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提案しただけでも男気を感じるではないか

 来月の中旬からまた夜勤に入ることを知らず、なんだかノホホンと構えていた自分にガックリだな。
 夜勤体制に組み込まれると、ギャラは当然に上がるのだけど、世間と生活リズムを合わせるのが難儀になる。
 飲み会のお誘いに夜勤がブチ当たると、もう完璧に出席不可。その代わり、日勤の夜と明け番の夜はエンドレスになりがちなのではあるけれど。

 もひとつ夜勤体制で困ることは、ギャラが増えて金銭感覚が若干狂うこと。つい気が大きくなって、物欲に負けてしまうことがよくある。ひたすら物欲を溜めているだけの私には危険だ・・・・。

 ソロテントを選べねえじゃねえかよ!と何度も書いてるわけではなかろうが、某店でソロテントを充実させつつある。しかもORはナイトヘヴンだけラインナップしてやがる。
 「こうして揃えてやってんだからよ、絶対に買えよな!」と言われているようで、ポチりそうになってるよお。

 話は変わる。

 小坂鉄道が廃線届けを出したニュースは全国ニュースとして配信されてはいないと思う。休線扱いになっていた小坂鉄道が廃止を打ち出した。メインの濃硫酸輸送について復活する予定がないことを理由にしている。
 けれど私の琴線に引っかかったのは、旅客輸送の再開もいちおう可能性として考えている、という見解である。

 小坂鉄道と呼ぶより、同和鉱業・小坂線と呼んだほうが古い鉄道ファンに馴染みがあると思われる。
 地方の小さな私鉄にしてはやけにゴージャスなディーゼルカーを走らせ、貨物輸送では国鉄DD13型と同じ規格の機関車が三重連で長大なタンク車を引くことで知られていた。
 路線は山の中を縫うように走り、雪国であることから冬景色のディーゼル三重連は国内でここだけという貴重な風物であった。

 なんで見てきたようなことを書くかといえば、密かに地方私鉄に関する書物を若干所有しており、いくばくかの知識があるからだ(^^;

 地方鉄道の維持は今後厳しくなっていく一方のはずながら、高齢化の加速という避けられないキーワードを併せて考えると、公共交通機関の維持は「今後必要になるもの」であることは間違いがない。
 鉄道の場合は定時性がひとつの特徴である。その時間になったら必ず列車が来る。確実性が鉄道の命であり、そのために鉄道会社は日々努力してるも同然である。

 もうひとつの大量輸送が可能な点も鉄道の特徴だが、田舎においては意味のない特徴なのでスルーしとくとして。

 定時性があるから鉄道は通勤通学の足として成り立っている。けれど採算が取れないとなれば民間会社としては撤退を考えるのも当たり前。
 そこで小坂鉄道では旅客輸送復活の条件として、近隣自治体の協力姿勢はどうなのか、という点を挙げている。旅客輸送復活とその維持のため、どのくらい本気で力を入れてくれるのかということだ。

 小坂町は康楽館があるおかげでこのところ観光地化が進んだ。メジャーになりつつある。康楽館は常設芝居小屋としては日本最古の歴史を持ち、国の重要文化財に指定されている。
 鉱山の町であった歴史から、町のあちらこちらにハイカラな建物があったりして、自治体もそれを意識した街作りを心がけている。
 角館のように観光地としてブレイクするかどうかは微妙なレベルで停滞している観があるものの、地域独特の文化に興味深いものがあり、周辺自治体との広域連携で観光に対して臨むなら、今後の発展性があるといえる。

 ただし観光鉄道にはなりにくい。大都市圏から向かうとするなら、東北新幹線の終着駅である盛岡から花輪線に乗って山を越えて大館に出なければならない。
 小坂鉄道は大館と小坂を結ぶ路線でしかなく、その中継点たる大館にいまひとつ元気がないので、わざわざ足を運ぶ価値といった点で弱い。
 これがクルマで移動するなら、東北自動車道からそのまま小坂へ下りられるので、普通はクルマで行こうとするわな。

 なにも大都市からすぐ行ける場所が有利だと私は言いたいわけではない。むしろ行程が難儀なほど目的地の価値観が高まる旅の法則は確実にあるのだけど、目的地たる今の小坂町にそれだけの価値があるのかと考えると、残念ながら発展途上なのだ。
 わざわざ大館経由でたどり着いた手間を軽くひっくり返すだけの存在価値に欠ける。大館にも小坂にも。そういった点で玉川温泉や田沢湖高原温泉の希少価値にははるかに届かない。

 ということは、沿線人口が秋田内陸縦貫鉄道以上に希薄な路線で、通勤通学のために旅客輸送を復活させるかどうかという話になり、小坂精錬側の提案は大変に気持ちの暖かいものではあるのだけど、現実的には維持管理が厳しいのではないかという結論になる。

 鉄道の存在価値を、古い歴史的な施設と同視線で語ることは間違ってるのを承知で書かせてもらうと、利用する側と維持管理する側の意識のギャップが大きすぎるのである。
 よそから来て利用する人は、しょせん単なるビジターでしかない。無責任な存在だ。けれどその無責任な人々を観光客として取り込まなければやっていけない自治体は数限りなくある。ではどうするか、といった作戦なのだ。

 カネについて語ると浅ましいと責められるノリがある田舎ながら、今でも高速道路の開通が秋田観光の決定的な打撃であったと考える私である。
 客をスルーさせちゃ地元にカネは落ちない。当たり前のことなんだが、そういった浅ましい考えが秋田の人間には足りなすぎる。もはやプライドで食っていける世情ではないのだ。

 二番煎じが得意な行政や団体の後進性は批判されて久しい。30年も前から指摘されてる秋田の悪しき習慣なのである。
 ところが昨今の秋田は二番煎じすらできないくらいに体力が落ちている。そのくらい原資がないということでもある。アクションを起こせないくらい疲弊してしまってる。
 そんな時に動くべき政治家にも秋田はまったく恵まれておらず、半径2mレベルの政治家ばかりである。政治を利用しておのれの地位を向上させることしか考えてない手合いだ。頼りになるわけがない。もう動くのは住民しかないのである。

 そんな終わってる秋田で、廃線届けを出したのに、14年前にやめてしまった旅客輸送復活の提案を会社側が行ってるというところに、私はひとつの光明を見る思いである。
 鉄道の存在意義と責任といったものを知ってる担当者が会社にいるんだな、と鉄道マンの誇りを感じた次第である。

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