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廃村と分校跡4つ

 なんとなくテンション下がってきてる感じがする。職場じゃ自分のいるべきポジションが見えてきた感じで、以前ほどストレスは感じなくなってきてるし、なにを言われてもされても、一度は通過してきたことなので気にならない。ということは、もっぱらプライベート?

 愚痴るのはやめて、ダラダラ話を続ける。

 旧鳥海町方面で残したところは砂子(まなご)と水無(みずなし)。砂子は甑山への登山ルート沿いにあり、水無は丁岳登山道へ至るルート上にある。
 どちらも県内の登山好きなら登ったことがあるのだろうと思われる個性的な山容なので、名前は知らなくても存在を知ってる人は少なくないのかもしれない。

 さて、砂子を取材した私は、麓の西久米地区まで下りて、以前から狙ってた笹子小学校西久米分校跡へ立ち寄ってみた。

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 西久米っていう地名なのに、久米も東久米もなく、ニシクメという響きそのものに意味がある地名なのかな?とは思ってるけれど、詳細は不明。しかも調べるつもりナシ(^^ゞ

 例によって廃分校は地区会館として再利用されてるケースがほとんどで、だからこそ分校の校舎が残ってるといえる。
 この西久米分校は校舎こそ小さいものの体育館がきちんと残っており、どちらも残ってるパターン、実は数少ない。たいがい体育館は解体されちゃってる。
 かつての校庭には桜の木が並び、おそらく遅い春の訪れの山間の分校ながら、黄色い帽子の新入生は桜の花を見たのだろうなあ、と思う。

 ここから一度笹子へ下りる。笹子ってのは当地で「じねご」と読む。由利地区は漢字のイメージから読みを推測することが不可能な場合が多く、砂子も「まさご」ならまだ理解できるが「まなご」である。
 松尾芭蕉で有名な象潟も、有名だから「きさかた」と読めるだけのことで、これがマイナーな地名なら難読地名のカテゴリーに入れられるはず。
 たまたまブログという活字媒体なので漢字表記でスルリと済ませてはいるけれど、本当の読み方は私がわからない場合もあるかもしれんぞ?

 こういった独特の変な地名というのは、それなりに来歴があるものなので、調べてみたらきっと興味深いものがあるはずだ。
 地名というのは奥が深く、その土地の古い歴史を物語っている場合がほとんどである。現代になってから名づけられた地名の大半には重要な意味などないが、古い地名にはたいてい物語が秘められている。
 また、アイヌ系の音読に当て字をした漢字の地名が多い北東北三県ながら、由利地区の地名の読み方は独特で、調べてみたらかなりおもしろい結果が得られることは推測できる。まあ気が向いたらね、調べてみようかな(^^ゞ

 話は廃村&廃校探索へ戻る。

 笹子へ戻る途上で横道へ逸れ、廃校探索である。山深い地区なので分校が数多く存在していたようで、あちらこちらに廃校現存の情報がある。
 最初に狙ったのは笹子小学校上椿分校。街道からは距離的に離れていない立地だが、実際には山間の隘路のような位置に集落があった。

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 もう分校の跡は残っていないのかもしれないが、気になる建築物があってとりあえずメモ撮しておいた。
 目の前は畑だし、小さな小屋なんだが、便所の臭気抜きに私は注目してみた。集落の中にある小屋なので、便所の用があるなら自宅へ帰ればいい話だし、人が生活するにはあまりにも小さすぎる建築物だ。周囲の大きな農家と比べれば、その小ささは歴然なんである。
 で、結論として、この小屋がかつての分校であったか、あるいはもう解体されてとっくに姿を消したかのいずれかであろう。畑になってる部分が当時の校庭なのではあるまいか。

 続いて笹子小学校大平分校。

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 ここは大きく悩まなくてもすぐ発見。いかにも学校があったという雰囲気を周囲に拡散しており、現存している体育館跡は地域の児童館として再利用されているようだ。
 かつての校庭と思われる広場にはブランコや鉄棒の遺構、あるいは地域の偉人を顕彰する石碑が残っているので、間違いなく分校跡と思われる。

 時間は昼時。天気がいいならどこか公園を探して水場を確保し、ラーメンでも食ってその後にコーヒーかと考えてみたが、麓へ下りる途中で道の駅に出てしまったので、食堂でもいいかと妥協。
 \550出して玉落ちのタヌキソバ。山奥の道の駅で\550のソバとなれば、間違いなく業務用のソバに業務用の汁だろうとは思ったが、そこそこ美味しくいただけた。
 ただね、つい「タヌキソバにギョク落として」と注文してしまい、ギョクってのがピンと来なかったらしく、厨房で笑われていた由orz

 道の駅から再び山中へ戻り、丁岳方面の林道へ突入する。ここは大平キャンプ場という地域では知られたキャンプ場へ向かうルートなので、わりとすんなり入れる。
 キャンプ場というよりも野営場と呼ぶのがふさわしい立地で、屋根付きの水場とトイレがあるから私的には問題なしの野営地ながら、ファミリーキャンプだと寂しいだろうね。フラットなテン場がある広場なんだけどもさ。

 この大平キャンプ場を通過してちょっと行くと、右側が河川侵食によって形成された川原っぽい地形になり、山側の左側の視界が開けたところが水無である。

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 ぽつんと廃屋が1棟残るほか、斜面に合わせて段々に築かれた田の跡が明瞭に残る。この水平面のシビアさは間違いなく水田の跡だろう。
 天気が良ければ丁岳が近くに独特の姿を見せ、緑も別の鮮やかさを見せてくれた可能性はあるが、雨が落ちそうになってる曇り空では、廃村独特の清々しさと残留した怨念が混じった雰囲気を暗くさせるだけであったよ。

 これで予定の旧鳥海町深部は終了。矢島周辺にリベンジ対象の廃村があり、そちらへ向かうのがスムーズなのだが、今回はあえて新規訪問へこだわり、廃村ではないが山奥の集落として一部では知られる村木集落を目指す。この村木集落経由で旧鳥海町から旧東由利へ山越え林道で抜けようという腹。
 かつての由利郡に属していた町村は本荘市と大広域合併を行ったので、単に由利本荘市と名乗っても広すぎてローカル感ゼロ。故にいちいち旧の字をつけて以前の町村名で説明している。

 村木集落といっても、私が見たところでは現住世帯わずか1世帯。残存建築物は母屋1棟と作業小屋3棟のみ。山奥に広がる起伏の激しい土地にへばりつくように存在している集落だ。
 どうして私がこの集落の存在を知ったのか、もはや忘れてしまったが、衛星放送のパラボラを設置している1世帯がいなくなったら、ここも廃村の仲間入りである。
 移転したとしても、山深い由利地区でここまで田の面倒を見に来る根気があればまだいい。根気がなくなったとしたら。世代交代して田の価値を感じなくなったら。荒廃した廃村と化すのみだろう。

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 残存世帯1世帯であっても、かつての分校はきちんと姿を残していた。外見からは分校跡なのかどうか自信を持てなかったが、玄関から中を覗いたら確信した。

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 これはもう学校の作り以外のなにものでもなかろう。私が小学生の頃に通っていた校舎と意匠は同じなんである。

 雨が強くなってきたので足を早める。村木集落には道標が表示されており、狭い林道ながら東由利方面へ抜けられるらしい。
 どーれ、アウトバックなのだから林道に遠慮はいらぬ。通り抜けできる林道は久しぶりなので気が楽だ。廃村ってのはたいがい行き止まりの林道だからさ。単純に往復するだけの林道は飽きた・・・・。

 東由利というより旧雄物川町に近い方面へ出てしまったが、抜けた林道沿いには1世帯だけ立派に頑張ってる姿を散見。
 山の暮らしの歴史が長くて深い由利地区では、県内のヤワな町村など歯が立たないくらい、どうも孤立した生活に対する耐性があるらしい。山間部へ由利十二頭が割拠していた歴史を思い返すにつれ、由利地区って簡単に廃村にはならないのかもしれない、という希望がある。

 次なる目的地は東由利にある廃村の金山。なぜ今まで訪問しようとしなかったのかと思うくらい、わりと大ネタのはずなんである。10年前の情報であるバイブルの内容そのままならば。
 たまたま私の行動パターンからハズれた地区だったのか。いつも時間切れで後回しにしてきた廃村だったのか。
 いずれにせよ、下調べした時には私の脳裏に残らなかった存在なのに、あらためて調べてみると大ネタっぽい廃村が金山だったんである。

 またしても続く!

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コメント

こんにちは。
3年前に秋田の由利地区に転居してきた者です。
このサイトは、毎日見ております。
こちらにきて、biyontaxさんの影響も有り、たまに廃村巡りも楽しんでます。
さて、金山ですが、近いこともありこれまで何回か行っております。現況は作業小屋と軽トラの廃車、墓地などがあります。個人敷地ですので、多少の注意は必要かもしれません。
情報等必要であれば協力しますので、何なりと言って下さい。


投稿: 6X6 | 2008年7月 4日 (金) 11:47

書き込みありがとうございます。毎日閲覧いただいているとのコメント、感激です。励みになります。

いやー、金山には廃車体アリですか。完全に違う場所をウロついていたことが確実っす(^^;

私は金山を目指してR107側から入り、林道のピークを過ぎて前郷側へ少し下ってみたのですが、途中に小さな神社があったのが気になり、また付近には「○○湯」とやたら「湯」の字がつく標柱があって、なんで湯なんだろ?と気が散っているうちにわかんなくなり、帰りは違う林道に入り込み、深く知らない山に突撃するところでしたよ(^^ゞ

経験上、廃村付近では神社がヒントになることが多く、それに拘泥してました。
また、付近には開拓地のような地形に杉の若木が植林されてまして、怪しいなーとは思いましたが、帰宅してからバイブルを見たら違うようで(^^ゞ

完全に立ち入りを拒否する姿勢がアリアリと観察できるならパスしてますが、位置を特定しないと気が済まないところがありますんで、いずれリベンジするつもりです。
ついでに一の沢も探索コースに交え、野営は金浦の飛の崩というパターンかと。

個人的にピックアップした廃村リストとはいえ、県南方面のコンプリートは本年中に済ませたいところです。
また、やる気になってる今を逃さず、県北方面も一気に回りたいところでした。

今週末の天気は梅雨っぽいですけどもねー。

投稿: ビヨ | 2008年7月 4日 (金) 18:56

biyontaxさん、返事ありがとうございます。
リベンジの際は、ぜひ教えて下さい。

ちなみに金山は、旧由利町の大水口という集落から入ります。目印は、地区会館とコイン精米です。すぐ近くになめこ工場があります。三叉路を家のある方の道に入ります。その奥が東中沢という集落。
更に奥に入ると、建設会社の資材置き場があり、山道を延々10キロ近く走ります。
対向車が来たらやっかいですが、道自体は舗装されており、アプローチは問題ありません。

金山は、由利町から入ると右側に進入路があり(いくつもありますが)、「私有地につき立ち入り禁止」の看板の奥です。舗装が切れたら行き過ぎです。
(文章だと、さっぱりわかりませんね。)
持主は、ややこしい方ではないので、
仮に来ても説明すればわかってくれると思います。
バイブルに載っている方です。

わからなければ、ご一報頂ければ詳しく説明します。
では、検討を祈ります。

投稿: 6X6 | 2008年7月 4日 (金) 19:10

おお、いろいろ情報サンクスです。

舗装の件、ものすごくヒントになりました。ありがとうございます。

投稿: ビヨ | 2008年7月 4日 (金) 19:46

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