談合のなにが悪い
前エントリーに関連して。「談合」ってのは社会悪と認知されて久しいわけだけども、関連業者が大小含めて細々だとしてもなんとか存続して来れたのは、田舎においては談合のおかげである。
私が知る範囲だけでも、談合廃止と自由入札で、田舎の小さな土建屋はみんな廃業してしまった。
潤ってるのは、県庁や市役所に親戚がいる業者くらいのもので、普通の業者は潰れた。別の業種への転業や兼業という余裕がないまま、倒産や廃業の憂き目に遭ってるのだ。
作らなくてもいい道路を税金でこさえたり、役所が繰り越しを嫌って無駄な年度末工事発注をするのはアホじゃないかと私は思うけれど、官公庁が発注する工事に関しては、ある程度の談合は許されても良かったんじゃないかと私は思う。←問題発言
税金の節約になる自由競争入札だというが、その結果、地元の業者がどんどん潰れていき、大手が市場を寡占化していく構造になってしまった。
日本の経済的強味であった中小企業の粘り腰を奪い、減っていく地元業者のおかげで税収は減る。倒産した会社からの税収だけではなく、勤務していた人からの税収も望めなくなっている。
右肩下がりの田舎の社会経済状況では、再就職活動は戦争どころかただの殺し合いに近いほど殺伐としたものになり、それを嫌って関東圏や中京圏の季節労働を選択して、そっちに世帯ごと引っ越してしまった人が私の回りにもいる。
当然に新卒連中は田舎よりもまだ仕事のアテがある都会志向になり、現役世代も田舎から流出しているのが実情である。
地方における高齢化を加速しているのは、婚姻率や出生率の低下だけではないのだ。グローバルスタンダードという名の、意味のない社会変革にも原因はあると私は思う。
日本は特殊な国であってそれでいい。変わった国で結構ではないか。外国とのつきあいを間違っちゃいけないのは当然だけども、自分ちの家族関係や家計をメチャクチャにしてまで友人とつきあう必要なんかあるわきゃない。
田舎というのは社会環境以外はものすごく暮らし良い世界なのだ。けれど日本全体の政治や社会状況の影響をモロに食らう立場だというのは、戦前からなにも変わってはいない。
近現代史の教科書を開いてみなよ。田舎についての記述を追いかければ、田舎は都会のための従属的存在として扱われてきてるのがよくわかる。
だから日本から独立しちまえってのよ。田舎臭くていいだろ。貧乏でも全員が貧乏なら笑ってられる。年寄りが多くて上等。年寄りが動かす社会にしちまえばいい。
そんなわけで、秋田県は日本から独立を宣言して(以下、毎度のことなので省略)
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