語ろうかと思ったけどやめとく(^^;
意図しない方向の需要しかない『秋田廃村インデックス』をとりあえずコンプリートさせてみた。
どうも廃墟趣味の方は世の中に多いようなんだが、地元の歴史や文化を考えつつ廃村という存在にアプローチしてる人は極端に少ないようで、結果的に興味本位のマニアに情報を提供してしまってるだけではないかと、大変後悔していたりする管理者=私だ。
なんつっても、県内廃村コンプリートを目前にして、立ち入り禁止の看板をぶっちぎった私なので、大きなことはなにも言えん。
けれど単なる興味本位だけで廃村を訪れてほしくはない気持ちが、廃村巡りを始めた6年前から変わらないのである。
廃村というものは特別な存在ではない。たまたま秋田県には廃村をきちんと調査した書籍が存在していて明らかになっているというだけのことで、日本全国どこでもあり得るものだ。
全国的に進む住民の高齢化。公共交通機関は縮小。止まらない少子化傾向から公立学校は次々と統廃合を繰り返し、郊外や過疎地での暮らしがどんどん圧迫されている。
秋田における廃村化の直接の理由は、県が大々的に行った集落再編成事業ではあるが、住民サイドとしては次第に暮らしにくくなる立地が移転の理由であった。それも昭和40年代の話なのである。
現在においても郊外における暮らしにくさというのは歯止めがかからず、本来であれば都市圏は仕事のためだけに存在している暮らしであり、理想としては郊外に悠々と暮らす生活が人間らしい姿のはず。
なのに我が国では都市集中化を促す社会構造と価値観が何十年も変わらないくせに、一極集中化はよろしくないなどと政治家が平気で発言する矛盾がある。しかも当の政治家センセイは東京のど真ん中で暮らしてたりする。
愚痴はやめとくか。こんなブログで愚痴ったって世間はなにも変わらないし、キリがねえもんな。
そういうわけで、実際に廃村を訪れてぜひ学習してほしいと私は思うし、廃村になった集落の環境というものを肌で味わってもらうべく、オススメ廃村のガイドを書こうと思ったんだが、旧住民の方には迷惑なことかもしれんしね、やめとくw
山奥に位置してるというだけでは必ずしも廃村になるとは限らず、視野に隣の大きな集落が入るというのに廃村になった土地もある。
地方自治体が行った集落再編成事業ならともかく、徐々に住民が減っていつの間にか無人になってしまった集落も廃村なのだ。
『限界集落』という言葉が普通に使われる昨今、限界を越えたら集落として機能しないことを意味しており、やがては廃村になってしまうことだろう。そんな廃村予備軍が、いま全国にたくさんあるのだ。
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コメント
ご無沙汰しています。
山登りで秩父、奥武蔵に入るのですが、この山域にも廃村が有り、往時を偲ばせるたたずまいはとても魅力的です。しかしビヨ太さんの仰るとおり、ここでも家屋を荒らす人が居て、破壊の跡や落書きを見ると悲しく感じます。
と言うわけで、ガイド情報の制限に関しては致し方なしと思いました。
投稿: mossan | 2008年12月 3日 (水) 12:40
自分の故郷を歩くように廃村で過ごせる人なら、なんも心配はしないのですがね・・・・。残念ながらそういう人ばかりではないようで。
投稿: ビヨ@勤務中 | 2008年12月 3日 (水) 23:16