時は、たいていCドライブの適当なフォルダへ落とし、あらためてデータドライブへ移すため、以前にCドライブとして使っていた現在のデータドライブたるDドライブには古いデータが残っていたんですな。

 今回のデータ損失は、自作機の電源取り回しに関するおのれの知識不足に起因すると思われるため、放置HDDがクラッシュしたのとは根本的に理由が違うと思ってます。
 けっこうな量のJpegが救われたのはラッキーながら、それを整理すんのが大変。そんな感じっす。

 話は変わって。

 撮りまくってきたデジタル画像の数々。デジタル機ってえのは気軽にレリーズしがちな傾向があり、ひたすら駄作量産マシーンと化してる感じがしますから。
 その中から取捨選択ってえ過程になるわけですが、とりあえず読み込む前に、撮影時に失敗したことがわかりきってる時点で、もうカメラ側で再生してサクサク削除しちまってます。
 で、残った画像をとりあえずパソコンへ読み込み、その時点でまた取捨選択。んでRAW現像時にまた取捨選択。そっから掲載画像を作成する段階でまた取捨選択。

 そうやってフィルターを通さないと、撮ってきたばかりの時点では撮影者の視点が強すぎてダメなんですよね。時間が経過して客観的な視点を持てるようになってから整理しないと。
 そんなわけで、速攻で掲載しないようにしてるんです。つまんないカットをできるだけ公開しないように。
 今回の角館はですね、撮ってる時点から「どうもノリがダメだな」と自覚しておりましたんで、なおさら公開する意欲に欠けます。

 いちおう持ってった機材の話をしときましょか。メインの位置にはM5にスナスコ25mm。どうせストロボ一発勝負ですから、目測式レンズでもなんら不足はなし。15mmの広さを警戒して25mmにしてみたわけです。
 んでサブがDP2のつもりだったんですが、これがまたレリーズしてシャッターが落ちるまでかなりのタイムラグがあり、踊り子さんのカットは舞いのタイミング的に全滅でした。B3000Sと組み合わせて使ってみたのにー。

 完全抑えのつもりで所持していたGRD2のほうが気軽に振り回せて、28mm相当という使い慣れた焦点距離の気軽さもあって、よっぽど活躍してくれました。結果は残せなかったものの、GRD2とDP2の使い方的存在意義っつーのを考えさせられましたっけね。
 これでなー、GRD2の端正な描写をするレンズに手ブレ補正が加わり、願わくば高感度時のノイズが少なくなってくれれば、言うことないスナップ機になるね。そんな感慨を抱きました。

 しょせん小CCD機という悲哀がどうしてもGRD2にはつきまとうわけで、それをカバーするためにはいろいろと足りないものがあると感じました。サクッと動くAFですとか。

| | コメント (2)
|

んー

 前回の角館の祭りは無職全開の頃でしたので、もう6~7年前ということになりますか。あの頃は有り余る時間を使って撮り歩いてたっけ、なんて思い出したりして。

① 夜祭の屋台や出店を冷やかして歩くには、GRD2が大変に威力を発揮すること。
② 夜祭にはシャッタータイムラグの大きなDP2はあまり戦力にならないこと。
③ 逆にシャッターの落ちるタイミングを身体で知ってるM5は使いやすいこと。
④ 古いカメラを所持して歩いてると、すっかり酔っ払った地元のジジイに絡まれてシャッターチャンスを逃すこと。
⑤ 撮り慣れてないと突撃するタイミングの感覚すら忘れてしまうこと。
⑥ 撮影行にはソロがいいけど、基本的に祭りは一人で行ってもあまりおもしろくないこと。

 以上、今回の教訓っす。

 まだ母艦でデータ復旧作業を行ってるため、撮影画像を読み込ませる気にならず、画像はナシなのでした。

| | コメント (2)
|

行くぜ

 天気予報通り!若干眠いっすけど、今宵は角館に出没する予定~♪

| | コメント (0)
|

再録 今後の写真業界を勝手に占う

 へー、こんなこと書いてたんだぁ。未来予測に関する記述というのは、偉い人が書いた論文であっても、あるいは無名の人が書いた覚書でも、その未来から振り返って読み返してみると、おもしろくもあり悲しくもあり。

 というわけで、10年前にこんなこと書いてました、という記事があったので再録。以下、再録です。

 銀塩の先行きというものに不安を感じるユーザーは少なくないのだろうけれど、業界にいる僕もはっきりと不安を感じている。
 ひたすら安くなっていくDP代。そのくせしてなかなか減らない経費。デジタル方面へ切り換える土建業者。などなど、少なくても現像所にとっては喜ばしい要因はなにひとつないのが現状なのである。

 かてて加えて、かつてのカメラメーカーはすでに銀塩カメラへあまり力を入れなくなり、銀塩だけで食っていけるメーカーは皆無という状況になってしまっている。どのメーカーもカメラ以外の商品がメインになってしまっているのだ。
 少なくても日本国内において、今後は銀塩が縮小傾向になっていくことは間違いない。写真専門店と現像所の淘汰がしばらくは続くことだろう。

 ただし銀塩そのものの供給はなかなか減らないのではないかという憶測も成り立つ。日本ではパソコンの急速な普及が遠因になって銀塩を圧迫している側面があるが、まだまだ銀塩でメシを食える国は世界に多い。
 そこへフィルムなどを供給するメーカーが存在する限り、日本国内においても感材の入手はできるはずだ。コスト高になることは避けられないかもしれないが。

 日本よりもパソコンの普及率が高いアメリカにおいても、保守的な層はかなり多いから、コダックあたりは銀塩でしばらく食っていけると思われる。
 西欧においても保守的な市民が多いから銀塩はしばらく大丈夫なのではないだろうか。

 しかしカメラの供給となると怪しいものはある。高価なカメラを求める層というのは日本以外では極めて少ない。日本で一般市民が簡単に買えるクラスが発展途上国では精一杯のカメラということになる。所得レベルの差ですな。
 そうなると、今後のカメラ供給は普及機が中心になっていくことは間違いないし、一眼レフよりもコンパクトカメラがメインになるのではないか。一眼レフなどはごく少数の専門的な人間だけが必要とするものになる可能性は大きい。

 キヤノンのEFマウントはデジタルカメラでも使用できる対応性があるから生き残る可能性はあるが、その他のメーカーはどうだろうか。ニコンやミノルタあたりの資金力が比較的にあるマウントぐらいが残れるかもしれない。
 深刻なのは旭光学あたりではないか。レンズの描写には定評があり、カメラ製造から撤退させるにはあまりにも惜しいメーカーである。将来的にメジャーになることが必至なデジタル一眼レフのレンズ専門メーカーとしてでも生き残っていただきたいものである。

 ただし現状の200~300万画素クラスのデジカメでレンズの描写が云々と語るも笑止、もっと細かい描写が可能でなければレンズ専業メーカーの存在価値がなくなってしまう。せめて500万画素以上、ノイズ発生を減らさなければ描写に言及できるだけのものにはならない。

 いずれにしろ、環境汚染と銀の浪費が伴う銀塩システムは早晩壊滅する運命にあることは間違いない。機械式のカメラなどは、工業芸術品としての価値しかなくなることだろう。
 なにしろ個人でフィルムや印画紙を製造することは限りなく不可能に近い。幕末の日本の写真師並に苦労する。個人で銀塩システムを維持することは不可能に近いのである。

 欧米の保守層が銀塩を見限る時が来たら、それがおそらく銀塩の終末ということになるだろう。発展途上国に対する供給は中国あたりが担当することになり、先細りになっていくだけになる。リサイクル性の高いデジタルシステムは時代の要請ともいえる存在なのである。
 アメリカの銀塩業界では、おおむね向こう25~30年は銀塩システムが生き残る、と試算されている。この根拠は、現在デジカメを使いこなせない層が世の中からいなくなるまで、という意味でしかない。
 我々はせいぜい今のうちに銀塩の高画質と臨場感、そして表現性を味わっておくべきである。そのうち、銀塩カメラを操ることが非常に贅沢な世の中がやってくる。現在、業界としては厳しい現状ではあるが、ユーザーがコストをかけずに銀塩写真を楽しめる最高の時期ともいえるのである。(1999,11,20)

 以上、再録。

 予測が当たっているところがあれば、考えすぎてるところもあります。一眼レフが普通の人と縁遠くなるという部分は甘かったですねえ。潜在的な一眼を使いたい欲求を持った人は世の中にたくさんいるということでしょうか。
 完全に予測がハズれてたのは、中国がいつまでもアナログデバイスの国だと決め付けてたことでしょ。今や台湾を追い越す勢いのデジタル普及で、いつまでもフィルムカメラを使ったりはしないかもしれません。

 田舎で銀塩趣味を続けることが難儀になる時期も、あの頃に予測していたより遅かったですよ。

| | コメント (0)
|

やっと出動するつもりに

 母艦のDドライブが、断続的に電源断になる症状に見舞われ、かなりデータを吹っ飛ばしてしまいました(^^ゞ
 どうもこのところHDD系の電源がきれいに回っていないようで、いくつかコードの取り回しを変えてみたり、不要ドライブを電源断のままにしてみたりしてますよ。
 本格的にデータ復旧作業に入って2日目。時間がかかるものですなぁ。データ復旧は。

 話は変わって。

 夜勤に入ってからというもの、どうも明け番の天候に恵まれず、我が家の一時期的な財政危機も重なって、すっかり出かけなくなっておりました。
 でもあさっては久しぶりにマシな天気のようで、雨は日中で上がる見込み。フフフ。角館の山車を見に行っちゃおうかなぁ。XP2s詰めたM5といっしょに。

| | コメント (3)
|

犬文字焼き

2009081700000012piaentview000

 完全に時期を逸しておりますが。大文字焼きならぬ犬文字焼き。

 秋田県大館市の夏の風物詩、大文字焼き。大館市といえば秋田県第2の都市。そして忠犬ハチ公の生まれ故郷でもあります。
 秋田犬会館も大館にありますね。品評会の歴代チャンピオン犬の写真がズラリと並べられているのが圧巻で、かつ秋田犬の近代血統の変遷が観察でき、なかなか興味深いものがあったりします。

 昨今ではハリウッドリメイクの「HACHI」制作、ならびに秋田犬長毛種のワサオが話題になるなど、秋田犬ネタが盛り上がるかもしんないとあり、犬文字焼きとなった模様。

 あまり大っぴらに話題にしちゃいかんのかもしれませんが、長毛秋田犬はわりといるんですよ。ただし秋田犬としては認められていないんです。品評会では論外。
 となれば、ブリーダーさんは長毛が生まれたら処分を考えますな。かのワサオが捨て犬として放浪していたというのも、なにかしらそういった背景を想像させてくれたりします。

 喜ばしいことに、そういった処分されてしまう長毛秋田犬を積極的に飼おうという動きが、大館市を中心として始まっています。
 ワサオはブサイクだということで話題になりましたが、毛を刈り込んだら普通の秋田犬じゃねえの?と思わせる顔つきなんですよね。毛が長いだけで差別されてるような。

 秋田犬はめんけえっすよ。大きいナリして寡黙で、でも密やかな感情がある感じで、控えめな風情がまた愛らしいのですね。

| | コメント (2)
|

Sigma DP2 その7

 このところ撮り歩いておりませんので、なかなかDP2の真髄に迫ることができずにおりますが、とりあえず現時点で強く感じているのは「DPシリーズはRAW現像ソフトとワンセットじゃなきゃ話にならない」です。

 RAWフォーマットで撮影することは、高画質の素材データを得るためにあり、その後のRAW現像処理過程が当然に必要で、そこから出力された画像が最終的なものになるわけですが、シグマDPほどこの傾向が強いカメラもなかなかないと思いますよ。
 というのも、RAW現像ソフトとしてカメラに添付されるSigma Photo Pro。コントロールの自由度がかなり大きく、どうとでもイメージを変えられる可能性が大きいんです。
 地味な繊細系から派手なガチガチの画像までRAW現像でイジれる範囲が大きいのですね。

 その一方で、撮影時の露出を補正するという意味ではフレキシブルさに欠け、露出失敗を救済する意味でのRAWという考え方は難しいっすね。
 きちんと露出を考えて撮る銀塩ライクなところがあって、その上で画像のテイストを大きく変えられる余地がRAW現像ソフト側にある、という感じです。
 しかも光源によって写りの具合が大きく変わってくるため、「一筋縄ではいかない」というイメージがシグマDPに与えられているように思えます。
 けれど、リバーサルを使ってフィルムスキャナで取り込む習慣を持っていたユーザーさんにとっては、そんなに面倒なカメラではないと思います。似ているのですよ。

 さて、シグマDP用のアクセサリーを少しご紹介させていただきましょう。

8205318_o1

 シンプルなアウトラインのボディであるシグマDPを構えにくいと感じるユーザーさんもいらっしゃることでしょ。こういったグリップも世の中にはあるということで。
 これ、両面テープ貼りなんですよね。見栄えはいいかもしれませんが、実用性にかなり大きな疑問を感じますけど、オリエンタルホビーさんで取り扱いがあるようなので、いちおうリンクを設定しときます。ここ

 私もシグマDPのホールディングはなんとかならぬかと感じていますけど、ボディのアウトラインよりも、ボディ背面のレイアウトを変えることでもっとマシになると感じています。
 もしグリップのようなものが設定されるとするなら、それは現行バッテリーの容量増大と同時に行われるべきものと感じていますため、次期モデルに期待したいと考えています。

14939770

 これはシグマDPへケーブルレリーズをセットするためのアダプターです。夜景などでもシャープな絵を吐き出すFOVEONですので、こういった需要もあるのかもしれません。バッテリー食うでしょうけどもねえ。
 これもオリエンタルホビーさんで取り扱いがあるようですね。私は海外のサイトで目撃した記憶があるのですけど、どこで見たのか忘れてしまいましたので、これもオリエンタルホビーさんへのリンクを設定しておきます。ここ

 オリエンタルホビーさんはドンケのカメラバックが安く、かなーり前から注目しておりましたよ。ここでしか扱っていない国内未発売品もありましたしね。
 でも久しぶりに見たら・・・・。そう安いわけでもない価格に改定されてますねえ。F-3Xなんて、そんな価格で放出して採算とれてんですか?という価格だったんですが。

 セール品はお安いのでワッチする価値はあると思いますよお。

| | コメント (0)
|

ふと思い出して重厚な本を

 時間があったらたくさん本を読みたいという欲求が若い頃から絶えない私。あの地獄の無職期間には、無聊を慰めるべく普段読まないような厚手の本ですとか、けっこう読みました。
 もはや私のトラウマと化しているほど心に傷が残った再就職運動ながら、そういった本を読めたのは人生のいい糧になったと思っています。

 そんなことを思い出しながら、本棚から引っ張り出して最近読んでるのがコレ。

K_h_b

 古い本なので最近の考証と合致しない部分はあるのかもしれませんが、まさに「ヒトラーの時代」といった感じの1930~45年までを丁寧に描いています。
 当時のヨーロッパを描くとするなら、政治と外交にヒトラーは欠かせない存在であり、単にヒトラーについてだけならず、その周辺と世界各国の政治家たちの動きを是々非々で淡々と描写しています。

 で。ヒトラーの愛人として知られるエバ・ブラウン。賢く献身的なドイツ女性の鏡とも言われるほど、ヒトラーに尽くしたことが歴史に残っているわけですが。
 二人が出会ったのは1929年。40歳だったヒトラーは17歳のエバに手を出したことになりますな。
 歴史上の人物と化しているヒトラーとエバの年齢差など気にしたこともありませんでしたが、よくよく考えてみると、おめえ、それロリじゃねえのか?と突っ込みを入れたくなります(^^;

 世の独身オヤジのみなさん。オヤジも捨てたものじゃないかもしれませんよ。いい物件から売れていくのが世の結婚の否定できない法則ならば、売れる前に物件を押さえるというのも手。
 ただしロリ扱いされないようにご注意を~。

Bundesarchiv_b_145_bildf05167300592

| | コメント (0)
|

ちょっとだけGF1の続き

 パナソニックGF1は、全体のシルエットが手堅いイメージがあって、とくに黒ボディはシンプル感があり、うまくまとまってると私は思ったんですが、某エンゾーさんのご指摘で「そういえばもうちょっと地味でもいいのか」と思い至りました。そこでエンゾーさんの真似(^^;

Pana_gf1_7
Pana_gf1_4

 レリーズボタン周りのシルバーも黒にしたいとこですが、そこまで画像をイジるスキルがありませんので(^^ゞ

Pana_gf1_5

 うーん。指摘されてみると、確かにいろいろとロゴが並んでますね。ファインダーにまでLUMIXだもんなぁ。

 レンズ付で9万円前後からスタートする販売価格とか。シグマDPシリーズのスタート価格と同じくらいですネ。
 レンズ交換式のリコーGRが出るのではないかとか、シグマDPの上をいくコンパクト機が出るのではないかなんていう噂は絶えませんでしたけれど、一眼のダウンサイジングという道がマイクロフォーサーズにはあったということでしょうか。

 こういったカメラを見てますと、パナソニックは勢いありますね。

| | コメント (0)
|

パナソニックの新商品について

 先日のアップデートトラブル以来、母艦の動作が安定しないところがあって、ひとつひとつ解決していってはいるものの、もう疲れて飽きちゃいました(^^ゞ
 もうXP使うのやめれっていうマイクロソフト様のメッセージを感じるなぁ・・・・。

 ところで、各社から新型カメラが続々と発表されているようですが、ちょっと琴線に触れたカメラがあったので取り上げさせていただきます。パナソニックのGF1ですよ。

Pana_gf1_1

 個人的にパナソニック機は信用しておらず、しょせん家電メーカーの商品にしか過ぎないであろうという偏見に凝り固まっている私ですが、このフォルムでレンズ交換可というところがよろしいじゃありませんか。

 ああ、E-P1も同じカテゴリーのカメラではありますが、あちらはなにやらオシャレ系のイメージが前面に出すぎな感じがして、カメラというよりファッションアクセサリーっていう感じがしちゃうんですよね。真っ白のデザイン携帯電話みたいな。
 いや、ファッションカメラだとしても、それが悪いというわけではないのですよ。ただ「くたびれたオッサンが持ち歩くにはどうか」というだけのことです。それを越える技術的興味は残念ながら存在しないように思えます。

 その点、宣伝としてはオシャレ系なのに、シンプルなカメラらしい外観であることが、GF1を魅力的に見せていると感じたのでした。
 こうして黒ボディを用意してくれてるところもニクいなぁ。外部ファインダーとしてコンパクトなEVFファインダーを用意しているところとか、ほぼ同時発売のパンケーキレンズがあるあたりも、カメラ好きを煽るのがうまいパナソニック。

Pana_gf1_2

 こういうのが登場しちゃうと、パワショG10/11あたりは苦しくなってきちゃいますね。レンズ込みで考えればパワショのほうが小さく使えるものの、レンズ交換できてEVFも使えるとなれば、GF1のほうがいいと考える購買者は少なくないんじゃないでしょうか。

Pana_gf1_3

 やー。パンケーキレンズは黒でないのかい。40mm相当というシブいレンズなのに。それでもあれか、たくさんレンズが選べるラインナップが整うならば、気合を入れたド級レンズからお手軽コンパクトレンズまで気分とノリで変えられるか。

G714

 このレンズを使える小さなカメラというのもね、ちょっと私は刺激されたのでした。おもしろそうなレンズじゃありませんか。14-28mm相当で使えるワイドズーム。
 デジタルでの超広角域というのは、どこかに不自然さを感じる変な絵になる先入観があり、銀塩であれほど広角レンズで遊んでいた私はあまり興味がありませんでした。
 けれどこのレンズで撮られたカットをあちこちで拝見し、これならデジタルで超広角域を使ってもいいな、と感じたのですね。

 もちろん、コンパクトなGF1に派手な広角ズームを装着する矛盾は承知の上。ただこの組み合わせでも使えるのだな、と確認したまでですよ。
 手ブレ補正内蔵の真面目なマクロレンズも発売され、マイクロフォーサーズという規格の中だけで遊ぶなら、けっこう楽しめそうな感じがします。

 いや、もちろん私は買いませんけど。DP2と心中する覚悟ですので(^^;

 パナソニックからもうひとつご紹介。

Fp8_1

 DMC-FP8。28mm相当からの4.6倍ズームを搭載した、潜望鏡タイプの屈曲光学系を持つ、なんてことはないスリムタイプのカメラに見えて、実は高速動作に注力した機種なんですね。
 公称で起動時間が0.95秒。AF駆動から撮影可能になるまでが0.25秒と、このクラスのカメラとしてはがんばったチューンナップを施されていたりします。

 もちろんあたしゃパナソニックのコンパクト機には手を出しませんし、もうちょっと上手にデザインをまとめられなかったんかい!と感じますが、真面目に動作速度の短縮を図っているパナソニックの姿勢には、チンポが頭が下がる思いであります。
 キヤノンが高画素化競争から一歩引き下がったかのようなシリーズをリリースした点も、本当にダイナミックレンジの拡大が実現されているなら、やはり歓迎すべき動きかと思います。
 フジ写は何年も前から取り組んでいましたけどもねえ。どーも決定打がなかなか出ないまま。



| | コメント (2)
|

またまた補足(^^ゞ

 「日本唯一のインターセプター」などと鐘馗を表現すると、海軍に雷電があるではないかと、必ず海軍ファンから突っ込まれますな。
 つまづきが多くてモノになる時期が遅すぎた雷電を、インターセプターとして認めていいものかどうか迷うところですが、間違いなく開発コンセプトはインターセプターでありましたね。

Mitsubishi_j2m

 Wikipediaからかっぱらってきた画像です。太っちょなフォルムが個性の海軍局地戦闘機である雷電っす。局地戦闘機ってのは日本海軍独特の表現で、ようは地域防空専従の迎撃機を意味します。
 海軍機は洋上作戦が基本であり、航空母艦上で運用される艦上戦闘機が主流で、それと区別するべく陸上の迎撃機に局地戦闘機というカテゴリーを与えたんですな。

 雷電の開発スタートは昭和14年。前年に陸軍が鐘馗の開発を開始してますから、今よりのんびりしていた当時の時間の流れからしたら遅くありません。
 きっかけは、日中戦争で時折飛来する中国軍の爆撃機対策でした。中国はソ連製爆撃機をいくつか保有していて、忘れた頃に日本軍の飛行場を高高度爆撃しに飛来したのでしたが、たまたまラッキーヒットで日本海軍飛行場の司令所を爆弾で吹き飛ばしたことがあるんですね。
 そこにいた将官は死傷し、塚原二四三が片腕になっちまったのは、わりと有名なエピソードであります。当時配備されていた96式艦戦では発進しても間に合わなかったのですよ。零戦に迎撃機として20mm機関砲の搭載を求めたのも、こういった爆撃機に手を焼いた体験からかと思われます。

 さて雷電ですが、海軍戦闘機御用達と目されていた三菱に発注されたものの、当時の三菱は堀越二郎のチームしか戦闘機開発チームがなく、堀越のチームは零戦開発とその手直しで精一杯。とても雷電まで手が回りません。
 そうこうしているうちに雷電の開発は後手に回り、スタッフの病欠なども加わってスケジュールが遅延していきます。

Raiden

 鐘馗と同じく、雷電も大馬力エンジンによる上昇力を求めたコンセプトですが、鐘馗の頭でっかちフォルムと違い、全体を紡錘形にまとめています。カツオブシのような形ですね。当時はこういったフォルムが空気抵抗を減少させるという理論が出始めた頃で、それを採用したわけです。

 けれど大馬力エンジンが爆撃機用の大口径空冷エンジン(でっかいので空気抵抗が大きく戦闘機には不利)しかないのは陸軍の鐘馗と同じで、先を細くしたカウリングのためにブロペラ伝動軸を延長したんです。
 この延長軸がプロペラ全体の振動を招き、空気抵抗に留意しすぎて採用したフォルムが仇になり、挙句に搭載されたエンジンがなかなかパワーを発揮できないという不運が加わり、一向に雷電は戦力化されないままでした。

 昭和14年に試作が始まったのに、細かい不具合を克服できないまま18年9月まで量産化に着手できないという体たらく。
 もうとっくに対米戦が始まっていて、米軍の重爆撃機の強力な防御をすでに体験していたというのに、期待の局地戦闘機はまったく貢献できないままでした。
 雷電の開発遅延にイラついた海軍が、当時は水上機専門メーカーと思われていた川西の自主開発戦闘機提案に乗ったのも自然なことで、そこから紫電→紫電改という流れが生まれるのは、また別な話。

 本格的に雷電が活動するのは昭和19年後半以降となり、モロにB-29迎撃戦の時期にブチ当たります。
 雷電の特徴として、20mm機関砲を4門搭載していたことがあげられます。20mm以上の口径の機関砲弾には炸薬と信管が内蔵されていて、期待に命中した際にはかなり大きな穴を開けます。
 12.7mm以下の機関銃は、弾丸は金属の塊のままなので、当たれば穴が開くとはいうものの、目標に与えるダメージは20mm以上の弾よりも小さいのが常でした。

 陸軍では12.7mmにも炸薬内蔵弾を採用していましたが、航空機用機関銃の開発で劣っていた日本は機関銃側への負担を考えて軽量弾を採用しており、軽い弾なもんだからすぐ地球の重力に負けて落ちてくヘロヘロ弾。炸薬内蔵弾はあまり活躍できなかったようです。

 開発が遅延した雷電は、同時期に川西で開発された紫電改と比較して劣る存在と見られるようになりました。
 紫電改は誉エンジンの不調があるものの、エンジンさえまともなら零戦をしのぐ能力を発揮し、万能戦闘機として期待してもいいくらいの出来でした。迎撃機専従の雷電は弱い立場になってしまったのでした。
 ただし雷電は紡錘形の太い胴体を使っていましたんで、ターボチャージャーを追加するなどの後付け改良に有利な容積の余裕があるとして、製造は終戦まで続けられました。

 一時は零戦をやめて雷電を海軍主力戦闘機にしようというオッチョコチョイな方針を立てた海軍ながら、結局は改良の余裕のない零戦をチビチビと改造しながら使い続け、次期主力戦闘機たる烈風の開発に失敗し、横合いから登場してきた紫電改に頼ろうとしても、搭載してる誉エンジンがハズレといった状況。
 結局のところ、海軍は零戦初期型以降にモノにした戦闘機を得られないままだったのですよ。それは海軍当事者のワガママや余計な口出しに起因するものであったし、戦闘機チームがひとつしかない三菱に頼った見通しの甘さでした。

Raiden_h

 ただし雷電のフォルムは、ズングリと太い日本機らしくない形の中に、やはり日本機らしい細かいラインが散見され、好きな機体として雷電を支持する航空機ファンが少なくないのは理解できます。
 当初のコンセプトは明確であったはずの雷電。ああでもねえこうでもねえと余計な口出しをするユーザーがいなきゃ、もっと早く実用化できた可能性があるだけに、惜しい機体だったのかもしれません。

| | コメント (0)
|

前エントリーの補足 鐘馗について

 零戦に並べていきなり「鐘馗」といってもわからない読者が多くて当たり前ですね。かなーり前に旧ほんたわに書いた気がして探したら、ありましたありました。

 以下、再掲です。

 発作的に航空機ネタで申し訳ない。掲載の画像は、もはや出所がわからない。いつもの無断転載ということになるのかな。キ-44の2型である。

Ki44

 キ-44なんて書くと、いかにも専門的でいやらしいな。旧日本陸軍の二式単座戦闘機『鐘馗』と書いたほうがわかりやすい。

 どうだろう、このフォルム。エンジンがやたらでっかくて、主翼の面積がいかにも小さい。まるでスピードレーサーではないか。私は個人的にこのスタイルがたまらなく好きなんである。
 けれど鐘馗はれっきとした戦闘機。スピードレーサーではない。では、なぜこのようなフォルムになったのか。ちゃんと理由がある。

 鐘馗の基本計画は、インターセプター、つまり迎撃機としての性格を反映させたものであった。昭和13年下半期に、中島飛行機へ陸軍から研究指示が下ったという。大東亜戦争開戦の3年も前である。
 とかく前近代的だと評されることの多い旧日本陸軍ながら、航空機に関してはかなり先進的な開発意識を持っており、昭和13年の時期に対爆撃機迎撃用の専門機を意識していたのは、かなり評価されるべきである。

 迎撃機は敵機の侵入を撃退する機体であるから、第一に上昇力が要求される。そのためには大馬力エンジンの搭載が必須となる。鐘馗が頭でっかちなのは、当時は爆撃機用の大口径エンジンしか高馬力のエンジンがなかったからだ。
 主翼は飛行機に揚力を与えるものではあるけれど、面積が大きすぎると空気抵抗になってしまう。かといって小さくすると運動性に劣る。けれど迎撃機は一直線に上昇して、敵機を叩ければいい。そのために思い切って主翼を小さくした。だから鐘馗は頭でっかちで小さな主翼なのだった。

Ki44_2

 当時も今も、日本人というのは十徳ナイフのような多用途性を求める傾向がある。後継機の開発が進まず、終戦まで零戦を使わざるをえなかった旧日本海軍は、零戦に長距離戦闘機と迎撃戦闘機の両面の性格を求めた。
 当時の実用艦上戦闘機として、例を見ない長距離侵攻能力を達成するため、防御能力を削ってまで燃料を大量に搭載した。そのくせして対爆撃機用に大口径機関砲を搭載していた。
 万能戦闘機を求めたのに、零戦はあまりにもギリギリの設計をしたため、改良の余地がまったくなくなったのは、軍用機ファンならみんな知ってることだ。

 その点、旧日本陸軍機の場合、性格づけがはっきりしている。長距離侵攻能力が欲しいから一式戦。インターセプターが欲しいから二式単戦。水冷エンジンの高速機が欲しいから三式戦。連合軍の重戦闘機に対抗したいから四式戦。コンセプトが明確なんである。
 航空機開発メーカーに対する軍側のゴリ押しも、海軍ほど陸軍はひどくなかったようである。本来ならば技術系の理解は軍艦という機械相手の海軍のほうがありそうなものだが、現実には下手に知恵がある分だけ、海軍のほうがメーカーにちょっかいを出したがったようだ。

 話を鐘馗に戻す。わずか1,500馬力級の空冷エンジンを搭載していたわりに、鐘馗は防空戦に活躍した。コンセプトがしっかりしていたので、終戦まで使うことができたのであった。
 B29の飛ぶ高さまで上昇するのが難儀だったのは、日本エンジン開発陣に共通の未熟さによるもので、鐘馗を設計した中島飛行機の罪ではなかろう。機体設計はしっかりとした設計思想に支えられていたのだ。
 10月2日に書いた(2009年注・2004年の10月2日のこと)四式戦闘機「疾風」の現設計は、この二式単戦である。二式単戦の3型として企画された機体が、四式戦に発展した。側面図を見ると、中島飛行機流のフィニッシュが共通しているのだった。

 ちなみに「鐘馗」とは、唐の玄宗皇帝が熱病にうなされていた時、夢の中に現れて悪鬼を退治したと伝えられる英雄である。そのため疫病を追い払う神として、日本でも古くから信仰を集めている。
 敵の爆撃機を悪鬼になぞらえ、日本唯一のインターセプターへ「鐘馗」と名づけた当時の命名者は、なかなかのセンスだったと思う。

 最後に、小池画伯による作品を無断転載しておく。(2004,12,6)

Ki44_5

 以上、再録。

 小池画伯の絵は、頭でっかちのスピードレーサー然とした鐘馗のフォルムをあまり意識させない角度からの構図ですが、これから薄暮爆撃を敢行しようというB-29を望見しつつ、編隊を解いて突撃にかかる本土防空戦の図でやんす。

 実際のところ、ターボチャージャー装備で悠々高度1万メートルを飛来するB-29に対し、日本側の迎撃機は機械式加給器(スーパーチャージャー)しか装備できず、空気が薄い高空でフラフラと飛びつつの迎撃でした。
 B-29はターボのほかに与圧システムを機内に備えていました。現代の旅客機と同じく、機内に圧力をかけて気圧が下がらないようにしていたんですね。1万メートルの高空を飛んでいても乗員はTシャツだけで過ごせたそうです。日本の迎撃機パイロットはブ厚い防寒服にニクロム線を通してほのかに暖めて酸素マスク必携だったというのに。

 撃墜したB-29の乗員がTシャツ姿だったのを見て、大本営報道部は「ヤツらは着る衣服の繊維をケチるくらい追い詰められている!」と宣伝したらしいですが、なんのことはない、科学技術力の差が乗員の軽装に現れていただけのこと。
 当時の技術者は正確にそれを認知していたらしいんですが、なにしろ戦略物資はヤミに流したほうが利益がはるかに大きい当時の世情。希少金属が確保できないと開発が覚束ないターボチャージャーは、実用化できなくて当たり前ってな具合だったらしいですぜ。

 当時のいろんな記録を読んでるとですね、今も昔も日本という国の仕組みはなにも変わってない気がするのですよ。政権が変わったからといって、そんな簡単に変わるものとは思えないのですね。
 「戦後」は終わっていないし、明治以降どころか、江戸開府以来、日本人ってなにも変わっていないように思えるのですよ。あくまで私見ですが。

| | コメント (2)
|

週刊○○を作る

 『週刊 埼玉県庁を作る』をオオッ!と感激してしまった私のようなタイプは、とかくこの手の模型モノに弱かったりします。
 昭和の鉄道模型は最後までがんばっちゃったし、フェラーリ買いそうになっちゃって大変でしたし~(^^ゞ

 で、昨今は『週刊 零戦をつくる』のTVCFがにぎやかでやんすな。1/16スケールといったらかなりの大きさじゃないですか。しかも金属製ときたもんだ。
 するってえとメタルプライマーがないと塗装できねーか。メタルキットは経験ないから不安だのう。21型はカウリング回りが貧相であまり好きじゃないけれど、様々な塗装バージョンを選べる利点はあらぁな。骨組みから組み上げられるってのがいいよなぁ。

 TVCFを見つつ、まあいろんなことを瞬時に考えたりするわけです。

Issue_1_1

 創刊号は\790かぁ。鉄道模型の経験から、最終的にはけっこう大きな金額を投下していることになるこの手の企画。
 何年計画で出版するつもりなのだろうかとWebサイトを確認してみましたら・・・・。

http://deagostini.jp/zst/

 100号かよ。2号以降は\1,590でしょ。およそ\160,000。そんくらい出したら、あらかじめ塗装してある完成品がケース付で買えちゃうかも。マジで。
 自分で組み上げる楽しみがキットにあるのは承知しているものの、なんぼなんでも金額大きすぎだろうと思うのでありますね。こうして手を出すのをやめる理由を発見して、自分に言い聞かせるわけです(^^;

 このくらいの金額の企画ができるんなら、それこそ『週刊 ニッカをつくる』だとか『週刊 ヤシカマットをつくる』くらいできちゃいそうなもんですよね。
 いや、マジでヤシカマットならキットでイケちゃうんじゃないでしょうか。シャッター部品とレンズは中国から調達して。ヤシカマットが無理なら海鴎でもいいから。海鴎ならあんまり高くなんないからサラリーマンでも手が出るかもしんないしー。

 零戦だから我慢できるわけですが、これが鐘馗だったりすると間違いなく手を出しちゃいます。マイナーだから絶対に売れませんけどもね~。

| | コメント (2)
|

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »