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県北攻略 小ネタ(^^;

 夜も8時半となれば眠くて倒れるように寝てしまうくせに、夜中に目を覚まして寝られなくなるとゆー、野営と夜勤で慣れた短時間睡眠のおかげか、はたまた単なる老化か、さもなくば精神的にヤラれてるか、そのいずれかの私であーる。
 4時間くらい寝てパフォーマンスがいささかアップしたので、半端に更新(^^ゞ

 世界遺産の日本最初の登録ということで知名度が高い白神山地。登録と林道建設中止に、前の勤め先のお得意先が絡んでることもあって、個人的にも印象深い出来事ではあったのだけど。
 正直、世界遺産景気とでもいうか、白神山地の世界遺産登録によって周辺地域が開発されている気がした。

 今回、八森の廃村へ行ってみて、白神山地のビジターセンターのすぐ隣に廃村があるのを目撃した。すごく立派な道路がすぐ横を通っている。

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 路上に引かれたラインが剥げかかってるんで立派な道路には見えないかもしれないカットながら、ここは単なる林道であったことを思えば、ずいぶんと道路は出世したのである。

 廃村探索をしていれば、未舗装の林道は当たり前。時には3ナンバーのクルマで進入するのを躊躇する幅しか確保できないケースもザラである。
 舗装されていればかなりマシ。とはいえ、たいがいは林道をそのまま舗装しただけで、対向車が来たらどうしようかと考えながら走る。
 廃村が存在する地域というのは、そういった程度の道路で当たり前なのだから、センターラインが引かれた道路というのはかなり立派な道路と呼べるのであった。
 実際、白神山地へアプローチできるルートはどこも道路が立派になり、周辺地域にも広域農道という名でショートカットルートが整備されている。世界遺産効果か?と考えてしまう。

 白神山地という狭い呼称ではなく、単に青森県と秋田県の県境に連なる山脈という捉え方をするなら、人気があったのは日本海に近い白神山地ではなく、むしろ内陸部の藤里駒ケ岳や旧田代町の田代岳周辺。白神山地周辺は通の遊び場であった。
 けれど世界遺産の重みというか、白神山地のネームバリューは地域にとってかなりの重みであるようで、周辺にはわけのわからない「白神ブランド」が多数点在している。
 岩手県のほうが近いよ、という立地に白神の名を冠したドライブインがあったりするのは、なんだか詐欺っぽいような感じがしてしまう。名前をつけるのはまったくの自由だけどもね・・・・。

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 で、私がロケーションに感動したくるみ台国設野営場は、藤里駒ケ岳、略称藤駒の麓に位置している。
 藤駒への登山基地としての機能も果たしており、かといって登山口はずっと先にあるので、野営場そのものはひっそりと静かに存在している。
 その登山口への林道の分岐にある案内看板にも、堂々と白神山地の名を冠しているものの、実際の世界遺産登録地域というのは看板の地図のオレンジ色に塗られた部分のみであり、緑色に塗られた地域が自然保全のための緩衝地域である。
 つまりこの案内看板の半分以上は白神山地とあまり関係のない地域ということになるのであった(^^;

 っつーか、この看板、ちょいと「やっつけ仕事」っぽくはねーかといささか不審なんである。

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 地図に書き込まれた微妙なノリのイラスト。とくに野営しようとしているそこのキミ!バケツで飲料水確保をしているのではあるまいな?
 さもなくば漬物樽の移動中か、ブリキのバケツ改造の即席七輪か。いずれ大人数で使うのだろうなw

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 この微妙なイラストの犯人はおまえだったのか・・・・。画家だな。自分の姿まで看板の中に描きやがって・・・・。

 ネタの矛先は変わる。

 大湯の林道から廃村の折戸へ赴いた話は前に書いたけれども、来満街道上には鉱山がかつて栄えていて、折戸は麓へ鉱石を下ろす中継基地としても存在していたとバイブルには書いてある。
 当時は馬車などで鉱石を麓へ下ろしていたらしく、中継地は必要だったのだろうと現地を見て感じた。

 その鉱山痕跡がないかなーと林道をどこまでも上がって行ったら、いきなり鉱山墓地の看板に出会ってしまい、これは素直に引き返せってことだな、と感じた私は下山したのであったよ。
 帰り道になにやら見つけて「むむ!」とクルマから降りてみた。

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 単なる林道沿いの空き地なんだが。実はこの向こうに川が流れており、そこにそれは存在していた。

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 川の流れが穏やかだったので、ズカズカと川の中に入って行ってみた。画面奥にそれは存在している。

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 コンクリート製の桁である。なにかがこの川を越えていたということだ。鉱石輸送の軌道という可能性もあるが、この林道の先には人工の池が造成されていた気配もあり、ひょっとしたら水管橋だったのかもしれない。
 でもあれか、水管橋にしては少々大げさな桁ではあるね。かといってクルマが通る橋にしては不自然な位置にあり、やはり軌道跡なのかもしれんなあ。

 次のネタ。

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 お揃いのヘルメットで彼女とタンデムかあ。東京でいっしょに暮らしてた姉ちゃんはバイカーだったんでこだわりが強くてのう、お揃いのヘルメットになることはなかったよ。
 そういった若かりし頃の思い出が脳裏を過ぎる光景を見つつ、俺もオッサンになったよなあと、まったく女っ気がない不良中年は廃村探索中。

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 それはいかんではないか!と運転中に撮ったカットだ。ノーファインダーがヘタだな、おい。

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 鹿角は旧秋田藩じゃなかろう。陸中、つまり現在の岩手県の領域であった。現在でも文化圏的には大館文化圏であり、大館は青森県の弘前の商圏でもある。
 秋田美人ってばよう、いちおー県南の雄物川沿いだべさ。県北の米代川沿いにも美人の産地はあるけどもな。いずれ鹿角は秋田美人という言葉とあまり関連性がないような・・・・。

 しかーし、それに言及してしまうと、キリタンポは大館文化圏の食材であって、秋田県全体としての食材ではないという話も当然に出てくるわけで、たぶんご当地からは逆に突っ込まれるハメになるな(^^;


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