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再録 Contax G1

 地元の学校が負けちゃうと、甲子園がいまひとつ盛り上がらなくなりますねえ。今年はもしかしたらイケるのではないかと思ってたら、同点で競ってサヨナラ。
 これで県勢は甲子園初戦1312連敗ということになり、北国+学校の少なさってのはハンデなのかもしれません。

 地方大会でノーエラーというところは見事なもんでしたけど、甲子園に行くとアガっちゃうんですかね。エラーがなきゃ勝てたかもなー、というとこでした。
 けっこういいプレイをしてたのに。あとひとつなにかが足りなかったということで。明桜チームには「がんばったやんか」と声をかけてあげたいところです。

 以下、再録。

 すでに世の中にはコンタックスG2というカメラが発売になっているというのに、わざわざG1を選ぶあたりが大変に私らしい。

 ツアイスのレンズを使ってみたいという気持ちは当初なく、ツァイスユーザーの間で「クセ玉」と悪評が絶えないプラナー35mmを使ってみたかっただけである。
 その頃は35mm男であったし、ツアイスの写りは未経験であるから、皆さんがクセ玉と評するその具合が推測できなかった。しかも天下御免の天邪鬼である。なにがツアイスかぁ、と周囲の忠告なんぞ聞く耳を持たなかった私である。

 G1は造形的に好きなカメラである。機能美であると言い張りたいかもしれない無理矢理な部分と、優雅なラインが同化して、不思議なアンバランスさ加減が魅力に感じる。そして全体的にはうまくまとまっている。
 不均等の美とでもいおうか。例えるならカワサキGPz400Fのメーター回りというか。こんな例えじゃわかんねえか(^^;

 このG1は私の初コンタックスということになった。もちろん最初はおっかなびっくり使っていたが、使っているうちに「けっこうカネかかってんなぁ」と思うようになった。所有感がかなり満足するのだ。
 露出補正ダイヤルとAEBのスイッチが特等席にあるのが使いやすい。中央部重点測光のAE機となれば、露出補正は頻繁に行う可能性がある。私はAEB機能をほとんど使わないけれど、どうにも困ってAEBに頼ることはあるのだよ。
 ズームファインダーは意外に見やすい。情報量も豊富である。パララックス表示のため周囲が黒マスクで遮蔽される。これは慣れないと違和感を覚える。レンジファインダー機から切り替えた人は使いにくいと感じるだろう。

 世評通りに90mmではAFが役立たずである。まったくピントが合わないわけではないが、かなり迷う。そして測距エラーが出る。
 AFが検出しやすそうな場所を狙ってみるのだが、それでもエラーは頻繁に出る。やはりレンジファインダーAFは望遠レンズじゃ無理があるのか。
 ただしピントが合ってもいないくせに合わせたと表示するような手抜きAFではないので、そういった意味では信頼できる。90mmを使う時には焦らずじっくりと使うことが肝要であろう。

 で、プラナー35mmなのだけど、色はきれいに出るのだが、なんかピリッとしない。二線ボケが出るというのは知っていたけれど、二線ボケ以前の問題ではないかと思った。そのくらいに感動がないレンズであった。
 21mmは逆にあまりにも当たり前に写ってしまい、広角レンズにありがちな破綻がまったくない優等生である。だからつまらないというところはある。

 やはりメーカーが標準レンズとしている45mmを使わねばならなかったのだ。45mmと地味なリバーサルの組み合わせは、これがツアイスかぁと納得がいく。とにかく写りが上品なのだ。被写体を美しく描き出す。
 まるで自分が上手になったかのように錯覚する写りというのはなかなか経験できない。この45mmを使いたいばかりにGシリーズに手を出す人がいても不思議ではないくらいだ。

 機能的にはG1はG2に及ばない。AFの合焦に大きな違いがあるからだ。G1はすぐ測距エラーを表示したがるけれど、G2は粘ってピントを合わせる。
 この1点だけでG1をダメカメラだと決め付けるカメラマスコミはどうかと思う。気楽な散歩写真にはG1の能力で十分であり、なによりデザインは初代機のG1に軍配が上がる。趣味性はG1のほうが高いのではないかと思うのだ。(2004,02,22)

 以上、再録。

 G1は今でもいいデザインのカメラだと思ってますよ。女性的な上品さがあります。G2はもうひたすらイカついだけって感じで。
 それでもコンタックスGシリーズをガンガン使おうと思ったら、やはりG2を選んでしまうのは自然なことかもしれませんね。AFの信頼性が全然違いますから。
 2台体制であるなら、気軽なブラブラにはG1、それなりに撮る気になってる時はG2っていう使い分けができそうです。

 P35mmは個人的に気に入らないレンズでしたけど、このシリーズのレンズは小さく持ち歩ける高性能でした。しかもAEとAFで使える気楽さも兼ね備えて。ただしボディはそれなりに重いので、軽量なシステムとまでは言い切れません。
 このレンズシリーズを生かしたフルサイズのデジタル機があったら、さぞやおもしろいだろうなぁとは思うものの、銀塩で優秀なレンズがデジタルでも通用するとは限らないところが、ちょっと寂しいのでありました。

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コメント

いやぁ、良いカメラですよね。
私もいただいてから寵愛しております。
銀塩ではLXと並んで出動回数が多いカメラですよ。
ヘキサー食っちゃったもんねぇ。

まぁ、45ミリが良かったからですけれど。
デザインも素晴らしいレンズも素晴らしいなので
文句付けようがないです。
ストラップはキャンバス地のペンタックスの白を
つけてますがこれまた似合います。
このカメラは良いです。

投稿: ぴゅんぴゅん | 2009年8月15日 (土) 18:55

いま考えてもバブリーなカメラですが、華があるカメラだったと思います。
銀塩でやることがなくなってきて、隙間を狙った感がありますね。
没落寸前だった京セラコンタックスとしては珍しいスマッシュヒットでした。

ぼかあE-P1みたいな形よりは、モニター小さくていいからG1のような
レンズ交換式のフルサイズデジタル機が欲しいです。つーか、デジタルが
行き着くところまで行き着いたら、きっと銀塩末期の頃と同じ現象で
「そこまで凝らなくても・・・」というようなカメラが出てくると思いますが。

投稿: エンゾー | 2009年8月16日 (日) 13:11

ぴゅんぴゅんさん >
G1は先入観なく使い出せればいい相棒になってくれるカメラですよね。
「こういうもんだ」と意識して使い、かつ使う側がカメラの弱みをカバーしてあげれればそれでいいことですもん。
だいたいにおいて、絶対的なものを望む存在じゃないですよ。
あくまで「一眼レフ用よりエグいツアイスを使うため」のベースでしかなく。
 
エンゾーさん >
ホント、今でも存在感があるシリーズですね。私も手放せません。
カタログデータ的な性能だけを追うなら、わざわざこんなAF機を使う必要はないはずで、それでも華と存在感があるということは、写真やカメラは数字じゃねえよって話でして。
実際、ツアイスって数字じゃありませんでしたもんね。「味」の一言。
 
コンタックスGシリーズのようなデジタル機を出す勇気は、もうどのメーカーにもないのじゃありませんかね。私はそう感じています。
んで、今のデジタルにフィットしてしまった市場とユーザーの感覚では、なかなか良さは理解してもらえないんじゃないかと。
そういった意味でも、銀塩時代の浪花節的存在感のカメラは出現しにくいのではないですかね。
 
そんな中で、リコーGRとGXがそれなりの存在感を放っているのはうれしい限り。
シグマDPがもうちょっとユーザーに優しいカメラなら、なおうれしいところでしたが(^^;

投稿: ビヨ | 2009年8月16日 (日) 14:32

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