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2008年8月の31件の記事

いやーん

 今月の頭にEOS7片手にウロウロしたことを、もう読者の方はすっかりお忘れのことと思う。本人ですら忘れそうになってるくらいだもの。

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 実はきのう仕上がりを引き上げてきた。1カ月弱、カメラ内に入っていたフィルムである。それも夏場。なるべく涼しい場所にカメラを置くようにしていたとはいうものの、やっぱりダメなものはダメなんである。変質しちょった(^^ゞ

 知識としてヤバいのは知ってるくせに、どうしてそういうことやるかなー。我ながらバカじゃないかと思う。
 しかもドピーカンの夏の日射でEBXってのも、初期のデジタル機みたいにぶっ飛ぶ可能性があるのに、なんもそれを考慮しとらん。

 かてて加えて、EF35mmF2というレンズ、派手さはないものの、そこそこコントラストが高くヌケもいいレンズなので、あまり派手なフィルムを使ってはいかんのであった。
 純正ではないフードを使ってるせいで、場面によっては四隅が落ちてるし、半逆光になると今度はフードがテカってやがった。

 最短撮影距離近辺で絞り全開にすると、現代のレンズではないような描写になって、まあ描写上の欠点なのだろうが、グルグルが出てくる。今まで気にしたことなかった(^^ゞ

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現場と中継の違いについて

 うむ。たまたまNHKの地上波で大曲の花火を見とるぞお。ローカル地上波は1週間遅れで放映される代わりに、入賞者が決定して以降の放映なので、自分が観覧した花火の審査結果を知ることができる。

 今年も野村煙火ががんばってんな・・・・。ちなみにNHKでは企業名をコメントできない関係上、個人名で花火を紹介しているが、実は花火会社の打ち上げで、プログラムにはちゃんと企業名が明記されてるし、観覧者もそのつもりで観覧していることを明記しておく。

 さて、BSハイビジョンで全国中継されたらしい大曲の花火だが、テレビと現場じゃ大違いの理由を思うままに列記してみたい。

(1) カメラアングルの問題。仕掛けが派手なので打ち上げ地点はかなり広範囲に設定されており、打ち上げられる花火を待ち受けるTVカメラは漠然とした可能性のある範囲を写している。現場じゃ仰角30~45度くらいの勢いで見上げてるというのに。

(2) 前項同様の問題で、中継に変化をつけるために望遠で部分を切り抜いたような映像を混ぜているが、見ている観覧者は常に全体を把握できる環境にあり、間抜けな部分カットなどなんのフォローにもなっていない。

(3) 昨今は競技の合間に打ち上げられるスポンサード花火も見物になっており、NHKの立場上、スポンサードはスルーして解説の時間に使ったりするため、おもしろい場面を見逃してしまっているに等しい。

(4) 音響が会場へ流れたものを拾った音声のため、創造花火の作者意図やらタイミングが台無しになっており、展開という名のドラマを中継するにはあまりにもおそまつな中継。

(5) 大会提供は、放心してただ涙を流すか、思わず失禁したのにも気がつかないか、あるいはただ興奮して騒ぎまくるしかないほどの感動を観客に呼び起こすというのに、その感動のカケらも中継では伝えきれていない。

 せめてBGM系の音響をダイレクトに放送へ乗せられないものか。そして炸裂の音響も現場付近で拾えたなら、中継を見ている人に少しは臨場感を伝えられるだろう。反響も時間差もないナマの音。
 そして桟敷席よりも前に広角レンズ固定のカメラを設置してみてはいかがだろうか。桟敷席で見上げる迫力というものを、とくに大会提供花火では少し伝えられると思う。

 なにしろ視野のすべてが炸裂する花火になるのが桟敷席の醍醐味なのだ。もちろん音響もストレートである。ズシンと五臓六腑に響く炸裂音など、テレビでは再現できるはずもない。

 というわけで、来年の花火観覧希望者は5月末まで申し出ること。桟敷席は一坪。大人6人とされているが、6人では体育座り必須だ。4人が適度な人数である。
 現場までの移動は面倒見てもいい。けれど宿泊先は各自確保のこと(といっても早めのテントくらいしか手はないが)。ネコの毛だらけで布団と粗末な朝食しかないので良ければ、オフクロの家を提供しよう。
 もちろん深夜までクルマの中にいなきゃならないのは覚悟していただく。

 あの大会提供花火をナマで見たなら、そんじゃそこらの花火はハナ先で笑っちゃうという弊害はあるにせよ、冥土の土産に見ない手はあるまいと断言できる。

 常連さん。いかがです?手配しまっせ!

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ごめんなさい

 えーと、このブログは訪問者の皆様の検索ワードをいちいち知ることができる機能を装備してるんですが、それを見返すにつけ、実に読者の皆様の興味になにもお答えしていないことが自覚でき、なんとも申し訳ないというかなんというか・・・・。

 スンマセンm(__)m

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精神的右往左往

 むはは。キヤノンがカメラ販売から撤退するなんて、ちょいとワル乗りしたことを書いちまったね。
 全世界にユーザーがいるまともなカメラメーカーなら、そう簡単に撤退はできねーわな。ニコンさんとキヤノンさんじゃユーザーの面倒見に雲泥の差があるのは事実だけども、だからってな、あの会長さんの鶴の一声でカメラから撤退っつーのは、まだ考えにくい。

 ただし、ニコンよりもキヤノンのほうが撤退が早いだろうとは個人的に思ってるよ。エ○ゾーさんからEOS5D後継機の噂を聞き、その後継機がD700に太刀打ちできないってなことになったりしたら、さあてどうなることやら。
 カメラ雑誌は一生懸命に提灯記事を書きまくるだろうから、カメラ雑誌頼りのユーザーさんはキヤノンから逃げないだろうけどもさ。
 それでもD700との比較記事になれば、印刷媒体上とはいえ、少なくとも同条件で印刷されるわけだから、かなり比較はできると思うよ・・・・。

 個人的にデジタルは画素数勝負ではないと感じているので、カタログスペックだけでキヤノン新商品から攻められても、私はピンと来ないけどもねえ。
 なんつっても400万画素のパワーショットG3をつい最近まで部屋撮りに使ってたくらいの私である。G3なんて500万画素超が当たり前の市場にポンと出てきた400万画素機なのにね。

 それにしても、ニコンさんはなんで私に乗り換えのきっかけを何度も与えてくれるのだろうか。F3、F4、F100・・・・。そしてD700ってか。
 実はF100でも少しフラリと来てたのはここだけの話だ(^^ゞ

 話は変わる。

 この週末はひとつ泊りがけで出かけてみようと前々から考えてはいた。内陸縦貫鉄道方面か、そうでなければ大森町~東由利の廃村コンプリートコースか。変化球なら県南の湯沢市をほっつき歩いてもいい。
 その相棒にはコンタG2か、さもなくば久しぶりにライカM5ってのはどうかと。なーに、写欲が亢進しているわけではない。M5の露出計がまたズレてんでないかと気になってるだけ(^^;

 あいかわらずAEでライカMマウントを使いたい欲求はあるのだけど、私の手荒い扱いに追従する距離計はやはりライカくらいのものではないかと思い至った。
 というのも、コシナのベッサRが発売されてすぐ私は手を出し、度重なる距離計のズレに閉口して、このカメラは置物だと決定したのだ。

 あの程度の耐久性のままR4までリリースされているとするなら、AEレンジファインダー機は距離計不要レンズ専用機と化すであろう。
 かといってツアイス・イコンブランドのボディなら違うかといえば、おそらく耐久性に関してはなにも変わるところがなかろう。もちろんライカM7を買えるような立場でもないし、仮に入手できたとしても、あの狭いスイートスポットでは私には使いこなせないと思う。

 は?T90で部分測光+AEには慣れてるはずだろうって?一眼レフとレンジファインダー機じゃちょっと感覚が違うのよ。一眼レフならレンズを交換しても視野の中で測光エリアを判断できるけど、レンジファインダーだとレンズごとに測光範囲が変わるべ?あれについていけない気がしてるんである。

 そういった意味では、全面測光のミノルタCLEのほうがまだコントロールしやすいのかもしれないと、やっとそこへ考えが至った。
 ダイヤルでチマチマと露出補正するのが当たり前のAE機を使うくらいなら、追針式の露出計で素早く調節したほうが早いのだけどもね。そう決め付けてしまうと私のAEレンジファインダー機調達計画は頓挫してしまうからさあ(^^;

 いや、頓挫してもいいんである。考え抜いて選んだM5は、外見的にあまりおいしくないことを除けば、やっぱり使いやすいカメラなのだもの。

 というわけでM5のテストをしようかと企んでいたのだけど、明日の当地は例の前線のおかげで荒れた天気になるらしい。日中は小康状態になるみたいだが、朝と夜はかなりのもんらしいぜ。野営どころではない勢いみたい。
 かてて加えて、明日の夜は高校のOB会に出席することにしたので、泊りがけは無理なのであった。

 珍しいよな。私がそういった会合に出席するなんて。3期下のみなさんとなぜか仲が良く、そっち方面からお誘いいただき、普段の私なら「そんなヌルい集まりに出席してられっかよ!」となるところなんだが、なぜか出席することにしちまった。
 出席したまではいいが、同期で知ったツラがないと寂しいので、20年ぶりに連絡を取って、在学時に仲が良かった同級生を誘ってまでである。

 ひょっとしたら、単に寂しいだけなのか?なんて自己診断してみたりしたのだけど(^^ゞ

 ああ、高校で3期下って、在学中は顔を合わせてない。なのになんで誘われるかというと、かつての私のお客さんであり、かつ遠縁の親戚である某氏が3期下だからなのだった・・・・。
 某氏の同期とも少しだけ仲良くさせていただいてる関係で、誘われちゃったからちょっくら行ってみんべー。そんな感じー。会場が近所だしね(^^;
 ま、私がそういう気の迷いを起こした時には、必ずなにか事件が起きるのが法則であって、一抹の不安がないわけではないのだけどもよ。

 おお、嵐を呼ぶ男としては、やはりここは「頭脳は子供、身体は大人どころかすでにオッサン!」の迷探偵として、おそらく発生するであろう事件に(以下略)

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今度は

 松本清張作品のどうにも御都合主義的展開に早くも飽きた私は、なにか定番ないかなーと探し、横溝正史っていうベタなところへ走ってみた(〃▽〃)

 ところがね、金田一耕助シリーズ。おもしろいんですねえ。謎が謎を呼び、読者の推理を裏切った意外な角度から事件が解決していくという。

 いろんな作品が映画化されるのが納得。映像化して横溝正史の世界が再現されるかどうかはともかく、『女王蜂』とか『犬神家の一族』あたりは映像化を前提にしたような内容だったりする。
 風景とか光景の描写が簡潔でわかりやすい。景色なら「あのへんの景色に似てるかな?」、人物なら「俳優でいうとあいつっぽいな」なんて、頭の中に思い浮かべやすい表現をしている。

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 おかげで寝不足というか、完全に不眠症が再発。寝る前には文庫本を読んで、活字で目を疲れさせて眠りに誘う作戦を、毎夜私が敢行してきたというのに、飽きさせない展開に引きずられて読書欲が勝ってしまう。
 気がつくと暁烏が鳴いている声が聞こえたり、新聞配達のカブのエンジン音が聞こえてきたりするんである。

 寝不足で体調を崩したのではないのよ。そのへんは微妙に日がズレてるから。でも寝込んでて暇なんで本屋に行って横溝正史を探したのはマジ(^^ゞ

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EOS50Dについて

 愛がそこにあれば、国の都合とか世間の都合なんて、どうでもよくなって当たり前なんだよなあ。本人でなきゃ理解できないことばかりなのが、男と女なのだからさ・・・・。

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/fuji-320080828015/1.htm

 いやー、2日も更新サボってすまぬ。ちょっと体調を崩してのう。重篤なわけではなかったんだけども、吐き気+発熱+頭痛ってのが気になって、会社を2日ばかり休んじまったよ。
 個人的に頭痛ってのは危険サインで、私は生まれてこのかた頭痛とはまったく縁がなく、せいぜい年に1回くらい感じるかどうかといった按配なので、痛みを感じる時はよほどの事態であると認識している。

 あまりダラダラと休んでるわけにもいかず、今日は仕事に行ったけれども、タバコがおいしくないのよ。
 気温を体感できなくて暑いんだかどうだかよくわからなかったしね。やっぱりどこか身体に異常があるとみえる。

 そういえば健康診断の結果がやっと届いたのだけど、肝臓と心臓、そして腎臓が引っかかってしまったぜ。
 肝臓に関してはおそらくγ-GTPってやつかもしれないけれど、私は元々肝臓があまり達者ではないようで、飲んでも飲まなくても数値が高め。
 「要精密検査」と指摘されたわりにはあまり心配していない。最初からボロい肝臓なんである。

 なにより心電図で引っかかったのがなあ。とても気になる。若い時は激しい運動などで心臓が悲鳴を上げることはあった。その煽りでたまに心臓が痛むこともあった。でも大人になってからはないんだよねー。
 この「大人になってから痛むことがない」というのは、身体を動かさなくなってから感じないということであり、こういうパターンはヤバいのでありますね。昔、そっち方面に詳しい友人がそう言ってたのだ。

 腎臓は超音波での結石が怪しいって話なので、華麗にスルーしてみたい。あそこの超音波エコーはヘタクソだって評判だからなあ・・・・。

 おお、そういえば職場で結核患者が発生した。月曜から休んでるんで、いったいどうしたのかと思ったら、入院してんだとさ。
 結核って移るんじゃねえの?というのがもっぱらの職場の観測であり、肺病持ちの私は伝染しやすかったりするんでないかと密かに心配はしちょる。

 長い枕である。話をおもむろに変えて。

Eos50d

 EOS50Dってのが出るらしい。実はおととい某エ○ゾー氏から教えていただいて知った。
 キヤノンEFマウントでフルサイズ機、というのが氏との共通希望であり、かてて加えて価格についても実販10万以下!という線をキープしている。
 氏の観測では、EOS5Dの改良版が早晩登場する、いや登場させねばとても市場で他機と伍してはいけないであろうと。

 あたしゃどうせ買えないと諦めて、EOS5Dなんて最初だけ興味を持ってたわけで、デジタル機のわりに長く発売されてるけれども、それって「どうしてもフルサイズじゃなきゃイヤなんだけども1系にはイケない」という層をフォローしてるだけなのかもしんない。

 銀塩機と違い、デジタル機は「安いボディ+高級レンズ」という組み合わせに旨みがない。なぜならそこにフィルムという存在がないからである。

 つまり銀塩機ってのはレンズとフィルムをとりあえず押さえておけば、ボディなんざ二の次という側面がある。
 ニコンFM10の黒ボディを望む層が少数派ながら存在している理由とは、銀塩機ならではの「ボディなんざ、実は単なる暗箱の延長線上に過ぎない」という意識をみんなよく理解しているからだと思われる。
 いくら素晴らしいボディであっても、レンズのラインナップがクソだと、長くは続かない。それが銀塩機というものではあった。

 でもデジタル機ってのはボディにフィルムと現像所を内蔵しているようなもんである。困ったことにCCDの寸法が135フルサイズだったりAPS-Cサイズだったりして、これまたボディを調達したことで固定化されてしまう。
 しかもデジタル処理エンジンは日々進化していて、とりあえず新しい機種のほうが良く写るといった法則が存在する。
 キヤノンAV-1に85mmのLレンズを装着して、KMでシブいポートレートを撮って周囲を唸らせるなんていう技は、デジタルではあまり期待できないのであった。

 話をEOS50Dに戻す。表面的には40Dの後継機で、画素数が1.5倍に増え、ISO感度の範囲がグーンと増え、映像エンジンがDIGIC4へバージョンアップした、というところだ。
 目新しいところとしてダイナミックレンジの拡大という話題があるものの、このへんは実写カット、それもメーカーサイトの見本やカメラ雑誌の提灯記事ではなく、実際に使ったユーザーの報告を待ちたいところではある。

 また、RAWの記録機能に関してイジってきてはいるが、このへんは実際に使ってみないとなんともいえない機能であって、たぶん「出力時の用途とサイズから、RAWで撮りたいけどあまりハイクオリティでなくてもいい」という報道関連を意識した機能ではないかと私は受け取ってみたが。
 レンズごとの描写補正効果をカメラに搭載ってのは、DIGIC4の売りかもしんないんだけど、素直にコメントさせていただければ「補正しなきゃなんないレンズを平気で販売すんのは、単なるメーカーの厚顔では?」と思う。

 キヤノンさんには悪いけど、ニコンD700の勝ち。このクラスのカメラを使う人なら、どうしてもキヤノンじゃなきゃ困るという理由がなければ、普通はD700を買うと思うよ。
 価格差は深刻な差ではなかろう。デジタル一眼レフ機でAPS-Cサイズの受光部なんて、真面目に撮りたい層はみんな我慢して使ってるだけなのであり、できればみんなフルサイズ機を使いたいのだ。

 画素数やISO感度に本当にこだわらなければいけない人というのは、実のところユーザーの中では少数派だろう。特殊用途と考えてもいい。
 スペック競争、つまりカタログデータ比較ごっこという低レベルのようにメーカーさんからは見える市場かもしれないが、見る角度を変えれば、それしか差別化ができない貧しい市場ということでもある。

 EOS5Dを長々と売り、EOS50Dが登場ってのは、なにやら銀塩時代のEOS5とEOS55を思い起こさせる状況ではあるが。
 どう考えてもニコンD700の独り舞台になると考えられる市場に、負けん気が強く気位の高いキヤノンが「やーめた!」と言い出すのではないかという危惧があるのは私だけだろうか。

 カメラ部門を潰しても惜しくないメーカーばかりの中で、苦しくなってやめちゃうんでなく、勝負にならないからやめちゃうという行為に出そうなメーカーというのは、なによりキヤノンだったりする。
 ニコンさんは昔からユーザーの面倒見がいいことで有名だ。Fマウントへのこだわりというのは、つまるところ自社の昔からのユーザーへの対応でもある。
 でもキヤノンってのは早くから大量生産で公差勝負というようなノリにシフトしており、ユーザーの面倒を見る前に「工賃高いから似たような最新機種に買い替えたら?」という姿勢が色濃かった。
 そんなキヤノンだから、ナンバー1を狙えないのなら、商売になってない部門はやめる!と宣言しても、私はなんら不自然には感じない。

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エンジェル・ハート

 みなさんは『CITY HUNTER』という漫画をご記憶だろうか。子供向けの雑誌に掲載されていた北条 司の作品である。『キャッツアイ』の作者といえばわかりやすいかもしれない。

 登場人物の女性の描き分けが微妙すぎて、誰が誰やらわからなくなるというのに、CITY HUNTERはかなり長期間に渡って連載されていたようで、単行本はものすごい巻数になっていたと記憶している。

 ただ少年誌の宿命か、作者には悪いけどワンパターンの色が濃すぎた。深いとこまで話題が入っていかず、オチへ向けてはお約束一辺倒。下ネタで笑いを誘っておきつつ、シブくオチを決めようとしても、相も変わらない登場人物の日常ってな感じで、毎度お馴染みなのであった。
 けれども物語の底辺を流れる話として、主人公と助手(パートナー)の恋物語もあるのだけど、表面的なストーリーの流れに比べたら緩慢以外のなにものでもなく、やはりマンネリは避けられないままであったように思う。

 以前から書店で見かけて気になってたのが『Angel Heart』。同じく北条 司の作品ながら、表紙を見るとどうもCITY HUNTERと登場人物がダブっている。あるいは作者のキャラ描き分けが相変わらず甘いのかとも思っていたけれど。

 ちょいと立ち読みしてみて、大人向けに脱皮したストーリー展開に「ほう・・・・」と感じ、1巻から読み倒してみている。

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 いい年こいたオッサンが読みふけるにはどうかと思うが、CITY HUNTERの世界を知ってる人ならそれなりに興味深いストーリー展開ではある。そして、人の生き死にをいくつか体験した人なら、少しは泣けるんでないかね。
 簡単に心が動かなくなり、ひたすら沈んだ感情しか持てず、出せるのは怒りと嘆きの感情だけという私でさえも、涙してしまう場面がある・・・・。

 そしてたぶん、私は涙したいのだと思う。心を動かしたいのだと思う。すっかり涙もろくなってるはずの私が、涙することなんざ実生活ではまったくない。持てるのは暗い恨みとか怒りの感情のみ。

 そんな私なのだから、小説や漫画の中で心を動かしてみても、とりあえず勘弁してほしい。
 私の周囲の世界は、打算とか保身なんていう、あまりにも汚すぎるジメジメとした感情ばかりなのだから・・・・。

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花火とハタハタ

 IXY-D900ISを初号機常用に戻したら、画像に付される番号が2号機と重複してわけわかんなくなってる。基本的にファイル名で整理してるんで大変なのだ。

 というわけで、毎年8月第4土曜日恒例の、大曲の花火について報告させていただく。

 みなさんご存知の通り、大曲の花火は単なる花火大会ではなく、競技会である。全国の花火師さんたちがその技量と着想を競う一大芸術祭とも形容され、日本三大花火のうちのひとつに数えられながら、創造花火の歴史の長さから別格扱いされることが多い花火大会でもある。
 「創造花火」とは、単にドカンと打ち上げる花火の美しさではなく、テーマを持って各種花火を組み合わせて打ち上げ続け、ひとつの物語を構成するという作品である。

 その極めつけともいえるのが、そのためだけに高い桟敷券を買う価値があると観客に信じられている「大会提供」だ。

 競技会たる通常の花火には、常に採点がつきまとうため、なかなかブチ切れたような驚かされるものは出て来ない。知ってる人なら唸るような小技は繰り出されるのだが。
 逆に競技の合間にスポンサー付きで上げられる仕掛け花火のほうが派手で拍手が大きかったりもしがちである(今年は佐藤養助商店とおはよう納豆が秀逸だったなあ)。
 大会提供は競技と直接関係はないものの、花火のできる最新の技術をブチ込み、しかも華麗にストーリー性を持ち、打ち上げ会場のすべてを使って大規模に演出されるため、観客は呆けるか失禁するか発狂するかという、極限の見世物になっている。
 たった数分間に現出するこの世とは思えない光と音の競演。その規模と芸術性の高さはおそらく世界に例がなく、世界一の花火であろう。

 その大会提供。今年は例年よりパワーアップしていると感じた(当バカブログ調べ)。
 昨年と一昨年が少々技巧に走りすぎて地味な印象があったのに比べ、今年はもう力押しというか、ストレートに花火の迫力を押し出してる感じで、例年になく感動の輪は大きかったようである(当バカブログ調べ)。
 もう大曲の大会提供を見ちゃったら、そんじゃそこらの小細工花火なんざ、鼻でヘヘンと福田総理並のあしらい方をしちゃうんである。

 ただし今年は天気に不安があった。当地では先週から夏型の雨が断続的に降り続き、大雨洪水警報が度々出される状況である。当日の天気も曇り→雨。気温は急激に低下し、例年比-6~7℃という推移。
 大曲は冬場に気温がやたら下がる土地であり、夏でも夜はかなり冷える。盆を過ぎれば夜が涼しくなる北国の中でも、大曲っつー土地の夜はナメられない。
 なにしろ花火の観客は身動きせずただ座ってるだけなのだ。基本的には秋の装い+なんらかの防寒対策がないと辛いのに、天候は雨。辛い花火見物になりかねない。

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 午前中は曇り空で推移していた現地の天気も、午後からは怪しくなり、夕方近くから真面目な勢いで降り出した。昼間っから一杯やって昼寝していた私は気がつかなかったが、かなりの勢いで降っていたらしい。
 早く現地へ入って無料の観覧スペースをキープしたい人や、旅行代理店の都合で早々に会場入りを強いられた団体さんは、さぞや辛かったことだろうと思う。散々雨に降られても、合羽を着るくらいしか防衛の手段がない雨ざらしなのだから。

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 そんな状況下で私は困ったことに愛用の合羽を紛失してしまった。15年間愛用してきている合羽である。アパートを出かける時になぜか見当たらないのだ。
 しょうがないんで山歩きの時に持ち歩いてるコンパクトなウインドブレーカーをバックへ放り込んでみたが、現地に着いて確認したら、ウインドブレーカーではなく単なるシュラフのカバーであった(^^;

 およよ~。この雨の中、どうしろってんだい。そう思ったものの、どうせ安物のシュラフカバーしかないのなら腹を括るしかない。
 結果的にはオーライ。下手な合羽を着込むより、数段快適に過ごすことができた。ただ安物なので雨が激しくなると浸水が避けられないところはあるのだけど、染み込んで来る感じだったので不快なレベルには至らなかった。

 思えば、春先に花火を見物した時にはシュラフそのものに入ったまま見物していたし、今回はシュラフカバーで思いのほか快適ってんだから、アウトドア用品は安物でもけっこう役に立つのう。

 夜花火の時間になったら雨はほぼ止み、その後もわずかながら降ることはあったが、合羽程度で十分にしのげる程度のまま推移した。
 また今回の私の席は会場の端に近く、センターで見れなくてハズれかと思っていたのだけど、風向きがラッキーですべての花火を煙に邪魔されず観覧することができた。
 風向きの運不運というのがあって、モロ風下になると煙ばかりで肝心の花火がよく見えないばかりか、花火の灰と打ち殻が落下してきて全身が真っ黒になってしまうのだった。

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 ところで、今回は雨天で合羽を着ている人が多かったせいか、桟敷席への入場チェックがかなり甘い様子であった。
 ゲートの係員は例年の1/3以下で、私なんぞは桟敷チケットを雨に濡れないよう衣服の下に入れたままでついゲートへ入ってしまったのだけどノーチェック。
 道理で通路にガキどもがたくさんいると思った。あいつらはチケットなしで強行突入してきていたのだ。

 安くはない桟敷席のチケットを苦労して並んで抽選を潜り抜けた人が知ったら、あの苦労と出費はなんだったのかと激怒すること間違いなし。運営側の今後の善処に期待したい。

 翌朝の現地の食事はオカズが焼いたハタハタであった。秋田の人なら「はあ?この時期にハタハタ?」と思うだろうが、秋田産のハタハタではない。北陸産のものである。
 識者によれば、冬に秋田県沿岸に接岸するハタハタの魚群は、すでに産卵モードに入っていてパサパサの身なのだそうだ。
 私もハタハタなんぞ冬に食いたいとも思わず、あのパサパサの魚のどこがありがたいのかと激しく疑問に思っていたのだが、ようは冬の秋田名物ハタハタは、一番おいしくない時期の魚なのだった。

 んで、私が今朝食したハタハタは、やたらに脂が乗っており、ハタハタってこのくらいおいしい魚だっけか?と不審に感じるほどであった。
 産卵前のハタハタは脂が乗っているのが当たり前だと聞き、このくらいうまいんなら俺もありがたがるよなあ、と齢四十数歳にして地元名物へ見識を新たにした次第である。

 かつてのハタハタなんざネコも跨いで通るというくらい、当地ではとにかく安い魚の代名詞であり、パックではなく箱で買ってくるのが当たり前であった。
 ブリコっつって、メスが抱いてる卵ですな、これも珍重されると聞くわりに、口にしても全然おいしくはなく、なにが悲しくてこんな貧相な魚を秋田県人はありがたがるかなと私はガキの頃からずっと思っていた。
 だからオフクロには「メスいらねーからオスちょうだい」「ハタハタは俺あまり好きでないから」と何度も申し述べているのに、悲しい固定観念からオフクロは冬になるとハタハタを買ってくるんである。

 わざわざマズい時期のハタハタを食ってるというのは、なんとも秋田県らしい間抜けな話ではあるものの、確かに県人は代々冬のハタハタを食らってきている。
 でも夏のハタハタのほうがおいしいのだから、ハタハタを県の名物という位置付けをしたいのならば、ちょっくら方向転換したほうがいいんでないべかね?冬に食ってうまい魚は間違いなく寒流に乗る魚なんだし。

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意外と大雑把

 オーストラリア産の牛肉って、硬くてしかも臭みがあるように感じるのは私だけだろうか。肉が硬くなるように、臭みが出るように、意識して牛を育ててるんでないかと思うくらい。
 まだアメリカンビーフのほうが私は好きだなあ。ポロポロとした食感だけども硬いよりマシな気がするし、臭みも少なく食べやすいと思う。

 というわけで、そろそろ焼肉は2週間に1回くらいで十分な気がする年齢になってきてる私だが、さっさと焼いてそのまま食って済んでしまう簡便さから、どうも一人焼肉の頻度は同年齢層のおっさんよりも多いような気がしてる。

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 最近などはステンレスのコンロ直火用プレートをお安く入手し、またまた焼肉の頻度が高まりそうだ。\840だったんよ。安いプレートだな。
 36cmクラスのプレートなので、ソロ野営へ持ち出すには少々大きいが軽量だ。ただし下部開口部が大きく、普通のアウトドア用ストーヴのゴトクには乗らないと思われる。角型のバーナーパッドなどを当てなきゃ無理。

 話は変わって。

 このところよく本を読んでるのだけど。

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 松本清張なんぞを読んでみたりして。現代的なジャパニーズスタンダードかなと思って。
 何冊か読んでみると、けっこう無理のある展開が多いんだねえ。主人公というか、謎解き役が、謎解き専門の職種に就いてる人間というわけではないのに、ずいぶんと勘がいい。勘の良さで物語の進行速度が急に早まったりする場面が多すぎ。
 ダラダラと続かれるよりもは読書的にマシなのかもしれんけど、意外に無理矢理な展開が多いのは驚いたよ。

 大曲の花火に行ってきまーす。



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寝言

 今日の当地は気温が22℃くらいまでしか上がらず、いきなり屋外は涼しい日和になってしまった。しかも断続的に激しく降る雨。まるで南国のスコールのようだ。
 晴れ男の私は、そんな天気でも雨に降られることはめったになく、本日も雨を回避して外仕事に行ってきた。警報が出てる地区だったけどもな(^^;

 地球温暖化とかって、なにやらエコロジー活動を促進する原点みたいな取り扱い方をされてる言葉なのだけど、こと日本列島に限っては周辺の海流の動きがより大きく列島の温暖化や寒冷化に影響があり、そのへんは漁業関係のニュースを観察していただきたい。
 寒流に乗る魚が南下して捕獲されているようなら、それは寒冷化へのひとつのキーワードであり、暖流の魚が北日本でも獲れるなら、それは温暖化の理由でもある。

 それにしても当地の雨の降り方は南国のようになってきた。ドッと降ってピタリと止む。しつこくシトシトと降るのが雨期における当地の雨の降り方だったのだけどもなあ。

 学校を出て上京して感動したのは、夕立ってやつを体験して時である。これが噂に聞く夕立かあ、みたいな。
 北国生まれの人間としては、スコールのように激しく降る夕立はなかなかに感動的な体験だったのだ。
 『夕立を 四角に逃げる 丸の内』なんて川柳が江戸時代にあって、当時からこういう降り方をしていたのだろうと雨宿りしつつ観察したのをよく覚えている。

 でも、まだ8月だってえのに、いきなり最高気温が22℃(気象台の観測では21℃らしい)に簡単に下がっちゃうんだから、やはり北国なのでありますね。明日はまた夏の気温に戻るらしいけどもさ。

 話は急激に変わって。

 昨日はニコンD700に萌え萌えってな感じの雰囲気を醸し出してみたのだけど、もちろんニコンに乗り換えようなどと大それた考えを私は持っていない。
 過去に何度かニコンに乗り換えようと画策した私ながらも、今さらニコンに乗り換えようとは思わないんである。
 まあこの世は縁で組み立てられているわけで、なにがしかの縁でニコン沼へ飛び込むことがあるのかもしれんが、とりあえず現状ではニコンへ切り替えたりはしないのである。オカネないし(^^ゞ

 それよりも、フルサイズであのくらいのカメラが出てきたってことは、ひょっとしてやる気なのか?どうなのよ?って感じで、ニコン35D(仮名)が登場する可能性がグーンと上がった気がしてる。

 間違いなくニコンさんの社内では私と同じことを考えてるヤツはいると思う。D700の画像クオリティのまま、できるだけ小さく単焦点レンズ搭載機へ移行できるかどうか、技術的な部分はちっとも私は見当つかないけれど、例えば搭載レンズの開放F値を(シグマDP1のように)少し落としてでもボディを小さくするとか、バッテリーの持続時間を多少犠牲にしてでも小さなバッテリーにするとか、そのへんを検討してる人はたぶんいると思うんである。

 かつてコンタックスT2に続いて、まさかニコンが35Tiを出すとは、なかなか想像しにくいことであった。

 当時のニコンさんは「唯我独尊」ってな感じで、かなり保守的なノリであった。AEの採用はあえて格下扱いのブランドネームで始めたし、バッテリーはかたくなに単3。シャッター速度優先AEとプログラムAEの一眼レフへの採用も遅かった。
 レンズ外側へ飛び出た爪でボディと絞り値の連動をさせようとするのはいいが、それをフォローするために後年いつまでも外爪レンズが使用可能であった。とにかく保守的。もはやカメラ的な右翼過激派と考えてもいい。

 そんなニコンさんが、海外ブランド許すまじってな勢いなのかどうかは知らないが、我こそは高級コンパクト機の日本代表というようにリリースしたのが35Tiであり、たぶんシグマDP1の登場をスルーするつもりはないのではなかろうか(希望的観測)。
 日本光学からニコンへ社名変更したあたりからノリも変わってる。たまにはウケを狙っておっぱずしたカメラも出したが、デジタル機でジワジワとシェアを伸ばしたように、いい意味で保守的な部分と市場狙いが同居しつつあるように見える。

 ニッコールを名乗ってるくせにボロクソに評価された35Tiのレンズも、きっとニコンさんの恥部なんである。
 あのレンズさえなければ、きっとニコンTiシリーズはもっと評価されてしかるべきであり、AFの甘さも今ならなんぼでも雪辱できよう。

 というわけで、D700は私にフルサイズのコンパクト機登場を予見させてくれた。そういった意味でも興奮する価値がD700にはある。勝手に予見したつもりになってるだけなんだけどもねー(^^ゞ
 でも登場するような気がする。ニコン35D。来年の2月あたりに。

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もひとつ小さなガス燃

 ちょっと書くと、続けて書きたくなるアウトドアネタ。それだけ迷いが多いということなのだろうけれども~(^^ゞ

 きのうはスノピの「地」をサブバーナーにしちゃおっかなと思ってたのだけど、実はほかにも目をつけてるのがあって。

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 笑っちゃうっしょ。ジッポーブランドのやつ。いや、最初は私も馬鹿にしてたんよ。アウトドアブランドに参入してみましたってやつだろって。

 ところがこのALっての、実物を手にしてみたのだけど、これがまた小さいったらありゃしない。確かにメーカーさんも「収納サイズなら世界最小」と謳ってる。
 掲載カットのボンベは250gのものではない。110gの小さい缶なのだ。それでこの大きさである。現物を見たら納得なのだけどもね。

 注目すべきはバーナーの形状。小さなガス燃ストーヴは炎が垂直に立ち上がる一点加熱主義的なものが多く、チタンのコッヘルではちょっと使いにくい感じがするのだ。それがこのALでは広い範囲に炎を出してくれそうで、コッヘル全体を加熱してくれると思われ。
 かてて加えて、このジッポーのAL。通販よりもホムセンの店頭のほうが安い。私が現物を見たのもホムセン。あんまり小さくて「ウソだべ?」と思って手に取ったのだった。

 ただ、ちょっとゴトクが小さい。ホントにソロ用のコッヘルでなきゃ厳しいかもしれん。んで火力が強すぎ。2900Kcal/h。モタモタと調理してる私には合わないかも。
 110gのガス缶があっという間になくなっちゃったりしたら、小さなガス燃器具を安く予備に用意する私の計画は本末転倒。
 日頃の野営におけるガス消費量を考えて110g缶を採用したのだもの。1泊2日なら110g缶で十分なはず。

 私が使うコッヘルのサイズ的には、スノピのほうがゴトクは合いそうね。火力は強くなくていいわけで。
 火力=短時間にこだわるなら、きっとジェットボイル系に私は走ると思うよ。

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サイフのヒモを締めつつあり

 アウトドアネタをしばらく書いてなかったような気がするので、少々。

 今週末は例の大曲の花火に出撃なので、野営するとしても再来週以降になることは前に書いた。
 かてて加えて、個人的な収支が若干出費過大になりつつあるし、おそらく来年度は今期よりも消費者にとって厳しい世の中になることが容易に予見できるので、それに備えてサイフのヒモを締めつつある昨今だ。来年の夏はアウトバック号の車検あるしね。

 おお、大曲の花火ね、現状では親戚のおじさんと二人で桟敷を占領することになりそう。誰か飛び入りで参加したい人がいたら要相談だよ。さすがに桟敷で二人ってのは贅沢すぎるからね(^^ゞ

 サイフのヒモを締めつつあるので、はたして今期はソロテントを調達したもんかどうかと考え込んでる。
 理想としては、2ウォールでミニマムなサイズ、前室を装備していて、できればフライはポリエステル。ポリエステルが理由で多少重くなるなら許す。インナーはメッシュオンリーでなく、できればメッシュ以外の選択肢が欲しい。

 ところがそんなテントは存在しない。ミニマムなソロテントのネックは、軽量に走ったメッシュ仕様か、さもなくば山岳用の狭いテントしかない。
 軽量さを求めるのは当たり前のソロテントなのだけど、フルメッシュなら当然に低地での夏場以外では別に防寒手段を考えねばなるまい。私は北日本の住民だからして。
 ハマーヘッド2でさえ、4月の野営では寒さを意識した。本来ならシュラフの使い分けで防寒というものを考えるべきなのだろうが、残念ながら私の家計はシュラフをホイホイとたくさん装備できる状況にはない。

 真夏なら通気性に難があるかもしれない山岳系テントを見ても、安眠のために最大長に制限をつけちゃうと、無意味に4人用とかを選ぶことになり、持ち運ぶ労力も買い求める価格もやたら無駄が多いことになる。
 アライのカヤライズがあと20cm長ければ真面目に考えるんだが、トレック系に振ったテントを含めて、やはり国産のテントではムーンライト以外は長さが足りぬ。かといってムーンライト1or2は重量的にいまひとつおもしろくないときたもんだ。

 そんなわけでソロテント調達戦線は引き続き一進一退の模様。キレて変なものを調達しないように自分を制御してる昨今。

 この秋に向けてはむしろコッヘル方面に異常ありってな感じ。ホムセンの安いミニマム鍋をマジで使おうかと思ってる。18cm級のインスタントラーメンですら入らないかもしれないサイズである(湯に入れて15秒くらいしたらちゃんと入るんだけどもね)。  

 加工の具合の程度に差はあるものの、ミルクパンやソースパンのような小さなテフロン加工鍋はホムセンで安い。とくに田舎は安い。ニーズがなくてやがて特価処分になるからだ。
 私のような一人暮らしは少ないし、田舎じゃソースパンもミルクパンも存在すら知らない人がほとんどで、誰もが小さな鍋の用途を思いつかないのだった。

 安いテフロン加工の小さな鍋が、いずれ特価処分になることは目に見えているので、処分になったら手を出せばいい。
 そして私はあえて鍋の柄を切断しないで使おうかと思ってる。職場の各種機器を使えば簡単に柄を切断できることは調査済みながら、わざわざ使いにくい仕様にしてまで柄を切らなきゃならないのかと思い直した。
 使ってみて不便なら、あらためて柄を落とせばいい。柄を落としても鍋を保持するツールはもう調達してあるのだから、使ってから決めればいいのであった。

 で、その小さな鍋がメインになるなら、テフロン加工にモノを言わせて煮炊きのメインになること間違いなく、テフロン加工のおかげでフライパンは不要になる(エバニューのチタンフライパンをどうするんだという突っ込みは却下)。

 小さなヤカンも調達したので、安鍋+ヤカンに、ちょうどいいサイズのコッヘルひとつあれば、鍋系2×フライパン1の個人的必要条件は足りると思える。
 その追加するコッヘルは手元の在庫から選ぶことになり、おそらくトランギアのメスキットから鍋だけを抜くか、密かに格安処分価格で入手したステンのソロコッヘルセットから器を引っこ抜くことになろう。それで私の野営は明らかに足りる。
 足りるはずなのだが、そのへんの試行錯誤に秋シーズンは費やされることになりそうだ。

 ガスメインに切り替えたら、ちょっと気になる火器があって。スノピの地。

Gs100

 「地」っていう名前のガス燃なのよ。登山用のガス燃器具は世に多数あれ、この地くらい安く流通してるコンパクトな火器がなくてね。某店で触ってたら小さくて気に入ってしまったのだった。韓国製であることとなにか価格の秘密が関係あるのかな?
 ゴトクの大きさは私がよく使うサイズのコッヘルでもなんとかなりそうなくらいで、完全なソロ向け火器ながら、サブで持っててもなんにも苦にならない大きさと軽さにビックリした。

 かといってチタン製の高価なものは必要に感じていないので、一番安いイグナイターなしのものを選ぶと思う。インチキ野営野郎の私には十分軽くて小さい。
 ライターは過去の教訓によって2つ以上持ち歩いてるから、オートイグナイターなんかなくても十分。っつーか、液燃から入ってる私にはイグナイター不要。ライター持ってて当たり前だもの。喫煙者だし。

Img_2356_2

 プリムスの2243に文句があるわけではないのよ。15年間バリバリ働いてくれてるし、多少の風でも炎が消えることのない堅実さには頭が下がる。
 ただ長らく液燃野郎だった私は2243しかガスストーヴがなく、もうひとつ調達しておきたい気持ちがあるのだった。

 

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むむっ!D700

 撮ることに関して大変弱気になってる私。その理由のうちのひとつに、仕事で撮らなければならない、いわゆるひとつの「工事写真」ってやつですら、どうにもヘタクソなのである。
 おまけに今日などは「ビヨさんのカメラ選択ミスですネ」なんて言われちゃったりして。どうも我が社ではオリンパスのμ1030SW工事写真バージョンの評判がいいようなのである。

1030

 私はガッツリと構えられる大柄なリコー500Gをいつも持ち出すのだけども、確かに写りは物足りない。コントラストが不足し、ハイライト部が滲んだりブッ飛んだりしやすく、AFも少々頼りない感じはする。ダイナミックレンジが狭いのかもしんない。
 今日撮ったカットでは、日陰を消そうとしてフラッシュを炊いたのに、なぜかハイライト部が流れて写っていた。高速シンクロの晴天下でなぜに流れて写るかな・・・・。

500g

 帰社してから撮ったカットを確認してガックリしたよ。あのカットは間違いなくボツだな。
 もちろん簡単に撮り直しなどできない場面のカットであった。500Gを敬遠したがる同僚の気持ちがわかるというものだ・・・・。
 かといってμ1030SWはコントラストがキツすぎる印象があって、屋外ではあまり使いたくない気持ちが私にはあったりするのだよ。

 話は変わる。

 きのう泣いたカラスが今日いきなり笑ってるんだが、地方都市においてはカメラ雑誌が今日発売なので、ちょっとだけ立ち読みしてニコンD700の記事にガツンとヤラれてしまった。
 私は初見で「欲しい!」とカメラに対して感じることが少ない人間である。「使ってみたいなあ」と感じることはしょっちゅうながら、欲しいとまではなかなか考えない性格なのであった。その私がいきなり「D700欲しい!」だもの。デジタル機なのに珍しいことではある。

D700_1

 私の写真環境では、いずれデジタルと銀塩を対等に共用する時期が来るのは目に見えている(現在でも私は銀塩を意識の上では優先させているのだ)し、それに備えてデジタルに手を出して、ニコンE5000から連なるデジタル機遍歴になっている。
 けれどデジタル機に求めているものはコスト低減であり、気楽に撮れることであって、バーンと本気で使う気持ちではない。
 銀塩写真の撮影では当たり前の曖昧な部分がデジタルにはまったくなく、それが思考的趣味としての写真をスポイルしている気がするからだ。

 何度か書いていることだが、銀塩写真においては適正露出ズバリというものを求めることに意味がない。存在しているのだけど、それにピタリ合わせることなんざ困難である。
 なんぼAEや測光が進化しようが、しょせん被写体の平均反射率18%からは逃れられず、自動露出演算では適正露出の近似値を得られてもズバリというのは偶然以外に求めることは不可能である。

 では手動で合わせる露出はどうなのかといえば、今度は絞りとシャッター速度を連続的に可変させることができないシステムが足を引っ張る。段階的にしかセットできないからだ。
 絞りF9.1のシャッター速度123分の1なんてセットできないし、仮にセットできたとしても、露出計から得られた数値になんらかの「勘」を加味した上でのセットになるだろうから、現像するまで適正露出かどうかはわからない。
 また、数値的に仮に適正露出だとしても、撮影者の意図通りなのかどうかは適正露出を求める行為とはまったく別の問題であり、撮影者の精神的な部分が占める割合が大きいのが銀塩写真だと私は思ってる。

 片やデジタルはといえば、カメラ背面に液晶画面を備えていることから、とりあえずこれから撮影する場面、もしくは撮影直後の画面を目視で確認できる。
 実際にカメラで記録される画像が、カメラ背面の液晶に正確に表示され(あの小さな液晶で正確な再現に意味があるかどうかは別にして)、パソコンの画面にも正確に表示され、プリントで出力しても変化がないと仮定するなら、撮影時点でもうその絵が意に沿うものかどうかはすぐわかる。曖昧さがまったくない。

 露出の適正さという面では、無段階で連続的に露出をセットできても追い込めないのは銀塩もデジタルも同様ながら、少なくても撮ったカットを確認して対処できるのはデジタル機の特権である。
 その場面を記録するという写真の一側面を追求するなら、デジタルカメラというのは銀塩よりも上かもしれない。

 コントラストがキツくて醜くなったり、色再現がメチャクチャで正確な色ではなかったとしても、撮影時点で記録される絵がわかるというのは大変に便利なことである。さして重要ではないメモ用途には最高であろう。
 もちろん、その記録を長期間に渡って保存するとなればデジタルはまだまだヤバい存在なのだけど、撮ってからせいぜい半年保管できればいいならなにも不安はない。

 つまりデジタルカメラというのは「便利」なのである。私がデジタル機に求めるのも便利さだ。

 デジタル機の持つ長所を積極的に自分へ受け入れた結果、気軽に何度でもレリーズできることと、くだらねーものでもとりあえず撮っておこうという気になれることがメモ機として大きな長所なのだ。
 テキトーなライティングで身の回りのものを撮る気になれる精神的気楽さというのは、私の場合は銀塩に存在しない。パソコンでテキトーにいじって画像を作るにせよ、銀塩ではそんな真似をする気にはなれないのであるよ。

 では便利ではない銀塩機の魅力というのはなにかといえば、先に述べた曖昧さが撮影者の精神的な思考の余地ということであるし、デジタル機では期待しても無理な「そこに存在する原版としての絶対的存在」である。
 たかがフィルムスキャナでパソコンへ読み込んでみても、デジタル機と比較するのもおこがましいほどの情報量を銀塩リバーサルは持っている。
 その緻密な描写には今でも感動できるほどだ。そこに被写体があるという確かな立体感は、現在でもデジタル機には再現できまい。

 ということは、私が銀塩原版に感じている感動を得られるデジタル機があれば、もはや全面的にデジタルへ移行ということが、可能性としてはあるのだけどもネ(^^ゞ

 話はD700へ戻る。EOS5Dとは登場時期の差、すなわち時間的に進歩した技術の差がある。私が「へえー」とEOS5Dのカタログを眺めて感心していたのは、前々回にオフ会で上京して2日目に御徒町を一人ほっつき歩いていた時なのだ。時間の経過がデジタル機器の激しい進化を加えている。

 価格は若干下がって技術は数段上。それがデジタル機器の進化として当たり前なのだけども、どうもカメラの場合は(一眼レフに限り)フルサイズとAPS-Cサイズの間に大きなハードルが存在していると見え、どのメーカーも簡単にハードルを越えてはくれなかった。
 いずれフルサイズでなければ話にならないはずなのに、どうも市場はAPS-Cサイズ対応レンズばかりになり、ひょっとしたらこのまんまになるのかとメーカーさんもユーザーも決めてかかってもしょうがない状況であった。私もそういう危惧を抱いていた。

 けれど、記録という側面で止まっていたデジタル機を一歩前へ進めさせるなら、レンズ絞りをフルに使え、レンズのイメージサークルを存分に使えるフルサイズ機でなければ意味がないことも、これまた事実なのである。

 フルサイズ機で使える一眼レフが手を出せる価格で登場したら、本気でデジタル機に手を出してもいいと、かねてから私は公言してきている。
 EOS-KDXの価格が下落して、ついフラフラと私は手を出してしまったが、デジタル一眼レフというものを知るにはいい体験だったと思っている(←単なる負け惜しみ)。

 だがやはり広角レンズをきっちりと使え、絞り全開の絵はきちんと被写界深度が浅くなければ、撮っていておもしろいはずがない。
 とりあえず望遠ズームを与えていれば喜ぶニューファミリー層を誤魔化してりゃいいわけではないのである。

 D700のキットレンズが24-120mmのVRなのは納得がいく。個人的には28-105mmでたくさんなのだが。望遠側で120mmのF5.6ってのはな。せめてF4.5は欲しい。

 デジタルも銀塩も問わず、光学式の手ブレ補正レンズってのはAEとAFに続く「発明」だと私は考えている。
 手ブレを誤魔化すなど許されないとお考えの撮影者もいらっしゃるだろうが、たいていの手ブレ補正レンズには機能をカットするスイッチがついている。
 つまりブレブレで泣きたくない場面なら自動化に頼る選択肢が得られるだけのことであり、ブレをも加味したけりゃスイッチを切っちまえばいい。選択肢が増えるのは歓迎すべきことと思うのだが。

D700_3

 雑誌の記事に踊らされるつもりは毛頭ないが、フルサイズ機のハードルが価格的に下がってきていることは素直に歓迎すべきことと思う。
 しかもあの絵はな・・・・。私が懐かしむ真夏のフジクロームってな感じで、ちょっと琴線に触れてしまった。
 印刷媒体ってのは銀塩時代より数段再現性に信頼が置けなくなってるとはいえ、そういう絵が撮れる可能性のひとつなのだと私は理解している。

 今でも銀塩を優先させているつもりの私は、いよいよ併用してもいいのかなという気持ちになってる。
 もちろんD700を買うとか買わないというレベルでの思考ではない。単に「欲しい!」と感じた自分の気持ちに驚いているだけである。現実的に手を出すとそれなりの出費が伴う自覚もちゃんとあるので。

 シグマDP-1でやたらと「買え買え」みたいなオーラをたくさん発した自分が、いざ現物が市場に出たらガッカリしちゃった無責任さを自覚してるんで、無意味にD700を褒め上げるような真似はせず、単に個人的感慨を書き残すこととしておきたい。

 ただデジタルのフルサイズ機が真面目にメイン機になるかもしれない扉を開いたことだけは間違いなかろうとは思ってる。そういう感動がD700にはある。

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ナッシング

 今日も例の親方に言われなくてもいいイヤミを言われてきたよ。

 頭数が必要な仕事があって、たまたま(かどうかわからんが)その親方と組まなければならなかった。
 仕事の知識じゃ劣っていたとしても、わりーけど社会経験は私のほうが数段上。ならば、劣ってる人間に譲ってやるのは当然ですわな。
 外ヅラでは従ってるようなツラして見せつつ、「おめーにもわかんねーことはたくさんあるんだなあ?」と、明らかに違う説明してるのを澄まし顔で聞いてたよ。

 その機器の詳細を知らなくても、機械の仕組みからして解説が明らかにおかしいことくらい、俺にだってわかるってーの。目で見て動きが理解できる機械なら、あんたがよく口にする「幼稚園児にだっておかしいことはすぐ理解できる」なのだ。
 社内でも若い連中はみんな似たような体験をしており、触らぬ神扱いで、裏ではかなり恨まれてるのを知った。
 裸の王様はそのまま放っておくに限る。いつか自分が今までしてきたことのツケを支払う場面が来るはずなのだから。

 景気の悪い話はここまでにして。話は変わる。

 先日はEOS7を持ち出して、久しぶりに銀塩一眼レフを使ってきたわけなのだけど、フィルムを半端に使い残してしまい、その消化を兼ねて盆に農村へ持ち込んでみたが。結果として出番ナシ(^^;
 激しい雨で読書してるか、晴れればあちらこちらへ用事があってオフクロを乗せてクルマで出かけるかで、クルマ酔いの危険性が高いオフクロはなるべく早く無事に目的地へ届けねばならず、途中で寄り道してカメラを取り出すような余裕はまったくナシ。

 かてて加えて、明らかに私の写欲が落ちている。あの被写体をこの組み合わせの機材で撮るのだ!という思いはめったに生まれず、むしろ自分がどんどんヘタクソになっているのを自覚しているので、つい先日などは、酔った勢いで本家を閉鎖する手続きをやりかけたくらいだ。
 写真を趣味だと口にしてもいいものだろうかと、マジで思い悩むくらい、私は撮るのがヘタになっている。少しずつ公開するのが恥ずかしくなってきているのであった。

 その一方で、なにか新機材を調達したら、少しは撮る気が起こるのではなかろうかと思わなくもないのだけど、欲しい銀塩機材はもう皆無に等しい。
 どうせヘタクソなのだ。なにを使っても結果は似たようなもので、デジタルの安いコンパクト機を振り回してるのがお似合いな程度ではなかろうかと自分で思っている。
 ライカを使うとか使わないという以前の話で、銀塩機もデジタル一眼も全部処分しちまってもいいかなーとさえ考えている。

 長い無職期間でさえ撮ることをやめなかった理由は、それだけが自分のアイデンティティとして残されたものだと意識したから。
 でもそのアイデンティティさえ、はたして今の私には必要なのかと自問自答する。こだわったところで、どうせヘタになってく一方。残るのは「こだわり」だけだ。

 カメラというのは単なる道具に過ぎない。結果を残すための道具だ。その結果がダメになっていってるというのなら、道具の存在価値はないに等しい。全面的にやる気がなくなってきてる私なのだ。

 そんなわけで、今期の上京作戦を正式に放棄します。関係者の皆様には申し訳ないことですが、少なくても私がヘタクソになっていることは、本家で十分に感じられてることかと思います故。

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内陸線存続に向けて

 内陸線の存続が決まったよ。といっても期限付きだけど。

 県知事と地元自治体の長(内陸線は三セクなので社長兼務)が協議して、とりあえず3年後の努力目標を決定したらしい。
 それもありがちな無理な数値設定ではなく、このくらいなら達成できるかもしんないという線に置かれている。本気で存続に賭けてるな、と感じ、よーしよーしと唸ってる私である。

 地方における鉄道存続というのはどんどん難しくなっていく世の中であり、公共交通ネットワーク全体がヤバい。
 田舎は自家用車利用が基本の生活に移行してしまってるというのに、高齢化が公共交通機関を必要としている。

 ウチのオフクロなどは、次回の運転免許更新時に免許証を返上しようかなどと口走っている。おのれの肉体の衰退にクルマの運転に自信がなくなってきてるのだった。
 かといってクルマがないと買い物ひとつできない。それが日本の田舎での当たり前であって、ガソリンの高騰と冬場の灯油の高騰は雪国の年寄りに重くのしかかる課題なのだ。

 では公共交通機関を充実させたらいいと都会にお住まう方は考えるだろうが、日本における人口密度というのは、首都圏が異常に過密しているだけであって、地方じゃ桁がふたつくらい密度が違う。

 以前に書いたが、秋田市内でとりあえずチラシを新聞に折り込むとする。秋田市全域ではなく、市街地を広範囲にカバーするにせよ、3万部を刷る必要はない。
 業種や営業規模にもよるが、小さな店なら2万部刷って、2千部を店頭に置いてあとは折り込みというくらいで足りると思われる。広範囲と考えても2万5千前後くらいが適量ではあるまいか。

 ところが東京じゃ3万部刷っても半径3km内に折り込みをできない(中野区の場合)。秋田市といえども人口30万人超の都市で、人口だけに限れば東北有数の都市なのである。
 それでも人口密度感覚は、チラシを半径15km圏内に折り込むのと都会で半径3km圏内に折り込むのが同じくらいの量なのだ。

 これは採算を考えねばならない事業なら業種問わずのことで、公共交通機関も同じなのである。赤字をタレ流してでも運営できるのは官営と三セクくらいのものだ。
 前に「写真業界の衰退は田舎から」と書いたのもまったく同じ理由で、人口密度、すなわち商圏内の利用者数が都会よりも少ないので、衰退してくると採算を割るラインが時間的に早く来ちゃうということである。

 客のニーズというのは日本国内なら都会でも地方でもそんなに変わらない。その顧客のニーズというのは商圏内の人口にパーセントを掛けることで導き出され、パーセントが一定なら分母が大きいほど分子は大きくなる。
 30万都市と100万都市を単純に比較した場合、仮にニーズが1%だとしよう。30万都市なら潜在顧客は3千人。100万都市なら1万人だ。
 ニーズの変動によってパーセンテージが下がった場合、その店の採算ラインの想定顧客数が1千人だとするなら、ニーズが想定時より6割強減ったとすると、30万都市だとヤバい。けれど100万都市ならまだ3千人をキープできてる。

 上記は単純計算でしかないが、基本的な考え方はこれである。商圏の範囲の設定と、想定顧客数によって設定する店舗の規模。これは単純な算数だ。
 店舗を構えなくても、利益を出そうと考える商売なら避けては通れない考え方であり、利益率が一定だとするなら分母が大きければ得られる数字は大きくなるので、チェーン店化という道になる。窓口がたくさんあると率は一定でも利益金額は大きくなる。

 閑話休題。地方における公共交通機関というのは慈善事業に近いノリがあり、クルマを持たない人の移動手段がなくなった際に起きる静かなパニックは、田舎で暮らす人間なら誰でも容易に想像できる。
 過疎化は進行し、限界集落と目される集落は片っ端から廃村と化す。いくらか暮らしやすいかと30万都市へ引っ越してみても、家賃が高くて都市周辺部で暮らすことになろう。
 ところが都市周辺部でさえ公共交通機関の衰退は激しく、日々の食事のための買い物すらままならないと気がつく。
 安い店を探して通っても、その出費には常に一定のバス代が載ってくる。私のような性格なら、単価計算した際にバス代を載せることを矛盾に感じるであろう。

 目先の話なら、クルマがなければ生活ができない田舎の老人をどうフォローするかという話になるだろうが、本質はそんな表面的な部分にはない。
 もはや完全官営にして住民サーピスのためなら赤字もぶっちぎるような勢いを要求されているのが現在の田舎だ。住民のためなら税金で補填します。

 でも高齢化が加速度的に進むと、年金暮らしばかりじゃ税収は期待できず悪循環。だからこそ求められているのが、老齢であっても参加できる農業公社であり、高付加価値産物なのである。
 付加価値が大きいなら大量に生産することは単価を下げることになるのでむしろ不利。ヨイヨイのジジイやババアでも耕作可能な面積の畑があるなら、少量生産でも年金プラスαになる。それで成功してる集落も県内にあるのだ。

 話が思いっきりズレてしまったが、田舎における公共交通機関の確保という話題は、どうしても高齢化と税収確保の二つを避けては通れない話題なのである。
 公共交通機関の維持には税金と似たところがあって、必要なのは頭数なのだ。高齢化が避けられないなら、まずは頭数の確保に腐心せねばなるまい。

 三セク鉄道の存続とは、単に鉄道だけの単純な話ではなく、地域住民を繁栄させることまで含めたかなり立体的な話なのであるよ。

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お盆徒然

 5連休という盆休みの私だが、そのうち有給休暇が3日である。

 役所に準じた体系を尊ぶ習慣がある我が職場では、お盆休みというものが存在しない。故に、お盆休みを取りたきゃ、有給休暇を取得するしかないのであった。
 そんなことわざわざ口にして相手に嫌な思いをさせてなにか楽しいんだろうか、というようなイヤミを頂戴したとしても、有給休暇を取得するしかないのである。

 思い起こせば、お盆に5連休というのは、おそらく社会に出てから初の快挙である。在京時代には帰省の足がもっぱら単車であったため、渋滞を避けた時期に4連休が最多だったはずだ。まだ週休二日が一部の企業でしか採用されていなかった時代である。
 田舎に来てからも週休二日には縁がなく、休日もほとんど仕事という身分であったため、せいぜい3連休が限度(無職時期には700連休という快挙を達成しそうになってはいたものの)。

 ところで、せっかくの5連休なのだが、眠れなくて夜更かしすることが多くて困惑している。農村だから朝は早く、結局は寝不足の日々と相成っている。
 この理由というのは、アパートにいる時のように飲んだくれてないというのもあると思うけれど、なにより肉体労働者が労働していないんで疲れていない、ということなのではないかと思った。疲れてないから眠れないってとこか。

 話は変わる。農村に来ると当たり前に古いものが出てきたりしておもしろい。先日などは戦前の雑誌を丸ごと発見し、戦時色の濃い内容にいささか閉口した。
 今回はそれほど古いものではないが、明らかに昭和の遺物であろう。

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 貝印の使い捨てヒゲソリである。パッケージがあまりボロくなっていないので疑問を抱かずに使ってみたら、すぐあちこち傷だらけになった。最新のヒゲソリで慣れちゃってるんで、刃先が暴れたのである。

 また話は変わる。大挙襲来する予告があった親戚連は、お盆前に来てとっとと帰ったり、あるいは日帰りで素早く帰ったりなんかして、オフクロが危惧したようなパニックにはならず、いたくのんびりした日々になった。
 当地での墓参りの日である13日だけ残暑が厳しい好天だったものの、あとは雨がやたらと降り、外へ出かけるでもなくダラダラと過ごしている。

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 なにしろ5連休なので夜もいたく暇であり、これは読書するしかあるまいと『警察庁から来た男』なんてのを買ってきてみた。

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 この著者のかつての作品は『エトロフ発緊急電』など、わりと私は読んでいたりするので馴染みがあり、ミズテンで買い求めたのであったが、ふと寝所の本棚を見ると浅田次郎のエッセイがあったりして、そっちに手を出した結果、見事にエッセイにハマってしまい、結局『勇気凛凛ルリの色』全4巻を読み進めている最中だ。
 5年ぶりくらいに浅田次郎のエッセイを読み返してみたのだけど、その文体の高尚さとネタのキレを除けば、けっこう私は影響受けてたんだなとちょっと笑ってしまった。真似してるんでないかと自分で感じるとこがあったりするのだ。

 またまた話は変わる。

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 北海道に住まう私のいとこが土産に持ってきたじゃがポックル。意外にもうまい。カルビーの千歳工場で生産しているようだ。
 同じカルビーとはいえ、じゃがりことは大違い。一口目からうまさを感じるなかなかのスナック菓子なのであった。

 あまりのうまさに「もっとたくさん食べたい」などと老母がヌカしやがるので、それならオンラインで買い求めてあげようと検索してみたところ、どうやら限定生産品らしく、大人気で品薄どころか早い者勝ち状態になっている。「残りの在庫を大事にいただくしかねえだろ」と老母へ申し述べるしかなかった。
 見かけたら食べてみてくれい。うめえよ。単なるスナック菓子としか思えないお土産に老母は首を捻っていたようだが、食べればわかるのであった。

 話はしつこく変わる。

 今月に入ってからのIXY-900ISで撮った画像の色調が変わっていることにお気づきの読者はいらっしゃるであろうか。実は色味を変えてある。
 といっても、なんのことはない、カメラ側の色の調子を「くっきりカラー」から「ポジフィルムカラー」に切り替えただけである。

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 上のカットが「ポジフィルムカラー」、下が「くっきりカラー」である。選んだ場面が適切ではないので違いは少なく感じられることと思うが、遠景の緑を観察するなら、上は青く下は黄色いことに気がつかれるだろう。
 実際、ポジフィルムカラーにセットして使うと、なんとなく青味を感じる絵になる。画面全体が青いというわけではないが、なんとなく青いんである。
 ポジフィルムといってもブランドごとに味付けは大きく違うので、いったいどのフィルムのことなのだろうと考えてみたが、おそらくエクタクローム系の印象なのではないかと思う。

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 AWBの光源検出というのはシビアなようで、上のような場面であっても人工光に反応するらしく、上の画像よりも原版ははるかに炎がピンク色になっていた。蛍光灯に反応した結果と思われる。

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 しかし蛍光灯が画面に入っていなくても炭が熾きになっている部分はピンク色に写ったりして、これはWBをキャンセルして太陽光に切り替えても変わらない。
 太陽光に切り替えることによって炎の色は変にならないが、炭の部分はピンクや紫に写ることが多い。炭から発せられる赤外光と関係あるのだろうか?

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 ところで。IXY-Dに長時間露出機能があるのをすっかり私は忘れていた。シャッター速度優先AEのノリで最長4秒まで指定できる。

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DSC放談

 一昨日までの残暑が一転、昨日から当地はほぼ雨である。今日はシトシトと降る雨になったが、昨日はけっこうザーザー降った。いかにも夏らしい、ドッと降っては止み、そしてまたドッと降るパターンで、どこかで川が増水して溢れてんじゃねーかと想像したくなる降り具合ではあった。

 気象庁のレーダーエコー解析とアメダスデータの合成資料によると、昨年に引き続きまたしても秋田県北に大量の雨が降ったらしく、大雨洪水警報が出てたっけよ。
 それでも時間雨量で20mmとかだから、西日本で暮らす人々から見たら笑っちゃう程度の雨の量なんだろうけどもねえ。

 話は変わる。

 年に一度は常用デジタルコンパクト機を買い替えたくなるのが、私の大変悪い癖である。壊れたし修理代が高くつく、という理由ならまだしも、そうでなくても言い訳して買い替えたがるんだからよろしくない。
 というか、そう簡単に壊れそうなもんを使うな、という話もある。デジタルコンパクト機そのものがそれだけヤワな存在であるといえるし、銀塩機よりも使う場面は明らかに多いから壊す機会も多いのかもしれない。

 そういう体験からオリンパスのμ1030SWであるとかリコーのG600という機種に目が向きがちなのだけど、μ1030SWはどうも手に馴染む感じがせず、カタログなどで眺めるよりずっと小さくて使いやすそうなのに、前回書いた個人的理由によって限りなくボツに近い。
 かといってG600は常用するには(私の場合の常用とは、用事の如何に関わらず外出時には常に携帯しているという意味)ちょっと大きいし、業務用途狙いのせいか、いささか高価である。

 現在愛用中のIXY-D900IS(2号機)は、レンズバリアの開閉が固着しがちな症状が解決せず、かといって修理するくらいなら新しいの買っちゃうべ、という感じだ。
 修理代は安くないものだし、修理期間中の代替機たる初号機はどうもISがまともに動作していない感じがして、代替機には難しいかなーと。

 なんでまた弱気なのかというと、910ISが早くも2万円くらいの価格まで下落しているからだ。大変に手を出しやすい存在になってる。
 モデルチェンジ直前というような時期ではないはずだし、このクラスでのIXYブランドは知名度があるだろうから他社の新型機に押されてるとも思えないし。なんでまたこんなに安いのだろうか。思わずポチろうかと考え込んだのは一度や二度ではないぞ。

 実はIXYブランドではもう市場的に無理?大人のシブい「ちょっとした高級機」というデジタルコンパクト機が最近増えてきている気がするし、広角時のレンズ歪曲を意欲的に消してきてる機種も見られるようになった。どちらもIXYブランドには期待できない点だ。
 あるいはパワショG9の後継機として28mm相当から使える決定版を別ブランドでキヤノンが出そうとしているとか。それの絡みもあってIXYシリーズの28mm相当機は910でおしまいとか、そういうのがあったりすんのかなーとシロート考えしてみたりして。

 常用カメラなら、私は900/910ISで十分なんだけどもね。安っぽい部分は多々あるにせよ、元々安いカメラなのだからそれは仕方ない。
 安っぽいといえば、すぐベコベコになる外装も安っぽいけど、これは個人的に前向きに受け取ってる。薄い金属外装でも意味はあるのだ。

 900ISの初号機をバラしてみて、薄い金属外装に樹脂のシャーシであることを確認し、これなら冬場でもレンズさえ曇らなければかなり使えると感じた。
 というのも、持論として「雪国の冬場で金属部品の多いデジタル機は不可」と考えているからだ。何度も書いてることだけど。
 よほどタフなバッテリーを搭載した機種でない限り、金属部品が低気温によって冷やされるとバッテリーも弱々しくなり、ひどい時には一晩でデータ保持用のバックアップ電池まで消耗してリセット状態になる。
 薄い金属外装であれば、冷えやすいが暖まるのも早い。樹脂製シャーシの奥にバッテリーがあるなら、外気温がバッテリーに与える影響は小さいと思う。

 願わくばレンズの歪曲を早いとこ改善してほしい。どうしていつまでも放置したままにしておくのか理解に苦しむ。
 パナの新しい機種ではそのへんを改善してきてるでないの。ユーザーはそんなこと気にしちゃいないとメーカーさんは思うかもしれないけれど、販売店の担当者は商品について勉強しているだろうから、お客さんにオススメする時には影響あるんでないの?

 とここまで書いたら、ペンタックスからWシリーズの新しい機種が出てるのを知った。W60である。

W60_1

 28mm相当からのズームレンズを搭載していてオオッ!と思ったが、粘りがなさそうなバッテリーに不安を感じ、光学式手ブレ補正の未搭載で買い物候補圏外へなんとか押しやることができた(^^;

 実際ねー、キヤノン機には文句を言いたくなる部分がままあるのだけど、道具としての割り切りを前提にすると、けっこう使えるんだよねー。なによりISかな。実用的なレベルで補正能力が高いと感じる。
 ニコンのVRにも興味があり、今のところ他メーカーに手を出すとするならニコンが怪しい。

S710

 前に使ってたライカ=パナソニックのO.I.S.とかいう手ブレ補正は、あるんだかないんだか理解できない程度の補正しかしてくんなくて、こんなんじゃなくてもいい機能だな、と感じたものである。

Fx150
Lx3

 こんな新製品が出ても私が無反応なのは、D-LUX3があまり使い心地のいいカメラではなかったからであるのは言うまでもない。

 LX3なら広角好きのオメーなら欲しがるだろうと考える読者の方もいらっしゃると思う。でも24-60mm相当じゃなあ。
 小さなCCDのカメラでは絞りの効果がないに等しいと私は考えている。絞り優先AEなんか搭載してもらっても利用しようがない。マクロ域や望遠側を積極的に使って、被写界深度を浅くしたほうがはっきりと効果的だと思う。
 だからコンパクトデジタル機に搭載されるレンズは、100mm相当くらいまでの望遠をカバーしておいてもらいたいのである。28-105mmという感じの焦点域で私には十分。

 そりゃサンプル画像を見てる分には、歪曲がけっこう改善されてきてると思える。とくにFX150などは地味ながら「ひょっとしていいレンズでは?」などと感じる部分もある。
 でもさー、やっぱり家電屋さんってカメラ屋とは視点が違う気がどうしてもしてしまい、家電メーカーのカメラは敬遠してしまうのであるよ。以前にも大きなCCDを搭載してるソニー機を回避してるしね。

 

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お盆ですねえ

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 家の前で迎え火を焚きましてですね。老母と中年独身男が親子で花火やってるとゆー絵は、けっこうむなしいものがあったりしてな(^^;
 親戚の子供用に用意していた花火がシケってて、寂しく処分ってわけ・・・・。

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そういえばμ1030SW

1030

 職場の工事用カメラにあるの、今日気がついた(^^ゞ

 工事用のスペシャルバージョンで、CALSに対応してるやつ。

 どうも馴染めないのは、レンズがボディの上隅についてること。背面液晶頼りで撮るのだけど、やはりレンズはカメラの真ん中についていてくれないと、なんだか撮りにくいのだ。

 重いという評判だけど、さほど重くは感じない。丈夫なんだからこのくらいの重さでもしょうがないと思う。ボディも十分に小さい。

 でもなー、レンズがねー。んで内蔵フラッシュがこの位置でしょ。縦位置に構えると右手が上になるようにしないと、フラッシュ焚いた時に下から光を当てるパターンになりかねない。普通は右手を下にして縦位置は構えるからね・・・・。
 このへんは銀塩μ2の頃から変わらない。配置になにか理由があるのだろうけども、個人的には右手を下にして縦位置は構えたいからなあ。右手が上だと、なんだかブレそうで不安になるのよ。

 

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合わねえものは合わねえ

 10年ぶりに献血っつーもんをした。献血手帳をなくしてても、ちゃんと端末に記録されてるらしく、すぐ私の献血履歴が照会できた。

 んで、今は手帳形式じゃないんだね。プリカ仕様っつーか、裏面の印字が書き換えできるタイプで、そこへ過去3回の献血歴と次回献血可能になる日が印字されている。
 サイフに入れとけるね。便利になったといえる。でもポイント制時代に献血した人は、とっくに廃止されてるのを知らなくてご機嫌斜めだっけよ。

 いつでも俺の命を不治の病の子供にくれてやらあ。そんなことをヌカしてるくせに、献血もしないのはどうかと思った私。
 でも最終的には「アンパンマンのエキス」でヤラれたね。詳しくはリンク先をご参照願いたく。これをチラシで事前に配られた日にゃ、義侠心のある人や子供のいる人はヤラれちゃうよ。

 そんなわけで、肉体労働後の夕方に献血して、飲んだくれの肉体労働者が献血していいものかどうかというのはあるにせよ、とりあえず気分良く仕事を終えて、あとは盆休みに突入。のはずだったんだけどもね。
 「仕事もできねえくせして一人前に休みをとりやがる」みてえなことを職場の親方から言われて、すげー気分悪くなったぜ。そう、例のイヤミ上司。

 やっぱり生理的に合わねえ人間はどこまでいっても合わねえってこったよ。俺が献血直後のヘロヘロでよかったな。そうでなきゃ階段から蹴落としてたわ。俺の前を歩いてからね。そいつは。

 今年の農村はネット接続がスムースなようです・・・・。

011

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その他、一長一短的野営地

 森岳にある石倉山公園キャンプ場。思ったよりも本格的なキャンプ場である。バンガローもたくさんあるし、ファイヤーサークルがあったりしてね。

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 でもさ、テントサイトまですんなり行き着けないのよ。あたしゃ知らないフリしてアウトバック号で公園内へ乗り入れてみたけど、どうせクルマを置くスペースはありゃしない。
 指定されてる駐車場はテントサイトからけっこう距離があるので、荷物の多いキャンパーにはまったく適していないと思った。

Img_2540_2_3  

 雰囲気は悪くねえべ?個人的には整地された感が強くてあまり好きではないけどもね。無料利用が可能だが、管理棟があって届け出の必要があると思う。
 炊事棟あり、トイレあり、いざとなったら逃げ場もありで、設備的には最低限をクリアしている。ただ「熊出没注意」の看板がたくさんあるんだけどもね・・・・。

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 続いて羽根川公園キャンプ場。鹿渡から山へ入る。付近にはやたらと案内看板があり、なんとなく期待してしまうが、はっきり言ってイマイチ。
 とくに夏場はオススメしない。テントサイトはモロに日が当たり、木蔭はほんのわずか。その木蔭も時間の推移と共に太陽が移動したら意味がない程度の小さなものだ。地形的にも風は抜けにくいと思う。暑くてたまらん。

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 炊事棟とトイレは完備。無料ではなく管理棟あり。といっても格安で、大人一人\150らしい。
 指定管理者制度が適用されているようなので、今後なんらかの料金変更とか施設追加の可能性はあるが、あえて行くほどの意味はなさそうな気がするよ・・・・。

 続いて国花苑。桜の名所たる日本国花苑に併設されてるキャンプ場。キャンプ場っつーより、キャンプ広場って感じ。

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 バーベキューをやれ、と言わんばかりの据え付け焚き火台。普通は炭をぶち込むんだろうけども。

 この国花苑キャンプ場は、場所はわかりやすいし、駐車場完備、広い芝生のテントサイト、炊事棟もありと、いいことづくめのように見えて、実はトイレがネック。
 ないわけではない。トイレはあるのだ。けれど管理棟の勤務シフトに関係があるのだろうよ、曜日指定でトイレのある建物がお休み(=閉鎖)されてしまう。
 その曜日以外であっても、届け出のある利用者がいなければ施錠を解除しない方針らしく、仮に開錠されていたとしても夕方以降は再び施錠する方針のようだ。

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 お役所仕事。そんな単語が頭の中に思い浮かぶような張り紙の多さ(^^;

 とにかくテントサイトはひたすら広大なので、大人数が集結するイベントには良かろう。ソロ行にはどうかなー。
 私のように野営ではウンコ出ないっていう体質なら、トイレの不便を知りつつも利用する手はあるのだろうけど、私とて酒を飲んでションベンはたくさんするからねえ。立小便前提ってなことになっちゃうね。

 

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南の池記念公園キャンプ場

 北島康介、すげーな。みっともねーレースはするわきゃないと予想してたけども、あの後半の追い込みったら。勝った上に世界新だもの。すげー。今大会で光るレースだったぜ。

 と不要な枕の話を書いちゃったけども、今回訪問したキャンプ場について覚え書き。

 まずは大潟村の「南の池キャンプ場」。いつも仕事で通る幹線道から眺めていて、こんなに幹線に近かったらクルマの音が気になって落ち着かねーだろって思ってた。非常用の野営地だなーって。ところが現地を訪れたら、これが大きく印象が変わったんですなあ。

 現地にいるとクルマの音が意外と気にならない。県道だけども秋田~能代間を移動する時短ルートとして定番の道で、日が暮れると120km/hくらいで流れてる道だ。
 干拓地なので、ほぼ平坦なのよ。しかも直線が基本で、カーブが極端に少ない。北海道にもなかなかないだろうというくらいフラットな道で、信号の多い国道7号を走るより時間的には早い。
 したがって夜間はクルマの排気音が大きくなる可能性はあるし、夜ともなれば音が響きやすくなるかもしんない。それでも予想より静かな野営地であった。

 大潟村は干拓地だから基本的に平坦なわけで、起伏の少ない公園はおよそ野球で4面くらいの面積がある。
 おいしいと思ったポイントは、植樹がされていて木蔭が多いことである。これなら夏場でも日射をあまり意識しなくて済みそうだ。日の出と共に暑くて目が覚めるってのは、できれば避けたいからなあ。

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 クルマは駐車場に3台くらいしかなかったのに、テントは10張りくらいあった。たぶん日中はどこかへ遊びに行ってるんだと思う。
 マイナーな野営地だと思っていたのに、地元のジジババがきちんとタープ張ってピクニックしてたり、知ってる人はかなり利用してんだな。コールマンブランドのテントが多いとこを見ると、ごく普通のファミリーキャンパーでも利用しているのではないかと思う。

 もちろん無料。管理人の常駐はなく時間指定もなし。役場への届け出も不要。炊事棟があるから水は確保できるし、少し離れてるけどトイレもちゃんとある。
 もちろん熊はいるわきゃないし、山が怖いキャンパーにはオススメ。ただイタチかテンの類は大潟村にたくさんいる。それだけ注意ね。


 

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きのうのフォロー(^^ゞ

 今度は右の膝をぶつけたよ。送水管をまたいで歩いてたら、1本だけ管が微妙に太くて、フランジのとこに膝ぶつけた。
 こうやって微妙な送水管の太さを身体で覚えてくわけだ。っていうより、足が長いふりしてまたいで歩くもんじゃありませんなあ(T_T)

 ところで。昨日の飲みながら書いた内容に誤解を招くような記述があったようなので訂正。チャリ移動は若美の鵜木~土花間往復のみなのよ。あとはぜーんぶクルマ(^^;

 また、撮った話についてあまり書かなかった。撮ってる最中からアガリを期待しちゃいけないような感じだったので、本人としてはあまり触れたくなく、ついついスルーしちまったよーん(^^ゞ

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 このドンケのバックには、EF100mmF2が入ってる。広角方面はGR21にお任せしようかと思ったのだけど、GR21にはT400CNを装填してあるので、やはり谷でも広角、ママでも広角、リバーサルでも広角だろうと思って、トキナー17mmも入ってる。
 それだけならまだしも、たまにはド広角を楽しみたいと思ってシグマ14mmまで入っており、普段使うわけがないスピードライトまで入ってる。それだけ入れても収まっちゃうドンケって、やっぱり頼りになるわー。

 でもさ、暑い中、チャリで動いてると、もう面倒でレンズ交換する気になんねえのな。そういうオチになるんじゃないかと薄々予想はしてたんだけども。

 EBX装填のEOS7でEF35mmF2オンリー、約25カットほど撮った。かなり無理して撮り進めた。ひょっとしたら撮り終えることができるかと思って。GR21は約15カット。これまた中途半端なとこで終わってしまってる。
 明日の夜から農村へ入る予定なので、空いた時間にウロチョロしてフィルムを消化したいと思ってる。地元の盆の伝承踊りを撮りに行ってみてもいいかもしんねえしさ。

 ただ、例によって農村はネット環境があまりよろしくない。いちおーパソコンは持ち歩くことにしてるけども、慢性的に接続できない可能性もあるので、そのへんはよろしくー。

 ちなみに日曜まで休みだ。5連休な。盆休みのない会社なので有給じゃよ。盆休みを取得するのはまだ今の職場じゃ早いのではないかと心理的な抵抗があったものの、オフクロからのヘルプコールで思い切って休みを取ってみたよ。
 老母一人暮らしのとこに、今年も親戚が大挙訪れるんだとさ・・・・。

 よく考えたら、今週は盆でバタバタして終わるし、来週末は大曲の花火だ。ブラブラと野営しに行くのはさ来週以降だわな・・・・。

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酔った勢いで

 勢いで書くが。

 「スタイルブック」っていう表現やめね?主にアウトドア系の雑誌に関してだけども。そういうスタイルとかって型にハメんの、もうやめようよ。

 野に出てまでもスケジュールとか時間割とか、そういうの気にする人がいるけど、その野外活動の主目的としてどうしても時間に縛られるような、例えば一定の条件が揃わないと見られない景色とか、そういうのであれば時間にこだわるのは納得できるけど、そうでないなら、どうせ遭難に備えて装備持ってんだから、日が暮れたって真っ暗になったっていいべ?
 っていうか、そのくらいのノリでなきゃ野に出てもつまんねーべさ。時間だカネだと、そういうのからもっとも縁遠いのがアウトドアでねえの?

 そんなわけで、私はチェックインだのアウトだの、時間の縛りがあるキャンプ場には絶対に行かない。仮に行ったとしても、チェックイン時間を大幅に越してからゲリラ的に野営して、管理人が出勤してくる前に撤収する。
 なにが悲しくて野外活動で他人に自分の行動を拘束されなきゃならんのよ。

 アウトドア方面のネタに困って「ピクニック・バイブル」ってさ。そんなもんにバイブル必要ねえべさ。
 確かに日本にはピクニックっていう習慣が現在では廃れてるにせよ、我らには鍋っこ遠足という立派な野外文化があるでねえの。
 基本的に焚き火すっから川原を会場にして、重い鍋を持ち込んで調理実習だ。小学生のうちからそういう行事がある。立派なアウトドアじゃんかよ。

 立派なピクニックをしようとすると、どうしても欧州の文化に頼ることになり、必然的に立派な食器のセットとかさ、そういう出費方面になるからってよ、安易にムック本ってのはどうかね。
 それよりも日本の家庭なら当たり前にあるモノを生かした和風ピクニックとかさ、そういう方面の企画のほうが真面目だと思うんだけども。
 物欲には直結しねえからダメか。用品メーカーの広告が載せられねえからな(^^;

 日本の雑誌の広告掲載文化よ、ちょっと考え直せよ。ただでさえ読者からカネ取ってんだから、広告は読者に対して気を使いなさいって。
 使ったことある人なら「やめとき!」っていうモノでも平気で企画で紹介したりしてな。タイアップなんだろうけど。

 もうそういうメーカーのツラばっかり拝んでる雑誌文化ってやめたほうが良くはねえかい?アウトドア雑誌に限らず、趣味系の雑誌は押しなべてそうなんだけどもな。
 ネット文化が花開くってのはさ、そういうマスコミの限界っつーか情けなさをみんな知ってるからっていう側面もあると思うぜ。本当に使った人のナマの感想を知りたいとかさ。ウソ書いてるってバレてんだってば。

 それ以前に、アウトドア系雑誌の誤字脱字はひどい。当ブログなんか問題になんねーレベルでひどいんだよ。そのへんからもギリギリでやってんのは想像できるけどもな。志ってやつをなくしちゃ、読者にハートは伝わらない。わかってんだろ?

 

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結局、ヘタレてやがんのな(^^ゞ

 あー、チャリでアパートから出撃する作戦は、見事にヘタれてしまった。早起きしたのに、曇り空を見たら急にやる気がなくなってさ。
 んで、ついでに朝からプシュッと開けてしまったものでね。飲んで昼寝して。飲んで昼寝して。その繰り返し。
 さすがに夕方近くになってくると「野営だけならまだ間に合うぞ?」と自問してみたものの。どうせ一人焼肉だろうよ、ケッ!ってなモードになっちゃってたんで、どーにもならんね。

 かといってせっかくやる気を出してる週末。しかも日曜は快晴の朝であった。こりゃ出かけるしかあるまいと、もう日帰りクルマ移動で出撃なのだった。
 もちろんEF35mmF2を使うためだ。ボディはいつものkiss3ではなくEOS7。気合でピントを確認するkiss3と違って、わりとピントの山が掴みやすいんでEOS7にしてみた。

 そのくらいに昨今の私は気合が足りず、しかもフレーミングのセンスやらアングル選びの感覚が絶滅に近くなっており、マジで趣味の写真をやめっかなと思うくらいダメダメなのだ。
 実は今の仕事が影響してる。仕事がおもしろくなり始めてから、急に写真のセンスが消えだしてきてる。
 なんらかの関連性があると思われるけれども、自分では具体的に把握できず。ただ撮るセンスが急激に落ちてきた時期と仕事が楽しくなってきた時期は明らかに重なってる。

 気になる道ということで、旧若美町の鵜木~土花区間へ出没してみた。実は無職1年目に通りかかって撮ってる。その時はクルマ移動だったけども。
 今回は鵜木のJAストアが日曜に休んでやがるので、その駐車場へクルマを放置してチャリにて移動なのであった。

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 ドンケのバックをリアにテキトーに積んでみてる。後付のキャリアを装着してんだけど、樹脂製のヤワなやつなんで、あまり大きな荷物は固定できん。
 そのくせして長年の習慣で固定ベルトは黒平ゴムの先にフックがついたトラッドなものを愛用。東京単車時代から、荷物の固定は黒いゴムなのである。

Img_2523_2

 うひょひょ。セルフタイマーで撮ってみたよ。意図的にトップをフレーム外に出るようにしてるけどな(^^;
 なるべく地元の暇な中年を装ってみてる。近所のオッサン風にして、付近住民の警戒心を和らげる作戦だ。あまり和らげちゃうと「あーら。○○さんちの○○さんじゃない?」ってなことになっちゃう。ほどほどにしとかんといかん。

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 ちょっと高台に上ってみたりしてな。日射はまだ夏のものなのだけど、風は明らかに初秋の風になってきてるね。湿度が下がってる。
 ちなみに寝る時もゆうべからエアコンを切ってる。そのくらい涼しくなってきてる。わりと神経質な私は、エアコンの動作音も密かに気になってるしね・・・・。

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 む。改築しやがったな?実は無職1年目に通りかかった時にボロい姿を撮ってる。掲載したかどうかは覚えてないが、堂々とラジオ屋を名乗ってるところに価値がある。

 そんなこんなで、若美の古い街道をチャリで往復して、私は大変に納得がいった。普段、仕事でたまに通る道ながら、私は以前のフリーセールスではない。クルマを停めてチョイと撮るなんて真似はできない身の上なんである。
 いつも「アレを撮ってみたらどうなるかな?」などと考えつつ通ってる道だった。とりあえず撮り歩けたので納得。
 ただしアガリを見る前からショボいのが想像できるんで、そういった意味では消化不良もいいとこだ(^^ゞ

 金曜夜の予定では、チャリで日本海沿岸を北上、男鹿半島の付け根から内陸へ入って若美を通り、大潟村を横断して森岳方面へ行く予定であった。
 と書いても秋田県人以外はわけがわからんだろうから、地図を掲載しとく。

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 これを首都圏の地図と重ねてみると。

0001

 横浜発で青葉区を縦断して国立を目指し、そこから北上して東村山あたりから東進。和光あたりで野営して、あとはひたすら南下。武蔵野市、世田谷区を縦断して多摩川を越えて横浜に帰還。そんな感じ。
 やー、自分で書いてて思ったけど、けっこうキツいわ。計画を放擲してクルマで行って良かったな(^^;

 とはいえ。自分の体力の程度に合わせ、もしもあそこまでしか行けなかったら○○で野営、といった具合に、とりあえず野営地の設定は事前にしていたのである。
 なにしろ普段から体力不足を痛感してるオッサンの肉体だ。勢いだけで走らせても限度というものは早く来るはずなのじゃよ。

 話はヘタレ話へ戻る。若美町から大潟村を横断して森岳方面へ向かう途中、前から気になっていた南の池記念公園キャンプ場へ立ち寄った。
 キャンプ場は今回3ヶ所を偵察したが、その件についてはそれぞれ別項で詳しく書きたいと思う。

 それより、大潟村には思い出があることを急に思い出してねえ・・・・。

 前に本家に書いたと思うけど、高校3年の時に私は下級生の女の子の処女を奪ったことになっててなー。実際は私ではなく写真部の後輩が奪ったんだが。けど私は私なりにその娘が好きでねえ。
 大潟村に住んでたんよ。その娘は。んで、なにかしら思いを伝えたくてねえ、夜中にピスト車を大潟村まで走らせたんだっけ。
 噂では、その娘は写真部の後輩と結婚したらしい。私の存在はなかったことにしたい夫婦のイヤな思い出なのだろうが、二人が幸せになったのなら私はなにも言うことはなく、祝福するだけの立場である。

 そんなことをね、急に今回大潟村を訪れたら思い出しちまった。もう25年も前の話なのになあ。なんで思い出したかね?
 というか、すっかり忘れていた。夜中にチャリで秋田市から大潟村まで来たことがあるっての。でも無意識では覚えてるんで、今回のコースをチャリで走破するのは可能だという結論を出してたんだと思う・・・・。

 話を飛ばす。大潟村を横断して鹿渡へ出て、そこからR7を北上。狙いは「じゅんさいの館」である。
 山口県で暮らすぴゅんぴゅんさんへ、夏の鍋料理として森岳地区が売り出そうと熱心になっていたじゅんさい鍋の安否を確認したくて。
 今でも熱心なら、国道沿いで「じゅんさいの館」と名乗ってる施設には、なんらかの痕跡があって当然だろう。
 暑くてたまらぬはずの西国へ夏の鍋セットを送りつけるという私の作戦。まあ今回は断念していたのたけども。

 なかったよ。瓶詰めのじゅんさいしかなかった。鍋は放棄したのかよ・・・・orz

 ここから森岳の石倉山キャンプ場を探す。噂ではかなり良好なロケーションらしいのだが。

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 いや、それヒグマだし。注意って言われてもな、出会っちゃったらもう対応するしかないわけだし。

 この後、羽根川キャンプ場と国花苑キャンプ場も探索してきたのだけど、それぞれについては別項にて。

 鹿渡の旧街道沿いがおいしいと前から思っていたので、午後の時間は鹿渡に当てるつもりでいたのに、商店街は日曜は静かなのね・・・・。活気のカケラもなく、これじゃチャリで流してもな・・・・。敗退orz
 それでも軽くネタを拾ってみた。

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 おお。まだスコールって売ってんだ。100円自販機にあったぞ。

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 うへ。秋葉原で1年前に話題になった缶が売られてる。ラーメンとおでんは知ってたが、肉じゃがとうどんは知らなかったなあ。
 うどんはどうなってるのだろ。ラーメンは糸コンニャクを使って伸びないように工夫してるらしいけど、うどんの太さになったらコンニャクで誤魔化せんだろ。

 うーむ。買っておけば良かったかな。「こどもの飲み物」もネタにしようとして冷蔵庫に保管してあるくらいなんだからな(^^;

 いつもなら枕として書くような話なんだが。鹿渡でチャリ流しをしなかったんで、予定よりも早く帰っちゃったんだよ。んでクルマの中でローカルFMなんぞ聞いてたらさあ。
 それ、俺のこと?っていう曲がかかってね。ちょっと辛かったぜ。福山雅治の『あの夏も 海も 空も』が流れてたんだけどさあ。

 翼のない俺が空を飛ぼうとしていたのに あなたはいつも信じてくれていた

 泣けるね。そういう恋は二度とできないだろうな。でも追いかけちゃうんだよね。そういう恋をさ。オッサンがなにを言ってんだろうね(^^ゞ

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書き直しの再掲だ(6/12分)

 なんだかわかりにくい文章にコメをつけていただいてしまったので、あらためて書き直ししてみたいと思う。6/12分な。

<以下再掲+追加>

 私がブローニーのカラーネガに対し現像が不安だというのは、あくまで田舎の話である。需要が半端に少ないので処理拠点は少ない。そうなると処理先を選べないからだ。
 店頭で現像所と処理拠点を指定しても、その通りに手配してくれるかどうかというのは別問題であり、必死にお願いしたのにもかかわらず、一番送ってほしくないところに送られた、という経験が私はある。もちろん現像結果は疑問を抱かせてくれるものであったが。

 信頼している自家処理店でブローニー現像をしてくれるなら、なんも不安に思うことはなかろう。また、今までなにも不安を感じなかったという人も、あえて心配する必要はないと思う。
 私のように田舎暮らしで、しかも銀塩事情が日々悪化しているような環境の人の話なのであるよ。

 まず、単純に処理本数が減ってきている処理拠点そのものの心配がある。現像機というのは、一定の最低処理本数を前提に作られているところがあるから、それ以下の処理本数だと現像液のバランスが狂う。
 このへんは処理する側も承知しているから、場合によっては期限切れで売り物にならない未露光の生フィルムを空流しすることもあるし、あるいは地区の処理拠点を減らして処理本数を維持することもある。

 例えば、東北地区にブローニー現像が処理できる拠点が5ヶ所あるとしたら、これを3ヶ所に減らすことで処理拠点の現像本数を相対的に増加させる。
 仮に5ヶ所合計で1日200本処理だったものが半分になってしまったとする。5ヶ所平均で100本なら、おそらく20本を切ってる拠点があるものと推測できる。それなら拠点を3ヶ所に減らせば、1ヶ所平均33本前後という換算になるだろう。

 客に納期で難儀をかけたとしても、基本的に銀塩処理はミスが許されない世界なので、確実な線を狙うとともに、もちろん経費削減も意味してる。処理拠点を開設していることでかかっている経費ね。

 また、135とブローニーが兼用の現像機の場合、135とブローニーの処理比率が気になってくる。
 というのも、おそらく135、あるいはAPSの処理本数が大幅に上回ってるのが大半の現像機だと思われるけれど、フィルムの幅からすると、いつも現像機の中を流れてるフィルムの通り道はスムーズなんである。でもたまにしか通らない幅広のブローニーの通り道は、通行量が低いということになる。

 フィルムの通行量が少ないということは、通り道に異物があることに気がつく機会が少ないということであり、乾燥しやすい通り道なのでカスの類が付着しやすいともいえる。
 つまりたまにしかブローニーを通さない現像機は、異物をフィルムに接触させる可能性がゼロではないということである。

 「ウチはキッチリとメンテしてるから大丈夫」という現像機もあるだろうが、実情はそう簡単なものではない。いきなり結論を書けば、いくらメンテしてもダメな現像機はダメなんである。
 このへんはアナログの世界で、なんもメンテしなくても平気な現像機もあれば、いくら部品交換しても傷が入る現像機があったりもするのだ。

 だから「現状で問題ないなら心配すんな」なのである。処理本数の低下に関する問題は、客が気にする前にとっくに店で気にしてるから、ユーザーサイドであまり考える必要はなかろうと思われる。
 現像機の補充液をケチって水道水をぶち込むだけ、というような論外の店は、現状でとっくに潰れてるはずなんで、心配はいらないと思う。

 商売してる人の邪魔をするような物言いで恐縮だが、今後もユーザーとしてブローニーで銀塩を楽しむなら、友人知人の「傷を入れられた」「現像ムラがある」という情報には敏感になるべきだ。その情報にはなんらかの理由が必ずある。

 論外と思わなければならないのは、現像ムラ。もはや終わってる。ただし素人目には現像ムラに見えても、実はユーザーのぞんざいなフィルムの取り扱いが原因ということもあるので注意されたい。
 APSのフィルムで多発したんだが、5月以降に熱変質で現像ムラのような帯が出る場合が少なくない。金属製ボディで起こりやすいと意識してほしい。

 つまり熱を帯びたボディに近い側が変質してしまう。横位置の画面なら上下にそれぞれ帯が入る。
 これを現像ムラだと力説して写真店にネジ込むと、すごく恥ずかしいことになる。よくよく自分の使用状況を省みる必要がある。ほんの数分でも直射日光下にカメラを放置して高熱環境に置かなかったかとかね。

 フィルムに傷が入る理由はたくさん考えられるものの、実はユーザーが傷をつけていたというパターンが圧倒的に多数派だ。
 ホコリの多いライトボックスでフィルムを裸のままグリグリ動かしたりすると、一発で傷が入る。
 でも安心してくれい。傷が入ってるとクレームをつけても、現像前に傷が入ったのか、あるいは現像後に傷が入ったのかは、傷の部分を調べればすぐわかるから。恥をかきたくなかったら、自分の使用環境をとりあえず反省してみること。

 現像前の傷ならカメラ内部の異物を疑うべきだ。厚板に砂が噛んでたっていうケースは多すぎ。
 現像中の傷は、もう現像機を疑うべきだが、現像後でも処理拠点が犯人の場合があるから注意。

 現像後のフィルムは長いまんまなのだ。あらかじめ切断してから現像するわけではない。ブローニーなら4コマとか3コマとかあるけど、いずれ現像してから切断すると同時にネガケースへ入れる。
 この作業の際に傷がつく可能性はゼロではない。ましてや、おそらく低賃金のパートさんやアルバイトさんがやってる場合、テキトーにやられちゃうと怖い。傷を見逃して、ますます傷の原因を成長させる可能性があるからだ。
 おっかねえのは、同時プリントの場合はネガを長いまんま焼いてから切断するんで、同時プリントでは傷がないのに、なぜかその後のネガに傷が入ってるということが平気で起こり得る。

 そういった現場の作業の流れを知ってないと、クレームをつけるにもなかなか的確なクレームはつけられないと思ったほうがいい。不誠実な担当者が重なってしまうと、事実と違う報告書が発生する可能性もあるしね・・・・。

 そんなわけで、銀塩が先細りということは処理本数の低下を招くのは必然であり、それに伴う様々な不安というものは確実に存在している。単純な処理本数の低下だけではなく、それにともなう経費節減とかが絡んできた時の怖さね。

 昔はその道のベテランが処理して当たり前であった銀塩写真は、アルバイトとパートがメインになってしまった。
 どれだけお客さんの身になって処理できるかというのは、単にベテランとパートの差ではなく、職業上の気持ちの持ちようだということを私は知っているけれども、パートさんもそれを統括する社員も安月給の酷使状態であることが多い。モチベーションを保てるかは疑問だ。

 繰り返すが、現状でなにも不安がないなら、心配しないほうが楽しく銀塩ライフを送れる。対処療法的にはなってしまうが、問題が発生してから考え込むしか今は手がないのではないかと思うよ。
 いちおーフィルムメーカー、といってもフジ写しかなくなっちゃったけども、メーカーにはフィルムの傷などを調査してくれる部署があるはずなので、どうしても納得がいかなかったら相談してみるのも手である。

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リバース行為 前夜

 実に私って文章がヘタクソで、後から読み返して我ながら意味がよくわかんなかったりすることが多々ある。
 本家でたわごとを書いていた時は、最低でも一晩寝かせて、翌日になってから「なんじゃこの文章は」と思いながら校正したものであったけれど、ブログ化してからはその時の雰囲気だけでダーッ!とアップロードしちまってる。それが敗因だな・・・・。

 で、昨日のソロテント考(6)の要点は、なんぼ軽量なテントに切り換えたとしても、ツェルト級の軽量なものにするのでなければ、前室確保代用のタープは余計な荷物になる体積と重量だってこと。
 軽いタープはそれなりに高価だし、タープは消耗品だと思ってる私は、軽さのために高価なタープを使うつもりはない。テントのみでそれなりに前室を確保するつもりなら、ソロ用よりもむしろ2~3人用の大きさがないと無理、という話である。

(1)ミニマムな軽量ソロテントが欲しい
(2)身長183cmの人間が寝られる大きさでないとイヤ(この時点で国産軽量級ソロテントのほとんどがボツ)
(3)ミニマムテントとはいえ、いつもの野営スタイルを崩したくないので、一人焼肉系と寝る前の読書は欠かせない
(4)思い切ってテントは寝るだけのものだと割り切れば、かなり選択肢は広がり軽いものを選べる
(5)かといって前室が狭いのは私のスタイルでは不便
(6)前室にこだわってると選べなくなるので、タープでカバーする手を考える
(7)タープを追加すると重量的にも体積的にも不利(当たり前)
(8)結局、2人用と公称されてる中から軽量級を選ぶのが、重量的にも前室の広さ的にも納得できる
(9)かといってソロなのに無駄に広いテントを持ち歩くってのはどうなのか?
(10)なんだかんだで(2)へ無限ループ(^^;

 雨天停滞が常に頭から離れないので、前室の使い勝手が気になって仕方ないんである。
 野生動物がけっこう里まで降りてきてる昨今、そいつらに対する残飯対策も考えると、フライのフォルムまで気になったりもする。できるだけ低くフライを張れるような。
 熊対策というより、タヌキやキツネが増えてるし、なにより難敵がニャンコだ。下手に人間慣れしてるニャンコの場合、なんぼ牽制してもおかまいなしだからなあ。

 思い切ってMHWのちっこいやつに走って割り切るか、あるいはBDのメサとMSRのハバハバを天秤にかける感じになると思う。

 なんて書きながら、思いつきで明日はチャリで野営活動に出ようとしている私は、結局MHWのハマーヘッドを背負って出かけるんだと思うよ。いきなり人力移動かよ(^^;
 人力移動を考慮すると、私が持ち歩くカメラの重さなんかも気になってきて、一眼レフにレンズ3本(トキナー17mm、EF35mm、EF100mm)はどうなのよ?
 しかも体力的にヘトヘトになるであろうことが予想されるのに、単焦点レンズってどうよ?ズーム一本勝負のほうが良くはねえか?あるいはTC-1一本勝負でいいんじゃねえのか?

 そういった数々の疑問を自ら抱きつつ、とりあえず今回はEBXの3本パックを買った(^^ゞ

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ソロテント考(6)

 今の職場も2年目になり、初年度の苦戦はどこへやら。かなり慣れてきてはいるものの、気を抜くと危ない自分の性格を知っているんで、いつも仕事に集中してるんだろうなあ、気がつくと身体のあちこちに打ち身の痕跡が。
 「どこでぶつけたんだろ?」と思い出せないのに、確実に打撲の痛みがあり、しかもけっこう痛え。

 今日なんかビッコ引いて帰って来たよ。労災ってほどのもんではないけれど、私の身体上の弱点、膝なのよね。しかも過去にバラバラになってる側。
 かてて加えて、なかなか怪我が治らず、外傷なんかできようもんなら、間違いなく一生モノの傷になる。
 こういうのは、間違いなくモーロクしてきとるってことだよ。傷は残る。怪我した場面が思い出せねえ。ホント、いつぶつけたんだろ?

 話は変わって。

 ソロテントに軽量タープを追加する案ってのは、テント本体がかなり軽量であることが前提で、小さなテントではたいてい煮炊きスペースを確保しづらいから、便利さを少々向上させるためにタープを追加できるってこと。
 せっかくテント本体を軽量化したのに、タープの追加で同じ重さ&体積になったら意味がまったくなく、それなら多少重くてもハマーヘッドを持ち歩くわい、ということになっちゃう。

 テントは寝るためだけのもの、という前提での軽量ソロテント選びなのであって、個人的にはタープの追加などせず、テントだけで済めばもちろん言うことはない。
 私は一人焼肉をやりたくなったりする性格だし、なんといってもインチキアウトドア野郎なので、湯を沸かしてフリーズドライ食品でカロリー摂取しておしまい!という具合にはいかない。
 湯を沸かして済むだけの野営なら、舶来ソロテントの最軽量のものを選ぶだけで済む。野営の時間を楽しまず、ただ寝るだけならミニマムのソロテントを選べばそれで片付く話なんである。

 仮にタープを持ち歩くにしても、タープ用のポールまで持ち歩かなくていいかと思う。なにしろ前室の延長なので、底辺菱形の空間が得られればそれで可。

Img_0541_2

 ↑のカットは昨年のきみまち阪におけるカットだが、片側をポールで跳ね上げて、反対側の細引きをテントの頂部を通過して裏側のテントペグへ結んである。
 ここからポールを省けば、細長いながらも前室みたいなスペースが確保できるはず。ウイングタープのウイング端には、細引きではなくゴムバンドなどを利用するなら、簡単に開閉できる出入り口になろう。そういう魂胆の着想であった。

 ちなみにモンベルのミニウイングタープ単体での重量は1.1kg。微妙なところだ。世の中にはもっと軽量のタープもあるのだけど、個人的にタープは消耗品なので安いに越したことはなく。
 だってよー、タープってすぐ穴が開くんよ。焚き火やタバコですぐ小さい穴ができる。雨水を通さないくらいの小さい穴ならもちろんスルーだが、何度も同じことやってりゃそのうち穴も大きくなろうってもんよ。

 タープ1.1kgでテントが仮に1.8kgなら、およよ、2.9kgかよ。ハマーヘッドからの軽量化の恩恵が少ないな。やっぱりタープ併用作戦は軽量化に貢献してくんねーのな(^^ゞ

 そうなると、当初の発想に戻り、1人用というカテゴリーにこだわらず、実用的な広さを持った軽量テントという選択になり、MSRのハバハバだのBDのメサって話になるね。
 いちおー私なりに考えてミニマムテントを除外した初心に戻るって話になり、思考的振り出しに戻るってやつだな(^^;

Domam_01

 ライペンから出た土間つきテントなんてな、あれでもうちょっと大きいならうれしかったのに。
 インナーの長辺が200cmじゃ論外。寝られまへん。230cm確保ならね、あの高価な値段でライペンであっても検討するんだけどもねー。残念。

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撮りに行きてーな

 たびたび更新をサボってすんません。暑くてダレちゃっててねえ。西日本、および首都圏に在住の方には申し訳ないが、気温が30℃前後のくせして北国の人間はダレてんですよお。

 おお、そういえばきのうは東京で下水のマンホール作業員が流されたっけねえ。仕事の帰りにクルマのラジオで聴いてて、他人事ではないなーと思った。
 たまたま今週はほぼ毎日マンホールなのよ。ただ私の職場ではマンホールの下に長時間潜ったままという状況は考えにくく、せいぜい長くても15分。空が広い田舎だから、空模様がヤバくなってきたのはすぐわかるし。

 っていうかね、突発的な豪雨以前に、いきなり大量の下水がなぜか流れ込んでくることがあって、たぶん上流のポンプが動いたとかなんかだと思うんだけども、そんな時は少し焦る。
 だって潜ってる理由って、たいがいはゴミ受けカゴのゴミを取り除いてる時なんだもん。水があると除去しづらいところへダーッと流れ込んでくるから、作業できなくて悲しくなってくるんよ。

 もっと悲しくなるのは、マンホールへ潜る時に着てる合羽の下半身がSサイズだった時。中でしゃがむと脚のスネが外に出て、合羽着てる意味ないじゃーん、みたいな。
 ただでさえ夏場のゴム引き合羽で汗だくになってるのに、下水を浴びて合羽の下までグッショリってのはいただけない。
 そうやって学習して、自分が乗る作業車に搭載されてる合羽の寸法は常にチェックするようになるのだった。今日の合羽はLLサイズ♪

 きのうの事故のニュース映像見てたら、東京は分離式下水? 下水って、雨水と汚水に分けられるんだけども、当地では合流式といって雨水も下水もいっしょに流れてくる。だから豪雨があるとアタフタするハメになる。
 これが分離されてると、雨水は雨水で専用の流路に流れてくから、人間が処理すんのは純粋な下水汚水だけってことになる。下水の豆知識(^^;

 話は変わって。

 今週に入ってから、当地は抜けるような青空になり、いよいよ夏本番といった感じながら、どうせ盆前にこの夏は終わる。盆が過ぎれば夜はいきなり涼しくなり、Tシャツのまんまバイクに乗るってのは厳しい感じだ。
 木々の緑もすでに秋への突入体制に入っているようで、この時期の緑は最盛期を過ぎた色になってしまっており、緑としての魅力は感じない。
 むしろ水田のほうが青々とした緑であり、これから実が成って水田は黄色い海へと変貌していく。そのほうが木々よりもずっと美しい。

 田舎は帰省する子供や孫を待ち受ける雰囲気になり、なんとなく華やいだにぎやかな雰囲気になる。夏の光線もあって、人の暮らす範囲はなんとはなしににぎやかに見えるのだった。
 そんなわけなので、今週の週末は旧若美町か、あるいは旧琴丘町の鹿渡あたりに出没したいなーと考えている。

 盆の前後は山の中に突撃するより、人の暮らしがある場所のほうが被写体はずっと拾いやすい。
 若美か琴丘かってのは、単に仕事で往来することが多くて目をつけてる景色ってだけ。深い意味はなんにもない。
 もうちょっと秋田市に近い土地なら、最初っから最後までチャリという手もあるのだけど、おのれの体力その他を意識するに、若美と琴丘は無理(^^ゞ

 若美と琴丘なら森岳のシブいキャンプ場を利用するつもり。また、廃村関連で大森から東由利へ駆け抜けた場合には、その勢いのまま金浦の飛の崩へ行くと思う。
 内陸線方面は盆以降ということにしてしまい、どうやら森吉山の山麓に大変シブいキャンプ場があるようなので、そこを探索しながらの野営活動になる。

 ただし、そのくらい派手に動き回るとガソリン代も激しく使うことになるので、上京作戦は限りなくキャンセルに近くなるで。

 

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久しぶりに使う?

 やー、更新しないといきなり寂しい画面になるブログ設定だねえ。2日ばかりサボっただけでこれかよ(^^;

 毎日あっちいね~、なんて書きたいとこだけど、しょせん30℃以下の気温で暑いと騒いでる北国なわけで。
 甲子園の優勝旗が白川の関を越えられない理由のひとつに、北国の人間は暑さに弱いってのがあるんでないかなーと思うのだ。

 ある学説によると、南国の人間は暑さへの対応で血管が太いのだという。逆に寒い土地の人間は血管が細いとか。だから南国の人間は夏に強いし寒さにも強いらしい。
 雪の中ではしゃぐ黒人っていう絵は、なにも不自然なことではなく、彼らは北国の人間よりも寒く感じてはいないらしいのだな。

 そんなわけで、秋田県代表が甲子園で1回戦敗退しても、しょうがねえよなで済ませられる私である。
 一言で「甘い」と評すべき秋田県代表チームのプレーではあったものの、エラーさえ除けばそんなに恥ずかしい試合をしたわけではなかろう。よくがんばった。

 夏の甲子園大会の場合、とにかく勝ち抜いていくしかないので、学校の数が多い県ほど切磋琢磨されるという側面が否定できず、関東で神奈川県代表がけっこうがんばる理由はそれらしい。
 つまり人口が少ない(学校が少ない)北日本の代表校は、運が味方したとしても背負うハンデは最初から大きいといえるのではなかろうか。

 これがね、甲子園という会場ではなく、季節が夏ではなく、11月末に仙台あたりの球場で全国大会って話になれば、少しは傾向が変わってくるとは思うけど、甲子園以外じゃ気合が入らないよな。歴史の厚みってやつで。

 話は変わって。

 すっかりグデグデしてる私の精神状態だが、盆前には一度出動しようと思ってる。ヘキサーで思い描いたような絵を撮れなかったんで、これはもう銀塩から撤退しちゃおうかと思ったくらいだが、我が家で35mmレンズといえば、忘れちゃいけないEF35mmF2。

Img_1673_2

 EOS7に装着してみた。しかも手抜き。カメラ内蔵スピードライトをボン焚き(^^ゞ

 このレンズ、キヤノンのラインナップの中にあるから地味で目立たないのであって、スナップ用レンズとしての実力はけっこうなもんだと思う。
 ズームレンズとUSM、そして高価なLレンズがキヤノンの売りなので、こういった地味な単焦点レンズは大変目立たない。
 USM搭載ではないのでAFはジージー音を立てる。初期のEFレンズなので外装はひたすらプラスチッキー。けれどもレンズってーのは写ってナンボ。侮れない写りなのですよ。

Img_1692_2

 レンズの登場時期からしたら、おそらく装着を前提にされていたであろうEOS630にくっつけても、もちろん違和感はまったくない。

Img_1695_2

 でもやっぱりkiss3だよなー。kiss3の美徳は、初期型の古いEFレンズを装着しても違和感がないこと。思い切って小さくしたペンタ部が全体のデザインを引き締めてる。
 ああ、もちろんファインダーにデザインの負担がいってんだけどもな。スクリーンである程度カバーしてくれてるんで、n-kiss以前のようなピント確認不能というほどはひどくない。メジカラに気合を入れればなんとかピントの確認はできる程度だ。

 このレンズをひさしぶりに使ってみようかと。AF時代の35mm単焦点レンズといえば、これはもうペンタックスのレンズがダントツの描写なのだと思うけれども、私は使ったことがないのでスルー(^^;
 キヤノンの35mmF2だってけっこうやるんだぞお、という気持ちをずっと抱いてきてるので、チープなレンズとはいえ私の愛玩レンズなのであった。

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寂しい週末ってやつなのか?

会社の行事の飲み会に参加して、帰り道に中国からの怪しげな国際郵便を受け取って。
アベックだらけの焼肉屋のカウンターでラーメン食うなってのよ(__;)

絵に書いたようなオッサンの週末になってきたな@携帯から

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