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自殺について 再び

 今回から実験的にきちんと段落を落としてみる。ブログ的な文型ではなく、作文的な文型に戻したらどんなもんかなーと、前から考えていたので。

 さて、硫化水素の生成に関しての検索ヒットが山のようにあるわけなんだが。単なる知的興味で検索してる以上のものすごい数だと私は受け取ってる。

 そんなに硫化水素を吸いたきゃ、いいから夏場の下水のポンプ場に来いって。市民ってやつはかなりデタラメな生き物だから、下水にいろんなものを流すんだ。近所にデタラメな寿司屋とか鮮魚店があれば、下水は硫化水素がものすごいぞ(^^;
 んで、マンホールを開けた瞬間に匂うから、普通は回避しようとする。でもたまに匂いの具合を観察したくてマンホールを覗き込む人がいる。高濃度なので吸った瞬間に失神し、そのままマンホール内に落下といった事故が普通に発生してる。それでいいなら、そういう仕事に就職して夏を待て。事故として処理されつつ自殺できるぞ。

 もう周囲に対する嫌がらせだろ。自分ちで硫化水素を発生させるっていうのは。私は自殺するほどなんだからね!って訴えながら死んでくわけだ。
 以前に高尾山であったやり方は、川原のテント内で硫化水素を発生させただけならともかく、ちゃんとビニール袋を被ってダイレクトに吸えるようにし、しかも外部に極力影響を与えないようにしていた。
 駄々っ子のようにアピールしながら死んでく若者と比べると、最後まで周囲に気を使って死んでいった高尾山のテントの人が気の毒なわけだが・・・・。

 なあ。私のような孤独な人生終わってるオッサンでも、やりたいことを見つけて生きてるんだ。
 将来的にこのまま一人暮らしが続き、老母もそのうち亡くなって親族は私だけになるのが目に見えている。待つのは孤独死だけだ。そういう人生の終わり方が簡単に予想できる現状だ。
 それでもな、生きてると感動ってもんがある。それは人との出会いだったりするし、たまたまその季節のその時間帯でなければ味わえない景色だったりもする。そういう小さくてもなかなか味わえない感動というものを捨ててまで死のうとは思わない。

 だいたいにおいて生き物ってのは不思議なもんで、不必要になると簡単にいなくなる。誰にとって不必要なのかはわからないが、とにかく簡単に死んでしまう。いらない生き物はすぐ消えるのが世の中の仕組みだ。
 ならば生きてる人ってのは必要だから生きてるんだよ。誰かがあなたを必要とし、なにかがあなたを必要だと思ってるから生かされてるってこと。生きてるんじゃなくて「生かされてる」んだ。

 自殺をしたくなる人は精神的な孤独に耐えられないケースが多いと聞くが、なにを贅沢なことを言ってるのかと私は思う。私なんぞは精神的どころか現実に孤独なのだ。
 でもそれを裏返して考えてみた。孤独なんだから、メシのタネである仕事の時間以外はすべて私が自由に使える時間である。プライベートの柵は老母以外にないに等しい。だから好きなことだけやって生きてくと決めた。
 残さなければならない財産を贈る相手はいないし、私がなんぼバカなことをしようと止める人もいない。自分の思うことすべてができるんである。予算の許す限り。
 孤独の引き換えとして私は自由なのだ。それを認知できた時に、私は精神的に解放された。もう好きなこととやりたいことだけで生きてく。それを許された立場なのだと。

 そりゃ自殺すんのも自由のうちのひとつだわ。でももったいなくね?せっかくその年齢まで生きてきたのに。なにかしら経験してきたものがあるべ?
 ロクな人生じゃなかった人も多かろう。でもそういった経験というのはなかなかできるもんじゃない。鼻水垂らしてぼんやりと生きてくることができた連中より、ずっと貴重な経験をしてきてるともいえるのだよ。
 もったいないなあ。その経験をこれから生かせ。孤独を怖がるな。そのうち気持ち良くなるから。普通の人生を送ってる連中よりずっと自由で、しかも経験度は上だぞ。負け犬だと思う必要はまったくない。

 首吊り×2未遂の私が書いてんだから、説得力があると思って読め。折れるはずのない太い木の枝が2度も折れ、これはただごとじゃないって思ったよ。
 まだ死ぬなってことなんだろうなと素直に私は受け取った。辛かろうがなんだろうが生きてけってことかと、その時点で自殺は私の選択肢から消えた。生きてかなきゃならないなら、なにかモチベーションが欲しく、ならば自分のやりたいことを遠慮せずにやろうと。遠慮しなきゃなんない相手は誰もいない孤独な身が、私の自由だという所以はそこなんである。

 なにも立派なことなんざしなくてもいい。やりたいことをやり遂げることすら、普通の生き方じゃなかなかできないもんなんだよ。それをできる権利が与えられたとでも思いねえ。急に気が楽にならないか?ん?
 私は自分が行ってみたいと過去に感じた場所をすべて体験することが人生の目標だ。職場で出世しようとは思わない。生活費の根源でさえあればいい。
 家庭を作るというビジョンはもう捨てたほうがいい年齢になった。恋愛だけは捨てないが、家庭はもう意識してない。それで私はいいんである。継ぐべき財産はすべて成り行きでどうとでもなれ。

 わがままを通していい身分なのだと気がつけたら、孤独なオッサンもなかなかいいもんだぜ。せめてオッサン(あるいはオバサン)になる年齢までは生きてみなよ。それから自分の人生に終止符を置くか置かないかと考え直しても全然遅くないよ。

Img10082_2  

 

 

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コメント

そうか、やろうと思えば秘境探検も
撮影旅行もやろうと思えばできるんだね。

確かにそれは楽しい生き方だねぇ。
妻帯者からすると羨ましがられると思う。
人生ないものねだりだから。
自由を謳歌する独身人生が羨ましかったり
するんだよね。

投稿: ぴゅんぴゅん | 2008年5月 2日 (金) 15:12

ええ、中東の紛争地に突撃しようが、中国の田舎をウロつこうが、やりたい放題のいいご身分っす。
そんなわけで暇があれば街を逃げ出してるわけでもあります。

ホント、今の自分の立場を楽しまなきゃって思いますよ。

投稿: ビヨ | 2008年5月 2日 (金) 20:42

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