カメラ選びと名文について
前から書きたいと思ってウズウズしてることがあるのだけど、読者を完全に敵に回しちまうからなぁ。書けん(^^;
旧たわごとならともかく、ブログってのは脳内反射的にすぐコメント入れやすいからねぇ。批判のコメントがたくさんつくと思う。
ただでさえ偉そうな文体で勘違いされることが多いこのブログ。文体は偉そうなのだけど、実はたいしたことを書いちゃいないっていう点が、なかなか世間様にはご理解いただけず、反射的に突っ込みたくなるブログのようだ。
しょせん「たわごと」なんだけどもなぁ。問題意識もないし、批評しようなんていう高い視線もなにもない。物欲とボヤキが中心(^^ゞ
内心、ブログ化したのを少々後悔はしてる。更新に手間はかかるものの、旧ほんたわのように、狭い読者相手にバカ話を書いてた頃のほうが気楽だよ。忙しいってのもあるんだけど、最近は更新の気が重くてね・・・・。
愚痴はここまでにしといて話を変える。
来月、カメラを買うことにした。といっても私が使うわけではない。代理購入みたいなものである。
他人様が使うのだからと手を抜く気はなく、むしろ選ぶこちらのセンスが問われることでもあるので、自分で使うものを選ぶよりもかなり真剣に選択しちょる。
自分で使うものなんか、あれこれと迷っている時間を楽しんでるだけのことで、コレと決めてしまったら後は早い。
気に入らない部分を発見してしまったとしても、自分が選んだんだからしょーがねっか。嘆くよりも「どう使うか」を考えよう、という建設的な考えになれる。
ごく少数の買い物に関しては、前向きになれないまま後悔ばかり引きずることがあったけど、それはよほど大きな欠点を発見してしまったか、リサーチ不足で勢いだけの購入時にありがちなことではある。
そんな具合で、自分が使うなら自分にどうとでも言い訳はできるものの、他人様が使うとなったら、かなり考える。
どう使うのか。好みはどうなのか。ライフスタイルはどうなのか。いろいろと調べておいて、今度はカメラを選ぶ段階になる。
自分の好みを押し付けるわけにはいかないし、小難しいカメラはそれなりに知識のある人でなければ意味がなかろう。シンプルで使いやすく、かつ持ち歩くことが負担にならない。そんな感じで選ぶことになるんでないかな。
こうして他人様が使うカメラを選ぶ時にいつも考えるのは、独りよがりの選択だけはしちゃいけないってこと。使いやすく、簡単に陳腐化しないような、そういうカメラを選べればなにより。
思い出すのは、エンゾーさんの名文である。
http://plaza.rakuten.co.jp/enzzo1972/6002
アップした当時は各方面で反響、あるいは批判があったように記憶している。ようは他人様に優しさを持てっていう話でしかないのに、なんであれが批判されるのか、私にはよくわからなかった。
あの文を読んでも理解できない人は、少なくてもネットでなにか書き込みをすることは今後一切やめるべきだと思う。
常に忘れることがないよう、自分の肝に命じている名文でもあったりするのだった。
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コメント
以前、ビヨさんのリンクからお邪魔した時にとっても印象に残りました。
人に対して優しく出来る人はそれだけ心が大きいのでしょう。
ビヨさん。いつも、親切、丁寧なご指導ありがとうございます。^^
投稿: ガキ | 2009年4月27日 (月) 19:19
いやいや、とんでもないです!
先生ヅラしちゃってるんじゃないかと、いつも気にしているのですよ(^^;
投稿: ビヨ | 2009年4月27日 (月) 20:41