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再録 東北の中の異邦人

 旧本家のたわごとをバッサリ削除してしまったため、古い生記事を読めないという苦情が殺到しております。今後、気が向いた時に再録でアップしたいと思ってます。
 とりあえず旧たわごと初期の1発目の記事を。以下再録。

 秋田県人はポルトガル人ではないか、などと、とんでもないことを声高に推理する学者がいるらしい。(注・当時)東京都立大教授の英文学者、高山宏教授である。
 教授は自らの編著に「秋田美人は骨格からして違う。『秋田大黒舞』などの舞踊は東北の中で異質の明るさを誇る民謡だし。秋田の人間は遺伝子からどこか違うのではないか」というようなことを書いておられるらしい。秋田の地元紙、秋田魁新聞に掲載されていた。

 指摘されてみると、確かに秋田の人間は根本的に明るい。というか、まるでなにも考えないで笑ってるようなところはあるかもしれない。
 小難しい非生産的な話題は敬遠される傾向があるし、とにかくパーッと陽気にやってしまう。どうせ物事やらなければならないのなら楽しんでやりましょうよ、という考え方が秋田人の根底にあるのではないかと僕は思っている。
 ノー天気のアホではなく、人間関係と仕事の能率向上といった面の向上を、浪花節的思慮深さで消化しているところがどこかにあるのではないか。

 高山教授は、江戸期に秋田へ旅してきた平賀源内を引き合いに出している。このエキセントリックで奇矯な男は、どこへ行っても変人扱い、あるいはサギ師扱い。
 わけのわからんエレキテルなんていう話題もエキセントリックながら、人柄もかなりエキセントリックではあったと伝えられる。大多数の人間に理解されなかったというが、秋田では喜ばれてものすごい歓待をされたという。お客さんが来るというのは楽しいことだね、というのは現代でもここ秋田にはあるノリなのだな。

 千利休が実はポルトガル人であった、とこれまた首をひねりたくなるような説を唱える歴史学者に対し、高山教授は「千利休よりも秋田人がポルトガル人だ」と力説する。
 ここでいうポルトガル人とは「ラテン気質」という意味合いである。イタリア政府観光局によると、ラテン気質がなんたるものかとは「太陽の下、おいしいものを食べて開放的にふるまう。したがってエンゲル係数が高くて食い倒れ状態、遠来からの客を喜んでもてなす」というものらしい。うーん、まるで秋田県人ではないか。

 秋田人に対する気質として、東北人という大きなカテゴリーから「真面目で無口、黙々と己の仕事を遂行する」なんていう一方的で勝手なイメージが語られる場合が多いようだ。これは主に首都圏においてである。
 だいたいにおいて、秋田県が日本のどこにあるかも知らない連中の抱いている勝手なイメージであり、単なる余計なお世話ではあるのだが。

 僕個人についても、東京時代に僕を秋田県人だと素早く見抜いた人はひとりもいなかった。たいがいは「大阪」「広島」「九州」といった推理ばかりが飛び交っていたようである。
 まあ僕には古い九州の血も入っているようだから、あながちそういう推理も的はずれではないのだけど、少なくても現状では5代さかのぼっても秋田人なのが僕なのだ。

 しかし地元大学の客員教授の分析によると「見栄張り、酒飲み、物質よりも精神性を大事にする」となる。33年間(注・当時)秋田人をやってると実に納得できる見方なのだ。
 新車の販売台数がやたら多い。だから自動車業界では秋田営業所への転勤は栄転である。家計に占める冠婚葬祭費の割合が突出して高い。だから書籍代に回すカネはない。
 酒の消費量は全国でトップを争う。とくにウイスキー一級酒の消費は秋田市が日本でダントツだ。安売り店がいまひとつ繁盛しない(平成21年現在は違う)。価格だけで買わないからだ。
 食べ物の味だけはこだわりを持った人間が多い。しかしそのこだわりは噂が先行しておいしいような気がしているだけで、新しくできた飲食店はうまいまずいに関わらず必ず繁盛する。でもツブれるのも早いのだった。
 人口に占める美容室の件数は日本一である。しかも美容室に限ってはどの店もツブれない。それだけ需要があるということなのである。

 ざっと思いつくまま秋田の特徴を考えてみてもこれだけ思いつく。悪い表現をすると、秋田人は刹那的な生き方をしているかのようにも思えるが、このへんがラテン的というやつなのか。

 直木賞作家で秋田出身の西木正明氏は「底抜けに楽天的。それを秋田県人は自覚していない」という。先出の高山教授は「秋田人の明るさは受け入れる懐の深さでもある。岩手県人などは秋田県人に対してコンプレックスを少なからず持っているのではないか」とまでいう。
 うーむ。そうかもなあ。たしかに僕の(注・当時)勤務先における盛岡営業所の人は、なんか暗く見える人が多いし冗談もつまんなくて笑えない場合が少なくない。彼らの下ネタもいまひとつカラっとしてないしなあ。

 秋田は雪国、冬は厚い雪雲と寒さ。どこに明るくなる要素があるのかとも思うが、秋田県は古来から外部との自由な交通が地勢上実現できない環境にあり、ほぼ完全に1,000m級の山に囲まれ、海沿いは険しい岩場で遮断されている土地柄であることも異質な文化がある理由のひとつにもなっている。

 秋田にはなぜか関西圏の文化が色濃く見られ、これはかつての北前船による関西文化の流入、という側面が一因になっている。陸路より海路のほうが来やすい土地であったからだ。秋田の言葉には関西弁と同じ言葉がわりとある。「なんぼ?」などはその代表的なものだ。
 また、大和時代の古い文化が生き残っているといわれる。これも言葉の中に見られるもので、国語学者の金田一京助氏は、秋田の方言の中に古い日本の発音法を発見し、大和言葉の音読み研究のため数度にわたって秋田へ通ってきている。

 そういう文化流入の少ない土地ながら、この大和時代の文化が生き残っているかもしれない、という部分、すなわち縄文・弥生時代から綿々とつながる母性社会の陽気さが秋田人のラテン気質に共通するものがあるのではないか、などと歴史好きの僕は考えたくなるところだが、秋田魁新聞は興味あるデータを掲示している。
 4月から10月までの秋田市の平均日照時間は、東京よりも269時間長く、なんと南国の宮崎市より41時間も長いらしい。意外や意外、秋田は太陽が燦々と照りつける明るい土地だったのだ。
 そして11月から3月は冬場なんでひたすらどんよりしてるわけなのだけど、ラテンと雪国というメリハリがまた秋田人に及ぼす影響は少なくないのであろう。単なる東北の雪国というイメージは違うなあ、こりゃ。やっぱり暮らしてるとラテンになっちまうのかも。

 全国のみなさま、東北人の中で秋田県人だけは見る目を変えた方がよさそうでありまするぞ。

 以上、再録。秋田市の年間日照時間がとても少ないということがよく地元で話題にされるのですが、冬場を除けば南国宮崎市より天気のいい土地であることを見逃してはなりません。ラテンのノリになる要素が秋田にはあるのでした。姉ちゃんはきれいだしね。

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コメント

BEYOONTAVOX:ほんたわ これは文化史になるかもしれない。

投稿: cabu | 2009年7月13日 (月) 21:45

同じ雪国人として楽しく面白く拝読!

「おまえの中には蝦夷の血が流れてるんぞ」と
子どものころから
酔った親父に云われてきましたしね

まして秋田ラテン理論はさらに楽し~!
天地人の兼続は
田んぼの生産性をあげるために(?)
夫婦の営みを奨励したと云われてて、
それは
単に産めよ増やせよではなく
夫婦愛の快楽、幸福感をあおったとも云われてます
「田で働く女房は赤い腰巻をつけよ!
かがんで腰をふり亭主をはげませよ!」な~~んて
文献もあるらしい

大らかなスケベが元気良かった時代、
今は?????

投稿: ゆきねこ | 2009年7月14日 (火) 11:32

cabuさん >
再録モノですので。しかも10年前に書いたものでっせ。今と違って、建設的で啓蒙的なことを書いておったのですねえ。我ながら感心(^^ゞ
 
ゆきねこさん >
蝦夷の血っすか。個人的には、アイヌ(原日本人=沖縄系とルーツは同じ)・縄文人・弥生人、という3つの区分が当時あったのだろうと推測しておりまして、いわゆる蝦夷ってのは縄文人のことと理解しております。
私の身体には弥生人的特徴が色濃く残り、とくに半島系と思われる痕跡が散見されます。主に母方の血筋から来ているようです。
ところが父方はズブズブの原日本人系であり、たぶんアイヌコタンでそれらしい格好をしていても誰も疑わない一族メンバーもおりますね。
赤い腰巻に色気を感じない私は、やはり斜め上の血なのでしょうかねえ。張り切って勝負下着で赤いのつけてる女性がたまにいますが、脱がしてもビックリするだけでつまんなかったりします(^^;
やはりインナーはシンプルに(以下略)

投稿: ビヨ | 2009年7月14日 (火) 18:23

幸福実現党党首・大川きょう子が、最初はちょっとショシがって人前さ出てしゃべってるんた感じでも、ノってくれば、なんたごどでもしゃべってしまうあだりも、秋田人=ラテン系説の証明?

人前に出ることは恥ずかしがるけど、言動について恥ずかしがらない傾向はあるかもしれません。

秋田市内の書店を見ていると秋田の人が本を読まない/買わない傾向はあきらか。無明舎出版が全国的にも知られているので、秋田は地方出版社が元気な土地、というイメージがあったりもしますが、他の地方へ行くとご当地の昔話本が書店でも土産物屋でもたくさんあるのに、秋田は皆無といっていい土地柄。田沢湖畔のお店で辰子姫に関する出版物を探したら、薄っぺらなパンフレットしか売ってなかった時は、ホント情けなかった。

ちなみに自分は何代にも渡る100%純血秋田県人ですが、九州人に九州人と間違えられるくらい九州みたいな雰囲気で、飲み会のノリは関西人に関西弁の話せない関西人と言われるくらいです。(秋田県人のイメージって何?)

投稿: Yoshi | 2009年9月 2日 (水) 18:53

秋田人の本離れはすでに30年に及ばんとしてますし、書籍購入などの余裕がない世帯が増えてますから。
東京一極志向は変わる気配がまったくなく、足元である地元を見直すこともしません。
ようやく最近、若い人たちが動き始め、東京の真似とはいえ、あちらこちらで自主的にイベントを開催するようになってきました。
改めるに遅いということはないと古来からいいます。若い方々が地元を再発見してくれるとうれしいと思います。

投稿: ビヨ | 2009年9月 3日 (木) 13:07

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