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六郷へ行ってきた話(5) 六郷町内ウロウロ

 前エントリーでは私の人生貧乏自慢みたいになってしまったが、おかげで湯船に漬かる行為をありがたく感じることができている。
 そこに湯船があるだけで幸せだと思える私は、東南アジアの辺境でドラムカン風呂に出会っただけで素直に感謝できるはずだ。

 いつも高価なうまい食材ばかり口にしていると舌が肥えて贅沢になるのと同じで、人というのは分不相応という言葉を忘れがちな生き物である。
 バブルからこのかた、どうも我々日本人というのは金銭的贅沢をすることに価値を感じる度合が強まってるんでないかと思う。

 金銭ってのは簡単に数字に換算できて、しかもそれを基準にして物事を語り易い側面がある。
 その結果として「損か得か」といった二者択一のバカでも理解しやすい論理がまかり通ったりするのだけど。

 先日の仏沢公園についてのエントリーで書いたが、平日の朝から露天風呂に入り、山の桜を愛でるなどという行為は、大変に贅沢な時間の過ごし方だと思う。
 あるいは春の穏やかな海に沈んでいく夕日を眺めながら酒をゆっくりと飲むなんてのも、贅沢な瞬間なのだと私は感じる。
 物質的ではなく、数字にも置き換えられない。そんな贅沢さというものを日本人は愛してきたはずなんだけどもなあ、という思いが私にはある。

 物質には恵まれても、精神的贅沢さに関して我々現代人は鈍感になっているような気がしてならない。「江戸の粋」なんてのはまさに精神的贅沢さの世界だと思う。

 なんだか話がうまくまとまらなくなってきてるんで、いつものダラダラ話に戻す(^^;

 旧六郷町は湧水と名水で最近知られるようになった。あちらこちらに湧水があり、それぞれが地域で大事にされてきた。また近隣の町村へ六郷から農事用水を供給してきた経緯もあり、水と六郷は切り離せないイメージがある。

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 また、古くは栄えた町で、地域の中心地でもあった。古い屋敷が立ち並んでいるといったわかりやすい風景ではないが、こじんまりとした町内を歩けば、そこかしこに伝統を感じる。それが六郷の魅力だと私は思ってる。

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 同じく県南の増田もかつては商業で栄えた町で、今は幹線から離れた小さな町になってしまってるけれど、散策してみると伝統をそこかしこに発見できる町だ。六郷と似ているけれど、六郷の場合は巨木が多いという特徴がある。立派な木がものすごく多いのだ。

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 仮に六郷へ鉄道が走っていて、今は六郷市になってるとするなら、町の開発の過程で多くの巨木は切られていたかもしんない。
 秋田は歴史ある建築物とか巨木を簡単に撤去しちゃう近視野な価値観の土地柄だから、町を歩けばそこかしこに立派な樹木がある六郷の風景は、現代の秋田県内では貴重な存在だ。

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 かつては秋田県内に歩いておもしろい町並みなどないと嘆いた私ではあったが、ゆっくりと見て歩けば魅力的な場所はあるのだと最近気がついた。あるいは若い頃と私の価値観が変わってきたのかもしれん。

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 問題は、そういった魅力的な部分を上手に表現できない私の撮影下手だったりするんだが(^^ゞ

 無職時代に散策したのは町の西側半分で、あの時も相棒はコンタックスGであった。今回もコンタックスGである。こうしてダラダラと六郷の話を毎日続けてる理由のひとつに、現像待ちというのがあったりするのだ(^^;
 やっときのうリバーサル2本を現像に出してきた。カメラの中に残っていたフィルムを消化したんだよ。早ければ今夜からスキャンさせる予定。

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