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県北攻略(3)

 わが母校の野球部が地元強豪校に勝っちまったよ。勘違いして決勝までいっちゃったりして・・・・。私が在学中にも決勝まではいってるはず。応援に駆り出された記憶がある。
 ただ今日の試合っぷりじゃ優勝は無理じゃないかな。エラーが連続するというのは弱いチームの証拠。精神面が弱すぎ。エラーをカバーするだけの打撃力や投手力があるとは思えず、実力っていうより運頼みに近いんじゃないかねえ?

 あたしゃ母校よりも五城目高校を応援してたのに。精神的に弱いザマを見せてつまんない負け方を毎年する母校なんざ、応援のし甲斐がまったくなく、私は聾唖の選手ががんばってる五城目高校が負けて残念であった。
 1年生なのにレギュラーでがんばってる選手なのだ。選手宣誓をした五城目高校の主将は手話を交えたりしてね。話題性十分のチームではあった。田舎じゃそういうのウケないんだけどもさ(^^;

 さーて、テンションは低いのだけど続けるぜ。

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 朝のコーヒーに携帯ハブラシか。私の野営は文化的になりつつあるな。

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 天気はいまひとつながら、青空が顔を出す気配を頼りに、いつもより早く撤収して出発。
 たいてい私は10時頃までダラダラと撤収活動をしてるんだが、朝5時に派手な熊鈴の音で起こされた。地元のジジババの散歩である。山の上まで上がってきて体操しちょるんだから健脚だよな。

 

ただ熊鈴はうるせーからやめれ。ここに熊いないから(^^;

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 まずは風呂に入りたかったのだけど、付近にすぐ入れる風呂がないので、とりあえず予定通りの行程。廃村の西又へ向かう。
 ここは一度訪れているが、なんとなく消化不良だったのでまた行ってみた。けれど今回は地元耕作者の排他的な視線を多数感じ、ひるんで敗退。怪しくてすいませんでした。

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 そのすぐ近くの東又も再訪。こちらは多少ゆっくりと散策してみた。以前来た時も暗さを感じたが、やはり今回も変わらない。鬱蒼と木が茂っているので、自然と暗い感じになってしまう。
 アングルによってはそんなことはまったくないのだけど、先入観というか。いや、廃村というのは基本的に社会の影の部分であり、暗くても当たり前であると考えるべきなのか。

 さて、ここから東へ走るべきなのだけど、今回は普段簡単に来られない遠隔地優先である。残りの消化予定を考慮しても時間に余裕はある。それなら寄り道しちゃおっかなー。
 というわけで、前からちょっと興味があった花岡鉱山跡地へ向かうことにした。R7を東走して大館からちょっと北上だ。
 ただ大館市周辺は土地鑑がまったくないに等しい私なので、ナビがありながらも道に迷っている途中で温泉を発見。立ち寄ることにした。

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 沼館温泉。\250とは銭湯より安い。こりゃいいやと風呂場に行ってみたら・・・・、そっか、銭湯よりも安いもんな、石鹸もなんもない。
 よく考えたら石鹸やシャンプーは持ち込みが世間の常識かもしれんかった。秋田県内の温泉は備え付けがほとんどなので、すっかり私はタオルオンリーで挑んでしまい、下湯を浴びて湯船に入っちゃった。主義に反するけど仕方ないぜ。

 カラスの行水状態ながら、とりあえず風呂に入れたんで良しとして、花岡鉱山跡までの廃線跡を追いかけて走る。今でも廃線跡が顕著に残っているので、それを探してけば自然と到着してしまうのだ。
 一般的な鉱山跡の閑散とした雰囲気とも違う、かといってなにか活気が感じられるわけでもなく(日曜だったのもあると思うが)。独特の雰囲気であった。
 ああ、ここは花岡事件っていう歴史の暗部を抱えていたんだっけ。かつての鉱山を思い起こさせるような遺物をあまり残しておくわけにはいかず、鉱山跡として売り出すわけにもいかない事情が存在している。

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 かなりシブい「山神社」を花岡鉱山跡にて発見し、神社仏閣好きとしては探索したい欲求にかられたが、あくまで寄り道である。我慢して先を急ぐこととする。
 初日に300km以上走って、たぶん帰宅するまでにガソリンを補給しなきゃ帰りつけないと判断し、大館市内のセルフスタンドにて給油。
 泥だらけのアウトバックにすかさず店員が駆け寄ってきて洗車の必要性を訴えてくれるが、これからまた林道に突撃する身に洗車は不要。ちなみにレギュラーで表示が\168、実際は\166。秋田市よりずっと安かったよ。

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 向かうは大湯の廃村、折戸。秋田県側からすると、十和田湖へ至るルートの手前から山の中に入る感じ。途中に分校ひとつを見学対象にしていたため、ルートは小坂町を経由することとなった。
 大館から小坂に抜けるとなれば、同和鉱業小坂線沿いに走ることとなる。3月末で定期運行を休止してしまった秋田県内に残る唯一の私鉄だ。
 廃止でなくて休止なんだけど、事実上の廃止に等しいらしい。踏切の類はすべて解放され、警報機や遮断機は黒いペンキをベッタリと塗られブラックアウトにされていた。

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 雪沢駅跡から大館方面を望む。線路は赤く錆びてしまい草生している。景色だけは廃線そのものだ。
 旅客運輸はとうにやめてしまってる路線なので、途中の駅跡はあっさりしたものである。駅舎がしっかり残ってる場所もあるようだが、今回は立ち寄る対象としていないので、雪沢駅跡にだけ立ち寄ってみた。

 そういえば、かつてこの小坂線は小坂鉄道と名乗っていた時期があり、その頃は支線も持っていたはずだと思い出した。支線が出ていたのは雪沢近辺ではなかったか?
 古い支線でかなり前に廃線になったはずだが、それでも鉄道遺構というのは道路などよりも顕著に残ってることが多く、つい周辺を一周してしまった。

 怪しげな記憶では必要以上に探索することはできず、帰宅してから調べてみたら、明治42年にできた支線で、昭和23年には事実上の廃止になっていることがわかった。
 長木沢支線と呼ばれており、支線は茂内駅から出ていたとある。私がウロついていた雪沢周辺ではなかったのだな(^^;
 国道沿いのバスで茂内屋敷という地名を目撃した記憶がある。あの前後に茂内駅があるのだろうか。

 などと、ついつい興味が出てしまうものの、私は鉄道マニアでないので、ここはスルーしておきたい。
 私のこの性格と知識からしたら、鉄道マニアになったらもう一直線なのは読者諸氏にはおわかりいただけるであろう。
 どうせなるなら学生の頃になっておけば、上京していた時期にあちこち歩き回れて楽しかったろうに。
 なんつって、実は武蔵野スタジアム支線跡とか、井の頭線と京王本線の合流跡なんかを踏破してたりはするんだけどもね(^^ゞ

 鉄道に関しては濃い人が世の中にたくさんいらっしゃるんで、そちらにお任せしておきたいが、ちょっとだけ個人的に突っ込んでおく。
 鉄道系のサイトは残念ながら視野が狭い。データだけ豊富で現地が見えてこないか、あるいは「そこまで実際に行ってそれしか撮って来なかったのかよお」という感想のサイトが多い。鉄道マニア諸氏よ、奮起せい。

 小坂鉄道に後ろ髪を引かれつつ、私は大湯の廃村へ向かう。閑散とした人っ子一人として歩いていない大湯温泉街を抜け、温泉病院を過ぎて少し行ったところから強引に集落内へ下りる。
 まさに「強引に」といった感じで、普通に訪れたならそこは入れないだろ、と感じるような小路を入って、その背後にある林道へと向かう。
 この林道はかつての来満街道である。岩手県北部と秋田県内を結ぶ重要な街道だった時代があったのだ。つまり林道をどこまでも入っていくと県境を越える可能性があるってこった。

 あまり長く書かないように手短にしておくけど、十和田湖と大湯温泉郷、そして青森県側の奥入瀬や十和利山にまつわる伝承など、それを一括して売り出そうと試みた地元の名士がかつて存在した。
 手元の資料によると、来満街道の開発を主眼に置き、太平洋航路の船舶を八戸港へ誘致し、十和田湖経由で日本海側の能代港へ輸送し、そこから大陸への航路を開こうという壮大な計画だった。その途上に大湯温泉がある、という話なんだけども、詳細は割愛。
 ようは古道というレベルではなく、わりと現代に近い時期まで現役だった来満街道ということを言いたかった。

 けれど来満街道は現代において単なる林道でしかない。フラットダートなので走りやすく、奥に鉱山が存在したこともあり、路盤はかなりしっかりしている。その奥に折戸はひっそりと存在しているはずであった。

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 今回は多くを語るのをやめておく。このショボいカットだけで勘弁してほしい。おそらく現地を踏査した人間にしかわかるまい。
 ここには神々しさというか、誰かが自分を観察している視線がある。歴史が自分を見ているという緊張感が存在している。
 この折戸(正確には上折戸地区)を訪問したことで、前々から私が感じていた感情に火がついた。廃村巡りというのは墓荒らしをしているのも同然の行為ではないのかと。

 たいしたことのない私の個人サイトながら、実のところ廃村に対して「そこに存在してしかも経緯もしっかりしている」という流れは、秋田県において顕著だと思う。
 それはバイブルによる効果が大きい。私のように追従して廃村を訪問している人間も少なくはない。私のショボいサイトの廃村コーナーにもアクセスは継続して存在している。

 ただそういったアクセスの中で、単なる無作法な廃墟好きや、あるいはゴミの不法投棄、盗み目的で山間をウロついてる人間がいないとは限らない。
 また、私も撮影のために私有地たる区画へ足を踏み込まなかったかといえば、正直自信はまったくない。たぶん平気で踏み込んでる。
 そういう無作法さに、かつての住民たちは閉口しているのではないかと。今回ほどそれを強く感じたことはなかった。たぶん迷惑なのだと思う。

 そんなわけで、あと少しでピックアップした廃村を回りきれることもあり、今後は路上からの撮影スタイルオンリーにすることをここに宣言したい。
 もちろん廃村コーナーの記述も変える。単なる興味だけで訪れていい土地ではないのだ。訪問するよりむしろ文献などから調査するほうがよっぽど価値のある行為かもしれない。
 人口減と高齢化のダブルパンチが今後も続く秋田県としては、廃村というのはこういうことになるのだという警鐘も必要かとは思うが、それより未来に対する現実的な提言が必要な時期に来ている。

 語るのはやめて話を続ける。

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 この林道、なかなか魅力的な林道なのであった。あちらこちらに滝が散在し、野営適地と思われるロケーションもある。実際に野営した人がいたような痕跡もある。
 また地域として歴史的な遺構を保存しようという姿勢も感じられる。こんな山の中にあんのかよ、と驚いたのが一里塚。この林道が古い基幹街道であった歴史を偲ばせてくれる。
 肝心の廃村探索としては、折戸と一括して呼称される廃村のうちの上折戸しか確認できなかったのではあるけれど。

 この林道で1時間半も遊んでしまい、次なる目的地へ移動する。ここからは予定消化という感じのモードで、かつて訪問したことのある廃村の様子探りだ。まずは鹿角の小水沢へ向かう。大湯からはかなりの移動距離になる。

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 大湯のストーンサークル前を通ったら、何年か前までストーンサークルだけの状態だったのに、まるで観光施設のように建屋ができており、サークル近辺にいかにも縄文時代風の怪しい東屋が。ちゃんと時代考証したか、おい?

 小水沢には林道の曲がり角で迷って難儀した記憶が漠然とあって、位置的に近いはずの集落から入ろうとして苦戦。
 山は近ければ入れるルートがあるというものではない、という当たり前のことに気がつくまで1時間を浪費。結局、以前に訪問した時に入ったルートから。

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 徒歩行ではない。アウトバック号で突撃なのだが、どうやら小水沢へ至るルートは草刈りが行われてないようで、この藪の中に突入なのであった。

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 小水沢はかつてのシブさが姿を消してしまい、今後も山の中の作業小屋として使うのだという意思を感じる補修と整備がされていた。新たに小屋が建築されていたりもする状況であった。

 ここから比内の柄井沢へ行こうかと思ったが、職場の同僚から「一度は尾去沢鉱山跡に行け」と教わってたので、ルートを多少遠回りにして尾去沢へ向かう。

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 おお。まさに廃鉱山。鉱山住宅などは現存しないようだが、ここに鉱山が存在したことはイヤでもわかる景色であった。
 ここは「マインランド尾去沢」として観光施設化されており、この鉱山景色からちょっと標高を上げればそこに現代的な立派な施設がある。
 だが私はどうせ単独行。観光地に一人で突撃するほど寂しいこともない。かつての鉱山を偲ばせる景色だけ確認して次へ。

 訪問しようと思って忘れていたものがあった。曲田のギリシャ正教協会である。分校跡も近くにあるはずだ。それなら立ち寄ってみよう。

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 分校っぽい建物を見つけられない。かろうじて怪しそうな建物を見つけたが、現状ではどう見ても個人の作業小屋。敷地的にもなんか怪しい。たぶん違う(ーー;)

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 ここではこれしかデジタルで撮ってなかった。メモカットである。これが曲田の正教会なのだ。北鹿ハリストス正教会の聖堂である。鹿角地区の北なので北鹿。

 ここから比内へ移動。時計とフィルム残量とにらめっこで、柄井沢に立ち寄ったら秋田市へ戻るかあ、といった全面的にやる気がないモードだ。

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 以前にG3で撮ったことがあるような気がするやる気のないカットで締め。ここでチョイチョイと撮って、そのまま私は秋田市へ向かった。
 これで1泊2日の県北攻略はおしまい。廃村系としては、再訪の必要を感じている廃村もあるけれど、とりあえずコンプリートだ。
 あとは阿仁にある某所の現状がどうかというところだが、そこは内陸縦貫鉄道系の時に立ち寄って確認したいと思ってる。

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コメント

今回の踏破は気合いが入ってますな。
野営もすっかり板について。
余裕があるようにみえますね。
廃村という物がまだこちらではあまり聞かれませんが、実際にはあるんでしょうね。
当地だと雪で倒壊というパターンはまずないので
その分保存はいいと思いますが。

投稿: ぴゅんぴゅん | 2008年7月16日 (水) 21:08

自分なりの野営のパターンができてきてるからでないですかね。納得して野営してるっていうか。

関西以西の廃村は、廃村には見えないらしいっすよ。
普通の集落なのに、実は誰も住んでないっていう感じらしいっす。

投稿: ビヨ | 2008年7月17日 (木) 18:12

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