銀塩はC41かモノクロが精一杯という環境になってしまった当地。銀塩のレンズについて今さら再録してもしょうがない気はするんですが、にぎやかしに。
以下、再録です。
とうとうレンズについて語り出すようになっちまったか・・・。
第1回ということで書いておくが、レンズの描写というものには好みという名の要素が大変に多く含まれる。カメラの好き嫌いなど足元にも及ばないくらいに千差万別である。
したがって、「私はそう思わない」「あなたは思い違いをしている」というような意見が飛び交う、大変にデリケートな話になってくる。私の苦手とする世界である。たわごと以上に勝手なことをほざいておるとお受け取りいただきたい。
また、冒頭にも明記しているが、レンズの描写に関して文章で表現するのはかなり無理がある行為なのだ。
その証拠に、カメラ雑誌で言い回しに苦労しているほどだ。なにしろアチラはスポンサーに気を使わねばならない立場だからね・・・。
この項の良いところというのは、メーカーの顔色をうかがったようなことは一切書かない点と、私のストライクゾーンがかなり広いことである。
つまり、私の好みが偏っているにせよ、重箱の隅を突付くような「欠点探し」はしない。写ってくれるだけでもありがたいという考えが私にあるため、ダメレンズ=使わないレンズとも限らないのである。そのへんをお含み置きいただきたい。
さて、記念すべき第1回に、私はコンタックスGシリーズの標準レンズたる存在のプラナー45mmを持ってきた。ツアイス全面礼賛者ではない私ではあるものの、このレンズを筆頭に持ってきたことは、実際に使ってらっしゃるユーザーさんにはご理解いただけると思う。
高価な機材が素晴らしいのは当たり前であり、安いレンズの中から当たりを探し出すのがチープシックな写真道よのう、という考えを持っていた私は、ツアイスやライカというブランドを徹底的に避けてきたところがある。
私がツァイスを味わうきっかけは、コンタックスのG1というカメラを使ってみたかったからなんである。一眼レフがつまらなく思えてきた時期の発売であったため、気分転換にはいい存在だったのだ。
当時35mm男であった私は迷わずプラナー35mmF2を選んだのだったが、このレンズ、正直なところ、あまりよろしいとは思わなかった。色分離の確実さはあるものの、いまひとつピリッとしたところがない。ちょっと寝ボケたような描写をすることすらある。
フィルムを変えてみても、どーもピタッと来ないのだ。こんな写りで、なーにがツァイスか。たいしたことねーじゃん。それとも単にツアイスの写りを理解できないだけなのか。私はしばらくそう思っていた。
ビオゴン21mmは優等生すぎる写りで刺激がない(と当時は思っていた)し、ゾナー90mmはG1でなかなかピントが合わないので、完全に予備のレンズに成り下がってしまった。
21-35-90という我ながら完璧な布陣が、あっさりとつまらないものになってしまった。G1ボディを含め、ほとんど出番のない「売却予備軍」と化したのであった。
話は長くなるが、私は飽きてくると標準レンズと呼ばれるレンズを装着する。自分が苦手とする40~75mmくらいの単焦点レンズを使うことによって、自分に活が入るように思えるからである。つまり自分をいじめてるわけですな(^^;
そのための必要性として、35mmの次に私はプラナー45mmF2に手を出したのである。35mmなど、すでにどうでもよくなっていた私であったが、ボディがね、G1がもったいない。
ある夏の昼下がり。国政選挙の投票へ私は出かけた。投票所は近所なので歩いて行ける。ただ手ブラで行くのももったいなく、フィルムの残っていたG1に思いつきでプラナー45mmを装着してみた。そして投票所までの往復、パチリパチリとシャッターをのんびりと切っていた。
私は官庁街に近いアパートで暮らしており、官庁街につきものの飲食店も近所には数ある。公園地域でもあるため、スカしたレストランなども少なくない。
そんな料理屋の看板を撮って歩いてもいいかな、という打算も頭にあった。サンダル履きで私は気楽に投票しに行った。
G1は言わずと知れた絞り優先AE機である。ガキの頃からシャッター速度優先AEで育ってしまってる私としては、絞りの設定に気を使わねばならなかった。不慣れだからである。
そういうわけで、いつもより絞りに気を使って撮り歩いた結果が、なんと目からウロコ。これがツアイスってやつかぁとひたすら恐れ入ってしまったのであった。
レンズの写りを表現するに、カメラ雑誌を筆頭とするカメラマスコミは様々な日本語表現を生み出してきたのであるけれど、私はそんな陳腐な言葉ではこのレンズの写りを表現できないと感じた。
端的に表現するならば「上品」である。なにを撮影してもひたすら美しい。上品に写るんである。レンズにシャープだの眠いだのという表現があったとしても、上品だ下品だという表現があってもおかしくはないのだな、と考えさせられる写りであった。
すなわち、絞り開放のボケが美しい。色分離が確実。かといってドギツイ感じは一切ない。硬くもなく柔らかくもなく。絞り開放でもピンの来ているところはしっとりきっちり写る。単純な色再現ではなく、色数とトーンが豊富である。これがツアイスの味ってやつかぁ、と納得する以外になにもできないのであった。
単なる優等生というだけではない。スリーブを見ると、このレンズで撮ったのがちゃんとわかるだけの上品なヌケの良さもある。
しかも、昨今のやたら色乗りのするリバーサルフィルムを使うと、まるで人為的なフィルムの性格をあざ笑うがごとく、ぺらぺらの薄っぺらな写りになる。ツアイスを使うために特殊なフィルムなんか必要ないという主張に思えるのであった。
コンタックスGシリーズ発売当初からラインナップされているレンズであるし、ボディの高価さとは裏腹、レンズはけっこうお安い。それなのにこんなすごい写りでいいのだろうかと思える。
キヤノンあたりなら20万近い金額設定にして、使わなくてもいい蛍石を投入して価格の説得力にするであろう。そんな販売戦略をもあざ笑っている老舗の確実さ。それがG用プラナー45mmF2には存在しているように感じる。
まーだまされたと思って一度使ってみんさい。使うフィルムは普通のエクタクロームあたりで十分。間違ってもEBXなんて使わないように。
腕のいいDP屋が近所にあるなら、ISO100クラスのカラーネガでも味わえるかもしれない。私が「上品な写り」と表現している凄さがおわかりいただけることと思う。
私にツァイスの凄さを認知させた記念すべき1本である。今ではB21mm、B28mm、P45mm、S90mmと4本使っている。45mmとの出会いがなければ、私はツアイスを拡充する方向には行かなかった。
こういったレンズを本当の標準レンズというのであろう。45mmを使いこなせない私ではあるけれど、コンタックスGを持ち出す時には、必ず45mmをカメラバックに入れる。
使う使わないではない。基準レンズを所持している安心感であリ、あの美しい写りが頭の中にあるからこそ、手放せないレンズになってしまったのである。
コンタGシリーズのレンズは、ビオゴン16mmを除いて驚くほど高価なレンズはない。むしろ安価なレンズが多い。ビオゴン16mmであっても、価格は高価だが内容からしたら妥当な価格ともいえる。
ツアイスはたしかに高級ブランドであろうが、ことGシリーズレンズに限ってはお手軽価格と表現しても許されるだろう。価格も立派なレンズの性能だと考える私にとって、コンタGのレンズは最高のコストパフォーマンスといえる。
であるから、カメラボディ側の欠点やらなんやらといったものは、あまり真剣に論じていない場合が多いんである。どうせG1とG2しか選べないのだから。
正直、ボディなんかどちらでもいいと思う。好みに合えばそれでいい。なにしろ素晴らしいレンズを使うためのプラットフォームでしかないのだから。(2004,03,20)
以上、再録。5年前に書いたのか、あるいは5年前に手直しした文章なのか、記憶は定かではないものの、P45mmに関しては今でも同じ感想です。大口径レンズらしい主張が絞り開放でちゃんと出ますし、かつ上品でキッチリした写りなのですよね。
この感動がなければとうにGシリーズは売り払っていたでしょうし、逆に感動があったからこそ今でもキープしているといえるのでした。
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